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第52話 本来の姿


挿絵(By みてみん)


扉を開ける。


「お待たせしましたー!」


 そう言いながら中へ入った、その瞬間。


 空気が変わった。


「……」


 さっきまでとは明らかに違う。


 綺麗になったティグの毛並みが光を受けて淡く輝き、その姿からは隠しきれないほど強い魔力と威圧感が漂っている。


 誰もが一瞬、言葉を失った。


『……あれ?』


 お父様も、お母様も、お兄様たちも。

 アイリオン先生もザルヴァニアも。


 さっきまで警戒していたときとは、見る目がまるで違う。


 怖がっているというより――。


 圧倒されている。


 なんというか、みんな少しだけ背筋が伸びた気がした。


『ティグ……やっぱり伝説級なんだなぁ』


 その横で本人は、当然だと言わんばかりに堂々と歩いていた。

 

 綺麗になったティグの存在感に、みんなまだ少し圧倒されている。


 お父様は一度咳払いをしてから、改めてティグを見た。


「お、おほん……本当に存在したのだな。ネフィルガ……様」


「やっとオレの凄さが分かったか」


『様って。様ついたよ今』


 さっきまで“魔獣”って呼んでいたのに。


 その横で、アイリオン先生だけは何とか冷静さを保っていた。


「フリージアさん」


「はい」


「この方とは、いつ出会ったんですか?」


「えーっと……」


 少しだけ考える。


『もうここは、ありのまま話した方が早いよね』


 私は昨日ラムネが森の中のティグを見つけたこと。

 傷だらけで倒れていたこと。

 治癒魔法をかけたこと。

 夜になって気になり、もう一度会いに行ったこと。

 そして、そこでティグと話し、契約していると分かったことまで順番に説明した。


 もちろん、異世界のことやおおお婆様から聞いた話は伏せた。


 一通り聞き終えると、みんな一応は経緯を理解してくれたらしい。


 するとアイリオン先生が、ふと眉を寄せた。


「まず一つ聞きたいのですが……フリージアさんは、魔獣契約というものをどこで知ったんです?」


『そこ来たか……』


「えっと……本で読みました」


「本?」


「はい。昔は魔獣と契約できたこともあったって。たしか学園にあった本だったと思います」


「ああ……」


 アイリオン先生が少し考えてから頷く。


「確かにありますね。古い文献が何冊か。あんなものを今時の子どもが読むとは思いませんでしたが……」


『危ない危ない』


 私は何食わぬ顔で頷いた。


 すると先生の視線が、今度はラムネへ向く。


「それで――最初に契約したのは、そのスライムですね?」


「…………」


 お父様とお母様、それからお兄様たちの視線まで一斉に私へ向いた。


「そうなのか!?」


「フリージアちゃん?」


『先生、鋭い』


 アイリオン先生はラムネを見ながら淡々と続ける。


「先にいたのはそちらでしょう。それに、普通のスライムとは明らかに違う。おそらく契約している」


 先生の勘は鋭かった。


「……はい」


「やっぱりか」


 先生は小さく息を吐く。


「ですが、古書にも二体以上の魔獣と契約したという記録は、ほとんどありません。ましてや神獣など……」


 またみんなの視線がティグへ集まる。


「契約については、ティグが教えてくれました」


「ティグが?」


「はい。魔獣契約は、人側の意思よりも魔獣側が受け入れるかどうかの方が重要なんだって。特に強い魔獣ほど意思が強いから、簡単には契約できないみたいです」


「……なるほど」


 部屋の中が少し静かになる。


 するとお母様が、ゆっくりティグを見た。


「では……フリージアちゃんは、このネフィルガ様に選ばれたということなのね」


「……そうなるのかな」


 私はちらっとティグを見る。


 ティグは当然だと言わんばかりに、ふん、と鼻を鳴らした。

「で、その三体とは対話できるのか?」


 アイリオン先生が何気なく聞いた。


「対話……?」


 私は首をかしげる。


「ん? 先生、今……三体って言いました?」


「ああ。三体だ」


「…………」


 私はゆっくり周りを見た。


 ティグ。

 ラムネ。


「…………?」


『二体しかいないけど』


 すると、アイリオン先生が私の頭の上を指さした。


「そこにいるだろう」


「そこ?」


 そーっと目だけ上へ向ける。


 視界の端に、黄色……いや、金色の何かがちらっと見えた。


「…………」


 頭に手を伸ばす。


 ふわっ。


 小さな羽が動いた。


「とりーーー!?」


 思わず叫んだ。


「何これ!? いつからいたの!?」


 頭の上には、手のひらに乗りそうなくらい小さな、金色の鳥がちょこんと座っていた。


 ティグが呆れたようにこちらを見る。


「なんだ。気づいておらんかったのか?」


「気づくわけないでしょ!」


「そいつもフリーと契約しておるぞ」


「…………は?」


「わしと同じときにな」


「えええええ!?」


 今度こそ頭が真っ白になった。


「どこにいたの!?」


「オレの身体にいただろう」


「いた!?」


 私は昨日からの記憶を必死に逆再生する。


『……待って』


 ティグの首元。


 ふさふさした毛の中に、少しだけ色の違うところがあったような――。


『あれ鳥だったの!?』


「毛だと思ってた!」


「失礼なやつだな」


 金色の小鳥が、抗議するように私の頭をちょんちょんと嘴でつつく。


「痛っ、分かった、ごめんって!」


 私はそっと小鳥を両手に乗せた。


「この子、なに?」

 

「ああ。こやつはアウレリスだ」


「アウラリス?」


 私がその名を口にした瞬間、お父様たちの表情が変わった。


 もちろん、ティグと私の会話そのものは聞こえていない。


 でも――。


「今……なんと?」


 アイリオン先生が反応した。


「え? アウラリスって……」


 私は頭の上にいる小鳥をそっと手に乗せる。

 今は黄色に近い金色の羽。

 でも、よく見ると羽の先には、ほんの少しだけ橙色が混じっている。


『鑑定』


【種族】アウラリス

【分類】神獣種

【ランク】S

【状態】良好

【成長段階】幼体

【契約者】フリージア・フェリア

【契約状態】成立

【魔法】火・風


「…………」


『契約してるー!!』


「なんで!?」


「知らん。そいつが勝手にお前を選んだ」


「そんなことある!?」


 ティグは当然のように言う。


「まだ子どもだ。今はそんな色だが、成長すれば羽は橙から赤へ変わっていく」


「えっ、赤くなるの?」


 私は改めてアウラリスを見る。


『今でも可愛いけど……大きくなったら絶対かっこいいやつだ』


 するとアイリオン先生が額に手を当てた。


「……一晩で神獣二体と特殊個体のスライムですか」


「いったい……」


「しかも、今アウラリスと言いましたね?」


「……はい」


「そちらも神獣ですね」


「そーみたいですね……」


 先生が深いため息をつく。


「フリージアさん……いろいろやらかしてくれましたね」


「…………」


『ぐうの音も出ない……』

 

「見てる感じだとどうやら、本当に対話できているようですね」


 アイリオン先生が興味深そうに私とティグを見る。


「あっ、でも、ちゃんと会話できるのはティグだけです。ラムネと……この小鳥は、なんとなく気持ちが分かるくらいで」


 頭の上のアウラリスが小さく羽を震わせた。


 しばらくして、お父様が大きく息を吐いた。


「……分かった」


 全員の視線がお父様へ向く。


「話は理解した。魔獣契約というものが存在し、フリージアがこの三体と契約していることも納得しよう」


「お父様……!」


「ただし」


 お父様の視線がティグへ向いた。


「ほかの者に危害を加えることは――」


 そこまで言って、少し言葉に詰まる。


 ティグと目が合ったらしい。


「……加えたり、は……」


「わしからわざわざ襲うことはない」


「ほんと?」


「ああ」


 ティグは部屋にいる全員をぐるりと見渡した。


「弱すぎて興味がない」


「…………」


 部屋が静まり返った。


『ティグ、それ安心させる言い方じゃないよ』


「まあ、そこの兄妹たちは少し面白そうだがな」


 ティグがちらりとお兄様たちへ視線を向け、口元をわずかに上げた。


「お兄様たちが?」


 振り返ると、お兄様たちが揃って微妙な顔をしている。


 なんとなく背筋に寒気が走ったような顔だ。


「お前の兄弟だけあって、それぞれ面白い魔力を持っている」


「へぇー」


「ただ、それだけだ」


「ふーん」


「…………」


『なんでみんなそんな顔してるんだろ』


 まあいいか。


 私はお父様をちらりと見る。


「じゃあ……もう話は終わりでいいかな?」


「待て」


 今度はティグが口を開いた。


「そうだ。フリー、お前の父親のことだが」


「お父様?」


「昨日、洞窟の前で騒いでいた奴の話をしただろう」


「うん」


「あれは、お主の父親だな」


「…………え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「えっ!?」


 勢いよくお父様を見る。


「どういうこと!?」


「顔が同じだ。それに、胸に傷を負っただろう」


「えっ、えっ……ちょっと待って!」


 頭の中で、昨日聞いたティグの話が一気に繋がっていく。


「じゃあ、ティグが言ってた洞窟って……封印の森のこと!?」


 その言葉を口にした瞬間。


 お父様の顔色が変わった。


「封印の森と言ったか!?」


「えっ」


「なんの話をしている!」


 さっきまで少し緩んでいた空気が、再び張り詰める。


 ティグはそんなことなど気にする様子もなく、淡々と続けた。


「わしも、傷を負ったあとのエルフを見ただけだ。それまでの経緯までは知らん」


「……」


「だが、魔人と戦っていたことだけは分かる」


「魔人……?」


「ああ。それも、ただの魔人ではない」


 ティグの目が鋭くなる。


「上位の魔人だ」


 誰も声を出さなかった。


「わしを襲った奴も、アウラリスの親を襲った奴も同じだ」


「……え?」


 私は思わず頭の上の小さなアウラリスを見る。


「この子の……親も?」


「ああ」


 ティグは静かに頷いた。


「少なくとも三体。上位の魔人が、この世界に来ている」


「…………」


『三体……?』

 思わず言葉を失っていると、お父様が鋭い声を上げた。


「何を話した!」


「えっ……」


「そのネフィルガは、今なんと言ったんだ?」


 私はティグから聞いたことを、そのまま皆に伝えた。


 洞窟の前でお父様らしき人物を見たこと。


 そこで上位の魔人が戦っていたこと。


 ティグ自身も別の上位魔人に襲われたこと。


 そして、アウラリスの親を襲った者まで含めれば、少なくとも三体はいるということ。


 話し終えるころには、部屋の空気が完全に変わっていた。


「……上位魔人……」


 誰かが小さく呟く。


 お父様はしばらく黙り込んだあと、ゆっくり私を見る。


「分かった。フリージア、ありがとう」


「……うん」


 それから、お父様はティグへ向き直った。


「ティグ……と言ったな」


 ティグがわずかに目を細める。


「その魔人たちの気配は、今も感じるのですか?」


 ティグは私を見る。


「近くにいれば分かる。だが、今は感じん」


「……」


「一体、気配を消すのが妙に上手いやつはいたがな」


「でも?」


「少なくとも、この周辺にはいない」


 私はそのままお父様たちに伝えた。


「近くにいれば分かるけど、今は感じないって。一体だけ気配を消すのがすごく上手いみたいだけど……少なくとも、この辺りにはいないって」


「そうか……」


 お父様の肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。


 お母様やお兄様たちも、完全ではないものの、少しだけ安堵したような表情を浮かべる。

 そのまま、しばらく沈黙が続いた。


「……話が終わったなら、お部屋に戻って……も、いいですか?」


 私はそーっと立ち上がろうとした。


「いや、待て。フリージア」


「……っ」


 お父様の低い声に、身体がびくっと固まる。


「な、なんですか……お父様……」


 嫌な予感しかしない。


 お父様はゆっくり腕を組んだ。


「フリージア。お前には一度、きちんと言い聞かせておかなければならんな」


「…………」


『ま、まずい。この流れは非常にまずい!』


「お、お父様? まだお身体が本調子ではないですし……ほら、怒ると心臓に良くないですよ?」


 私は精いっぱい心配そうな顔をしてみせた。


「んっ! それはフリージアのおかげでもう大丈夫だ! ありがとう!」


『おっ! これはいけるか!?』


「だが、それとこれとは別だ!」


『……ですよねー!!』


「さあ、そこに座りなさい」


「…………はい」


『あ、これ絶対逃げられないやつだ……』


 そして――。


 そこから、長い長いお説教が始まった。


 正体も分からない魔獣へ勝手に近づいたこと。


 ダリアンが止めたにもかかわらず治癒魔法を使ったこと。


 夜中に一人で部屋を抜け出したこと。


 それどころか、以前ラムネと魔獣契約をしていたことまで。


「スライムだから安全だと思った、では済まん!」


「……はい」


「何かあってからでは遅いのだぞ!」


「……はい」


「お前はもう少し、自分がどれだけ周りを心配させるか――」


「……はい……」


 話が始まってすぐ、その場にいた人たちは空気を察したらしい。


 アイリオン先生もザルヴァニアも、いつの間にかいなくなった。


 お兄様たちまで、一人、また一人と静かに部屋を出ていく。


『ちょっと! みんな逃げるの!?』


 ランとダリアンも一礼して退室。


 そして――。


「ラムネ?」


 ぴょん。


「ティグ?」


「……健闘を祈る」


「待って!?」


 ラムネもティグも出ていった。


『裏切り者ー!』


 結局、私はそれから一時間ほど、みっちりお父様に怒られることになった。

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