第54話 あれのヒントだ
授業が始まる前、お兄様は私を見つけるなり、すぐにこちらへやってきた。
「フリーのクラスも見学だったんだね」
キラッキラの笑顔を向けられる。
『……眩しい』
「今日は何の授業ですか?」
「ああ、今日はアルマジュの討伐だよ」
「アルマジュ?」
「硬いんだよね、あいつ」
そう言いながら、お兄様は余裕たっぷりに笑った。
「まあ、僕にとっては簡単だけどね」
「フリー、よく見ておくんだよ。土魔法だって、使い方次第ですごく強いんだから」
その爽やかな笑顔に、後ろにいた女子生徒たちがうっとりしている。
『相変わらずだなぁ……』
そこで、前から少し気になっていたことを思い出した。
「お兄様」
「ん?」
「土魔法に電気を通したり、水魔法と組み合わせて泥みたいにしたりってできますか?」
お兄様の目がぱっと輝いた。
「おっ! やっぱりフリーは面白いね」
「そう?」
「普通は、そこに気づくまで時間がかかるんだよ」
お兄様は楽しそうに笑う。
「みんな、自分の得意な属性をどう極めるかってことに集中するからね」
「じゃあ、混ぜる人って少ないの?」
「少ないね。できないわけじゃないけど、別の属性を組み合わせるって発想そのものがなかなか出てこないんだ」
「へぇー」
「でも、組み合わせ次第では一つの属性だけじゃできないこともできる。フリーが考えてるのは、そういう使い方だね」
「できます?」
「泥なら簡単だよ。見てて」
お兄様が手をかざすと、地面から土が盛り上がる。
「まず土を出して、そこに水を少しずつ加える」
水が土へ染み込んでいく。
「それから、少し回転させる感じで混ぜるんだ」
土がゆっくり渦を巻き、みるみる柔らかな泥へ変わっていった。
「ただし、砂が多いとまとまりにくいから気をつけて」
「なるほど……」
そんな話をしているうちに、授業が始まった。
そして、そこで現れた魔獣を見た瞬間――私は目を奪われた。
攻撃を受けると身体を丸め、背中の甲殻を大きく広げて盾のように身を守っている。
『ちょっと鑑定……』
――――――――――
【名称】アルマジュ
【ランク】B +
【特性】硬質甲殻
身体を丸めることで防御力が大幅に上昇する。
防御状態のまま高速で転がり、体当たり攻撃を行う。
【弱点】展開前は動きが読みやすく、防御力も低い。
――――――――――
「……あ」
その姿を見た瞬間、昔ガルドと話していたことを思い出した。
私は戦闘を見ながら、隣のレイに小声で話しかける。
「レイ……あの魔獣の背中みたいにしたらどうかな」
「……何を?」
「あれだよ。私が話してた……た•て!普段は小さく畳んで、使う時だけあんな感じに広げるの」
レイはじっと魔獣の動きを見る。
「あの魔獣、広げたときの甲殻がかなり硬い」
「そうなの!」
私はアルマジュが身体を丸め、背中の甲殻を広げる様子をじっと見る。
「でも……アルマジュの素材だけじゃ足りない気がするんだよね」
「足りない?」
「うん。畳めるくらい柔らかくて、使うときだけすっごく硬くしたいの」
さっきシルヴァンお兄様が見せてくれた魔法を思い出す。
「お兄様がやってたみたいに、何か別のものを組み合わせられないかな?」
「……混ぜるってこと?」
「そう!」
レイは少し考え込んだあと、アルマジュの動きへもう一度目を向けた。
「それなら……ビリクスの腱は?」
「ビリクス?」
「雷を受けると、身体が一気に硬直する魔獣。腱にもその性質が残るって本で読んだ」
「硬直……」
『電気で痺れて、カチッて固まる感じ?』
「それ、使えるかも!」
「普段は柔らかいから畳める。広げたあとに雷を流せば、腱が収縮して甲殻を引っ張って固定できるかもしれない」
「あっ!」
私は一気に頭の中で形を組み立てる。
「それに、土の魔石で根みたいなのを伸ばして、中から支えたら?」
「うん。形を固定するのは土の魔石。最後に雷を流して、ビリクスの腱を硬直させる」
「収納してるときは柔らかくて、使うときだけカチッと固まる?」
「たぶん、それならできる」
『それだ!』
何年も止まっていた盾の形が、ようやく一気につながった気がした。
「じゃあ、週末は帰ることにしよっ」
そんな話をしていると、突然、大きな歓声が上がった。
「きゃあっ!」
「すごい!」
声のしたほうを見る。
その中心にいたのは、シルヴァンお兄様だった。
「……あ」
さっき私に見せてくれた泥魔法。
お兄様はそれを、そのまま実戦に応用していた。
アルマジュの足元を一瞬で泥に変え、動きを止める。
その直後――。
地面が大きく盛り上がった。
硬く固められた土が鋭い槍のような形へ変わり、下から勢いよく飛び出す。
アルマジュが身体を丸めるより早く、その一撃が突き刺さった。
「……はや」
ほんの一瞬だった。
アルマジュは、身体を丸められると厄介な魔獣だ。
硬い甲殻で身を守るだけじゃなく、そのまま勢いよく転がって攻撃してくる。
でも、さすが高等部。
そんな相手でも慌てることなく、みんな冷静に討伐していた。
中でも、お兄様は別格だった。
動きを止める。
隙を作る。
そして、一撃。
無駄がなくて、しかも速い。
『……華麗ってこういうことなんだろうな』
討伐を終えたお兄様がこちらを振り向き、にこっと笑う。
『はいはい、眩しいです』
お兄様がこちらを見ている、そのときだった。
一匹のアルマジュが他の生徒の攻撃をかわし、そのままお兄様めがけて突進してくる。
「シルヴァン! 危ない!」
同級生の叫び声が響いた。
「あっ!」
私も思わず顔が引きつる。
もう目の前まで迫っている。
――そう思った瞬間。
お兄様はアルマジュを見ることすらせず、片手を軽く動かした。
「――土よ、絡め」
ほんの短い詠唱。
次の瞬間、地面から木の根のような土が一気に伸び、アルマジュの身体に絡みついた。
地面から木の根のような土が一気に伸び、アルマジュの身体に絡みつく。
動きが止まった次の瞬間には、足元から泥がせり上がり、その身体をすっぽりと包み込んだ。
「…………」
ほんの一瞬の出来事だった。
周りの生徒たちも、思わず唖然としている。
そんな中、先生だけは冷静だった。
「シルヴァン! よそ見をするな!」
「……すみません」
さっきまでの余裕たっぷりな笑顔が、ほんの少しだけしぼむ。
『ふふっ』
私は思わず笑ってしまった。
――その次の瞬間、また大きな歓声が上がった。
そのまま高等部の討伐は順調に進み、見学も無事に終わった。




