第50話 頭真っ白
「フリー! フリー! フリージア!!」
「お嬢様!」
遠くから何人もの声が聞こえる。
「ん……」
私は目を擦りながら、ゆっくり瞼を開けた。
「おい、起きろ。大変なことになっておるぞ」
「んーーーー……ふぁぁ……」
大きく欠伸をする。
「なにぃ……どうしたの……?」
ぼんやりしたまま目を開ける。
空。
青空。
「…………」
『あれ?』
昨夜は確か、星を見ていたはず。
ゆっくり顔を下へ向ける。
「…………え」
そこには――。
お父様。
お母様。
お兄様、お姉様たち全員。
アイリオン先生にザルヴァニア。
ラン。
ダリアンもその中に混じって立っているけれど、明らかに様子がおかしい。
私と目が合った瞬間、目を大きく見開き、必死に何かを訴えかけてきた。
『フリージア様! まずいです! 早く起きてください!』
……とでも言いたげな顔だ。
さらに、その後ろには武装した兵士たちがずらりと並んでいた。
しかも明らかに警戒態勢。
『…………ヤバい』
一気に眠気が吹き飛んだ。
そうだ。
私の後ろには――。
「フリージア」
お父様が低い声で呼ぶ。
「そこから、ゆっくりこちらへ来なさい」
「えっ、あっ……違うの!」
慌てて起き上がる。
「みんな落ち着いて!」
でも寝起きで頭が全然回らない。
『どう説明する!? ティグが伝説級で、それで昨日契約して、それから――』
無理。
もういいや!
「この魔獣は私と契約してるの!」
「「「……契約?」」」
「魔獣契約!」
私はティグの前に立つようにして両手を広げた。
「だから襲ったりしないから安心して!」
兵士たちの武器はまだ下がらない。
「お願いだから、その警戒を解いて!」
すると後ろから、ティグの低い声がした。
「……朝から随分と騒がしい連中だな」
ティグが低く喉を鳴らす。
「唸ってるぞ!」
誰かが警戒するように声を上げた。
「違う違う! 喋ってるの!」
「……喋ってる?」
みんなの視線が一斉にティグへ向いた。
『あ、そっか。みんなには普通の唸り声にしか聞こえないんだ』
アイリオン先生が驚いたように声を上げた。
「そいつはネフィルガではないか!?」
「そ、そうですね……」
私が曖昧に返すと、先生は目を見開いたままティグを見つめる。
「まさか、本当に……」
「そやつと契約しただと?」
「……はい」
「魔獣契約など、ここ数百年は聞いたことがない。古い文献に記録が残っている程度だぞ」
「……はい」
「先生なら、魔獣契約というものが存在することはご理解いただけますよね?」
「それは……そうだが」
私は一度息を吸って、ティグの横に立った。
「私は魔獣契約しました! このネフィルガ――ティグと!」
一瞬、辺りがしんと静まり返る。
私はティグに顔を寄せ、小声で囁いた。
「ティグ、ごめん。ちょっと撫でさせて」
「……何をする気だ」
「いいから!」
次の瞬間。
「ほら!」
私はみんなに見せつけるように、ティグの首元を豪快にわしゃわしゃと撫でた。
「…………」
最初こそ少し迷惑そうにしていたティグだったけれど、次第に目を細めて、喉の奥で小さく低い音を鳴らした。
『……ちょっと気持ちよさそう』
尻尾までゆっくり左右に揺れている。
「ほら! 大丈夫でしょ!」
『証明の仕方、これで合ってるよね!?』
その様子を見て、お父様たちの警戒もほんの少しだけ緩んだ。
「えーと……とりあえず、中で話さない?」
私はティグの首元に手を置いたまま、みんなを見回す。
「本当にティグは大丈夫だから。ほら、今だって襲われてないし」
それでも兵士たちはまだ完全には武器を下ろしていない。
すると、お母様がふっと表情を和らげた。
「みんな、もう警戒を解いていいわ」
「おい、どうした?」
お父様が驚いたようにお母様を見る。
お母様は自分のそばにいる精霊へ視線を向けた。
「私の精霊ちゃんが教えてくれたの」
「なんて?」
「フリージアの言っていることは本当だって」
「私の精霊ちゃんが教えてくれたの。フリージアの言っていることは本当だって」
「……本当なのか?」
「ええ。それに、私たち精霊もあの魔獣と契約した者の話なんてほとんど聞いたことがないみたい。でも、フリージアとあの子の間にはちゃんと契約の繋がりがあるって」
お母様がそう言うと、周囲の空気が少しずつ緩んでいった。
兵士たちも構えていた武器を下ろし、アイリオン先生やザルヴァニアも完全ではないものの、さっきまでの張り詰めた様子ではなくなる。
『お母様の言葉、偉大だ……』
さっきまで私が必死に説明しても半信半疑だったのに、お母様が一言言っただけでこれである。
『精霊ちゃんの信用もすごいけど……やっぱりお母様強い』
「では、中で詳しく話しましょう」
お母様がそう言うと、お父様も小さく息を吐いた。
「……分かった。ただし、そのネフィルガも一緒に来るのか?」
「ティグね!」
「……ティグ?」
「名前つけたの!」
お父様の眉間にしわが寄る。
「わしも行く」
ティグが当然のように立ち上がった。
「その方が話は早く終わるだろう。それに、わしからも話がある」
「えっ、話って何?」
「あとで話す」
「気になるんだけど……」
結局そのまま、ティグも一緒に城の中へ入ることになった。
城へ戻るまで、私の頭の中はほとんど真っ白だった。
『ヤバいヤバいヤバい、ヤバい。ヤバい……』
『どうしよう。どこから魔獣契約のこと話せばいいの?』
お父様が怪我を負って、あの黒いもやのことでもずっと悩んでいたのに。
そんな矢先に、今度はティグのことまでみんなに知られてしまった。
『しかも伝説級……』
『ここ数日でいろいろありすぎるよ……』
考えれば考えるほど、何から説明すればいいのか分からなくなってくる。
『もう順番とか無理。聞かれたことから答えよう……』




