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第53話 アウラリス

ようやく解放されて部屋へ戻ると――。



「……あ」


 ティグ用なのだろう、大きくて立派なクッションというか、ほとんど布団みたいなものが用意されていた。


 その上でティグが、すっかりくつろいでいる。


「おっ。戻ったか」


 ちらっとこちらを見る。


「随分と時間がかかったな」


「……」


 絶対ちょっと小馬鹿にしてる。


 その隣にはラムネ用のクッションまで置かれていて、ラムネはその上でぷるんっと丸くなっていた。


 さらにその隣。


 小さなクッションの上には、あの金色の小鳥がちょこんと座っている。


『いつの間に三匹分……』


 私はその前にちょこんと座った。


「そうだ。あなたの名前、決めなきゃね」


 小鳥がこちらを見る。


「それとも、もう名前あるのかな?」


 私はティグを見る。


「ティグ、分かる?」


「ん? 知らんぞ」


 ティグはあっさり答えた。


「たぶん名はない。わしらは、そもそも名など必要とせんからな」


「そっか……」


 私は改めて、小さなアウラリスを見る。


「じゃあ、私がつけてもいい?」


 小鳥は少し首をかしげたあと、小さく羽をぱたぱたさせた。


『……いいってことかな?』

 


『じゃあ、ギリシャ語のフェニックスからちなんで……ニクス』


 私は小さなアウラリスを見つめた。


「あなたの名前は、ニクス」


 そう告げると、ニクスはぱたぱたと羽ばたいて、私の肩へちょこんと乗った。


 そして、そのまま頬にすり寄ってくる。


「ふふっ。よろしくね、ニクス」


 その瞬間、改めてこの子の魔力を感じた。


『……あったかい』


 ティグのときとも、ラムネのときとも少し違う。


 小さくて柔らかいのに、芯のあるあたたかな魔力。


 まるで『よろしく』と言われているような気がした。


「こちらこそ、よろしく」


 そっと指先で頭を撫でると、ニクスは気持ちよさそうに目を細めた。


『それにしても……』


 ここ数日で、本当にいろいろありすぎた。


 お父様の怪我。


 あの黒いもやと、お父様の中にいた何か。


 レミという聞き覚えのない名前。


 上位魔人の存在。


 そして、ティグとニクスとの契約。


『疲れたっていうより……考えなきゃいけないことが一気に増えた感じ』


 ひとつ片づいたと思ったら、またひとつ謎が増えている。


『……学園に戻ったら、少しは普通に過ごせるかなぁ』


 そんなことを思いながら、私は肩のニクスをもう一度そっと撫でた。


それから数日経っても、特に異変は起きなかった。


 ティグが言っていた上位魔人の気配もなく、お父様の様子にも変化はない。


 だから私は、予定どおり学園へ戻ることになった。


「ティグ、ニクス」


 出発前、私は二匹の前にしゃがみ込んだ。


「あなたたちは学園には連れていけないの。絶対大騒ぎになるから……ここに残っててほしい」


「ふん、問題ない」


 ティグはまったく気にしていない様子で答える。


「ここの飯はうまいからな」


「そこなんだ……」


 私は思わず笑った。


「「でも、ずっとお城にいなくてもいいからね。外に出たくなったら、自由に出かけていいんだよ」


「そのつもりだが?」


「そうだよね。あ、一応お父様にもちゃんと許可をもらったよ。ティグの出入りは自由にしていいって。というか……『そもそも制限できないだろう』って言ってた」


「ふん! 当然だ。俺様に命令できる者など、今やお前だけだからな」


 ティグは満足そうに頷いた。


『……まあ、確かにティグを止められる人なんて、そうそういないよね』


『……自由気ままな神獣様も、お城のご飯には勝てないらしいけど』


 私は思わず笑ってしまった。


「ちゃんと自分の分は狩ってきてね?」

 

「なっ!ぬ」


「たくさん食べるでしょ。ティグだって狩りくらいすぐでしょ?」


 私は少し考えてから付け足した。


「必要ならダリアンと協力してもいいし」


「お嬢様!」


 すぐ後ろからダリアンの声が飛んできた。


「僕にティグ様と協力しろと!?」


「大丈夫だよ。ティグ、ダリアンのこと襲わないから」


「そういう問題じゃなくて!」


 ダリアンが珍しく慌てている。


「僕がティグ様についていけるはずがないでしょう!」


「大丈夫、大丈夫」


「何が大丈夫なんですか!」


「ちょっと提案しただけだよ」


 私が笑うと、ティグは横で面白そうに鼻を鳴らしていた。


『なんだかんだ、うまくやってくれそうな気もするけど』


 そんなこんなで、ティグとニクスを城に残し、私は予定どおり学園へ戻ることになった。

 

 



 

今回は、ロータスお兄様も一緒に学園まで来てくれることになった。


「僕から校長先生に説明しておくよ」


「何を?」


「父上が怪我をしたこと。それから、最近魔獣が増えていることもね」


「……封印の森のことは?」


「詳しいことまでは話さないよ。ただ、見回りや防御を今までより強化してほしいとは伝えるつもりだ」


「そっか」


「それと、できれば生徒たちの訓練も少し早めてほしい」


「訓練?」


「ああ。何かあったとき、自分の身を守れるくらいにはね」


 ロータスお兄様は少しだけ表情を引き締めた。


「ただし、生徒たちを不安にさせる必要はない。理由は伏せたまま、自然に訓練内容を強化できないか相談してみるよ」


「みんなには言わないの?」


「今の段階で騒がせるだけだからね」


 私は小さく頷いた。


そう言われても、やっぱり少し不安が残る。

 すると、そんな私の気持ちを察したのか、続けて教えてくれた。


「校長先生はね、実はサネカゲさんの弟なんだよ」


「…………え?」


『……弟?』


「ええっ!? サネカゲさんの弟!?」


 思わず声が大きくなってしまった。


『そういえば、校長先生も鬼神族だった!』


「うん。だから、安心して任せて大丈夫だよ」


「そうだったんだ……」


『まさか、そんなつながりがあったなんて!』


 驚いたけれど、サネカゲさんの弟だと聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。」


 何が起きているのか、まだ私たちにも分からない。

 だからこそ、今できる準備だけはしておく。


「……ごめんね、フリージア。こんな話をして」


 ロータスお兄様が、少し申し訳なさそうに笑った。


「でも、父上がああなった以上……特にフリージアは気をつけてほしい」



 お兄様はいつもの優しい表情のまま、少しだけ真剣な目になる。


「何が起きているのか、まだ分からない。でも、父上の件にフリージアが関わった以上、何もないとは言い切れないからね」


「……うん」


「怖がらせたいわけじゃないよ。ただ、少しだけ周りをよく見ていてほしい」


 そう言って、ロータスお兄様は私の頭をそっと撫でた。


「何かあったら、一人で何とかしようとしないこと。僕たちにもちゃんと頼ってね」


優しく微笑み返した。


 そして学園へ戻ってから、数日が過ぎた。

 

  ロータスお兄様が校長先生と話してから、学園の様子はほんの少しだけ変わった。


 結界は以前より増え、授業内容も少しずつ実戦を意識したものになっていった。


 魔法の精度だけじゃなく、咄嗟の判断や防御、相手の動きを見ながら対応する訓練も増えている。


 でも、その変化に気づいているのは、たぶん私くらいだ。


「なんか最近、ちょっと実戦向きになったね」


 ある日、レイがぽつりと言った。

「……え?」

 思わず少し驚く。


「もうすぐ中等部になるんだよ。それくらいしないと」


「……確かにそうだね」


 レイは特に疑うこともなく納得した。


  お父様の事件からしばらくの間、私は周囲をかなり気にして過ごしていた。


 先生たちをそれとなく観察してみたり、生徒一人一人の様子を気にしてみたり。


 少しでもおかしなところがないか、無意識に探していたのだと思う。


 けれど、その後は驚くほど何も起こらなかった。

 魔獣が急に押し寄せてくることもなければ、あの不気味な声が再び現れることもない。

お父様に何か異変が起きたという知らせも、届かなかった。

 ただ、エルフの国ですごい魔獣が現れたという噂だけが、少しずつ広まっていった。


『ティグたちだ』


 そう思ったものの、まだ噂の域を出ない話だった。

 最初のうちは、いつ何が起きてもおかしくないのだと、身構えたまま過ごしていた。けれど、一日、また一日と何事もなく過ぎていくうちに、張りつめていた心も少しずつほぐれていった。


 季節がゆっくりと移り変わり、朝の支度や授業、友達との会話といった、当たり前の毎日が戻ってくる。

  もちろん、警戒が解かれたわけではない。


 そんなある日、先生から少し変わったお知らせがあった。


 なんと、高等部の校外学習を見学できる機会があるというのだ。


『高等部の校外学習!?』


 しかも、見学するのはシルヴァンお兄様のクラスらしい。


『お兄様のクラスか……』


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