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第45話 準備

鬼人族の国へ行けると決まってからというもの、もうウキウキが止まらない。


 アイリオン先生の訓練も、前ほど苦じゃなくなってきた。


「フリージア。気が抜けていますよ」


 たまにそう注意されるけど、今はあまり気にならない。


『だって、鬼人族の国だよ!』


 あそこには、魔獣と一緒に暮らしている長老がいるらしい。

 会えるかどうかは分からないけど、前から一度行ってみたかった。


 それに今回は、前より長い遠征になる。


『いっぱい準備しないと!』


 着替えに食料、道具にルグポカ。

 必要そうなものを思いつくたびに、アイテムボックスへどんどん入れていく。


『そういえば……寝袋、できたかな?』


 前の遠征が終わったときに、こんなのがあったら便利だよって、なんとなくガルドに話したんだった。


 遠征の準備をしながら工房へ寄ってみると、ガルドは待ってましたとばかりに笑った。


「おぉ、ちょうどよかった。できておるぞ。ほら」


「ほんと?!」


 渡された寝袋を触ってみると、ふかふかで柔らかい。


「メィ〜ロの毛を使ったからの。寝心地もいいはずじゃ」


「わぁ……気持ちいい!」


「今回は数もいるじゃろうと思ってな。ざっと百個ほど作っておいたぞ」


「百個?!」


『さすがガルド、仕事が早い!』


 私はそのうち半分ほどを、遠征用としてアイテムボックスにしまった。

「そうだ! ガルド!」


 寝袋を受け取ったところで、ふと思いついた。


「馬車の下に、バネってつけられる?」


「ばね?」


 ガルドが首をかしげる。


「なんじゃ、それは」


「えっとね、ぐるぐるしてて、押したら縮んで、離したら戻るの」


「……よう分からん」


「ちょっと待って!」


 私は近くにあった紙に、ぐるぐると絵を描いてみせた。


「こんな感じ!」


「ふむ……」


 まだいまいち伝わっていなさそうだ。


『実物のほうが早いな』


 私はそこにあった針金のような細い金属を手に取り、棒にくるくると巻きつけた。


 巻き終わったそれを、すっと棒から抜き取る。


「これ!」


 ガルドの目の前に差し出す。


「これを押すと縮むでしょ?」


 指でぎゅっと押してみせて、手を離す。


 びよん、と元の形に戻った。


「おぉ……」


 ガルドがそれを受け取って、何度か押して確かめる。


「なるほどの。押されても戻ろうとする力があるのか」


「そう! これを馬車につけたいの」


「馬車に?」


 私は今度は紙に馬車を描き、その下を指さした。


「車両を支えてる棒のところ。真ん中にこれを入れて、前も後ろもね」


「ふむ」


「道がガタガタしてても、その揺れをこれが少し受けてくれたら、今より乗り心地よくならないかなって」


 ガルドは紙と手の中のバネを見比べる。


「なるほどのぉ……直接衝撃を受けるんじゃなく、一度こいつに受けさせるわけか」


「そうそう!」


「面白い考えじゃな」


『よし、伝わった!』


「あとね!」


「まだあるんか」


「座るところも、もう少し広くしてほしいの」


 私は両手を広げる。


「それで、ふかふかにして!」


「ふかふか?」


「長い時間乗ってると、お尻痛くなるでしょ?」


「まあ、なるのぉ」


「だから、メィ〜ロの毛とか入れて柔らかくできない?」


 ガルドは少し考えてから頷いた。


「それならできそうじゃな。座る部分を少し広げて、中に毛を詰めれば今よりかなり楽になるじゃろ」


「ほんと?!」


「座席のほうはそこまで難しくない」


「じゃあ、それもお願い!」


「おう」


 私はもう一度、バネを指さした。


「こっちもできそう?」


「できるかどうかは、実際に試してみんと分からんな。馬車は重い。こんな細いものでは支えられんし、強度も必要じゃ」


「もっと太くて硬い金属で作ればいい?」


「そこも含めて試作じゃな」


 ガルドの目が、だんだん楽しそうになってきた。


『この顔、作りたくなってる顔だ』


「それでね……」


「なんじゃ」


「できれば……鬼人族の国に行く前に……」


 ガルドの動きが止まった。


「おぬしはまた急なことを言いよるのぉ!」


「だって、今回は前より長い遠征なんだもん!」


「だからといって、十日で馬車を作り変えろとは無茶を言う」


「全部じゃなくていいから! 一台だけ! 試しに!」


 私は両手を合わせてガルドを見上げた。


「お願い!」


「……」


 ガルドは腕を組み、もう一度バネと馬車の絵を見る。

 しばらくして、大きく息を吐いた。


「まったく……」


「……ダメ?」


「誰がダメと言った」


「!」


「一台だけじゃ。座席はすぐに手を入れる。こっちは急いで大きいものを試作してみる」


「やった!」


「ただし、うまくいかなかったら今までの馬車で行くんじゃぞ」


「分かってる!」


「ほんとかのぉ」


「ほんとほんと!」


 ガルドは呆れたように笑いながらも、もう頭の中では作り方を考え始めているようだった。


「よし。まずは使えそうな金属を探すかの」


「ガルド、ありがとう!」


「おう。」


 こうして、鬼人族の国へ向かう直前だというのに、ガルドは馬車の改良まで始まることになった。

 

 ガルドがどこまで進めてくれているのかは、結局当日まで分からなかった。


 というより――邪魔できなかった。


 無理を言ってお願いしたのは私だし、途中で様子を見に行って作業を止めるのも悪い。


 だから私は、ひたすら遠征の準備を進めた。


 前回の遠征より、私のアイテムボックスの中身は倍くらい増えている。


『今回は長いからね。多いくらいでちょうどいい!』


 そして出発当日。


 私たちは城門の前で馬車が来るのを待っていた。


 しばらくすると、何台かの馬車が順番にやってくる。


 その中の一台が、お父様の前でゆっくり止まった。


「……ん?」


 思わずじっと見る。


 ぱっと見ただけでも、前回の馬車とは違う。


 全体的に綺麗になっているし、少し大きくなっている気もする。


 お父様も同じことを思ったらしく、馬車を見上げた。


「これ……私の馬車か?」


 それからリンドールを見る。


「リンドール。馬車を新しくしたのか?」


「いえ。そのような報告は受けておりませんが……」


「ん? では、私の馬車ではないのか?」


 お父様が少し迷っていると――。


 ガチャッ。


 突然、馬車の扉が開いた。


 周りにいた兵士たちが一斉に身構える。


「おいおい。わしじゃよ。そんなに敵意を向けるでない」


 中からひょいっと顔を出したのは、ガルドだった。


「ガルド?」


 お父様が目を丸くする。


「何をしておる」


「おや? フリージアから聞いておらんのか?」


 ガルドがにやりと笑い、こちらを見る。


「のぉ、フリージア」


「えっ……あっ……えーっと……」


 嫌な汗が出る。


 ガルドが呆れた顔をした。


「おぬし、何も伝えておらんな?」


「いや、だって! できなかったら今までの馬車で行くって言ってたから!」


「言ったがのぉ」


 ガルドは腕を組んで胸を張る。


「わしは自分がやると決めたら、やるぞ」


『……できたんだ』


 私は改めて目の前の馬車を見上げた。

 


「フリージア。どういうことだ?」


 お父様が、私と馬車を交互に見る。


「ん? んーと……ちょっとだけだよ」


「ちょっと?」


「前の遠征のとき、馬車がけっこう揺れたでしょ? だから、もう少し快適にならないかなってガルドにお願いしたの」


 お父様の視線が、今度はガルドへ向く。


 ガルドは気にした様子もなく、にやりと笑った。


「まぁいいじゃないか。乗れば分かる」


「……乗れば?」


「おう。ここで説明するより早い。わしも乗るから、国の門まで行ってみようじゃないか」


「試乗ということか」


「そういうことじゃ」


 お父様は少し考えてから、もう一度馬車を見上げた。


「分かった。乗ってみよう」


「やった!」


 こうして、お父様と私、レイ、それからガルドの四人で馬車に乗り込み、まずは国の門まで試してみることになった。

 国の門までの短い距離だったけれど、馬車の快適さはすぐに分かった。


 いつもなら石畳の継ぎ目を越えるたびに、ガタン、ガタンと身体が揺れる。


 でも今回は違った。


「……あれ?」


 揺れはする。

 でも、その衝撃がずいぶん柔らかい。


 しかも座るところも広くなっていて、ふかふかだ。


「おぉ……」


 お父様も少し驚いたように座席へ手を置く。


「確かに、前とは全然違うな」


「じゃろ?」


 ガルドが得意そうに笑った。


 レイも静かに座ったまま、足元へ視線を向ける。


「揺れが、かなり減ってます」


「でしょ!」


 私は嬉しくなって、思わず座席をぽんぽん叩いた。


『これなら長い移動でも、お尻が痛くなりにくい!』


 ほんの少しの試乗だったのに、違いは十分すぎるほど分かった。

 ガルドは満足そうに笑った。


「よし。あとは頼んだぞ」


 そう言って国の門で馬車を降りる。


「ガルド、ありがとう!」


「おう。気をつけて行ってこい」


 ガルドに見送られ、私たちはそのまま鬼人族の国―― ガエン国へ向けて出発した。


ガエン国までの道のりは、前回の遠征よりも平坦で、どこか静かに感じた。


 野宿も一度経験しているから、今回は準備もずいぶんスムーズだ。


 夜になると、私はアイテムボックスから寝袋を取り出して、みんなに配った。


「フリージア……持ってきすぎではないか?」


 お父様に呆れられたけれど、


「だって、みんなの疲れが溜まるよりいいでしょ?」


 と押し切った。


 結局、寝袋は護衛の人たちにも配ることになった。


「……しかし、どこにこんな量の荷物を?」


 あちこちからそんな声が聞こえてくる。


『やっぱり気になるよね……』


 私が少し焦っていると、お父様が何でもない顔で口を挟んだ。


「ガルドが馬車に収納場所を増やしたんだ」


「そうだったのですか」


「今回は私のアイテムボックスにも、かなり詰め込んできたからな」


「なるほど」


『お父様、すごい適当……』


 でも、そのおかげでそれ以上深く聞かれることはなかった。


 私はこっそり胸をなで下ろしながら、寝袋の準備を続けた。


『まあ、みんながちゃんと休めるなら、それでいいよね』


 ガルドが作ってくれた寝袋は、予想以上に好評だった。


「これはいいですね。身体が痛くなりません」


「ふかふかでよく眠れました」


 そんな声があちこちから聞こえてきて、私まで嬉しくなる。


『やっぱり持ってきて正解だった!』


 こうして今回の遠征は、前回よりずっと快適に進んでいった。


 ――そう思っていた。


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