第44話 ネーミングセンス
けれど、長期休みに入ったからといって、のんびりしている暇はない。
剣の稽古に、魔力の訓練。
そして――。
「今日は少し訓練内容を変えます」
アイリオン先生がそう言った直後、ダリアンが何かの入った箱を運んできた。
「……?」
嫌な予感がする。
ダリアンが箱を地面に置き、被せてある布を取った。
「…………」
中から出てきたのは――。
『ぎょえぇぇぇーーー!!』
ラッチュだった。
「せ、先生……?」
「今日は、このラッチュを放します」
「え?」
「そして、あなたが倒してください」
「えぇぇ?!」
思わず一歩後ずさる。
「待ってください! 私、まだ一人でちゃんと魔獣討伐したことないですし! 今日はいつもの魔力を安定させる訓練にしましょうよ!」
「しません」
「ひょえ?!」
アイリオン先生は涼しい顔のまま続けた。
「戦っている最中でも、魔力を安定させられるようにならなければ意味がありません」
「でもラッチュじゃなくても……」
「魔獣は、あなたの都合に合わせてくれませんよ」
「うっ……」
「それに、今日もダリアン殿の攻撃も飛んできます」
「は?」
私はゆっくりダリアンを見る。
ダリアンも微妙な顔をしていた。
「……本当に私も攻撃するのですか?」
「もちろんです」
「……」
『ダリアン、すっごい嫌そう』
「あなたはラッチュを倒しながら、ダリアン殿の攻撃も避けてください。その間も魔力を乱さないように」
「むりー」
「やってみなければ分かりません」
『絶対、学校でラッチュ相手に固まったこと知ってるでしょ……』
しかも、あのときは勢い余って魔法を撃ちすぎた。
たぶん先生は、それも含めてこの訓練を考えたんだ。
「では、始めます」
「ちょ、ちょっと待っ――」
ダリアンが箱を開けた。
ラッチュが勢いよく飛び出す。
「ひぃっ!」
反射的に魔力が跳ね上がりそうになる。
『落ち着け、落ち着け!』
まずは一匹。
狙いを定めて――。
その瞬間、横から火の玉が飛んできた。
「わぁっ!」
慌てて避ける。
「ダリアン!」
「申し訳ありません!」
「アイリオン殿の指示ですので!」
『もうやだぁぁぁ!』
そんな私の叫びなどお構いなしに、ラッチュは走り回り、ダリアンの攻撃も飛んでくる。
こうして、私の新しい魔力訓練が始まった。
それからというもの、ほとんど毎日のようにラッチュと戦うことになった。
夢にまでラッチュが出てきた。
『ある意味、悪夢だ……』
それでも何回かやればラッチュには慌てずに倒せるようになっていた。
ダリアンの攻撃も、最初に比べればかなり避けられる。
ただ――。
疲れが溜まってくると、まだ魔力が不安定になることがある。
完全に克服したわけではなかった。
とはいえ、休みに入った頃と比べれば、少しずつ前には進んでいる。
『まあ、焦っても仕方ないよね』
そんなことを考えながら部屋へ戻ったところで、今度はガルドから連絡が届いた。
どうやら、頼んでいた二つが完成したらしい。
「できたって!」
私はすぐにレイを誘って、ガルドの工房へ向かった。
「ガルドー!」
「おぉ、来たか!」
作業台の上には、完成した道具が並べられていた。
一つは、手に持って前方を照らせる灯り。
もう一つは、冷たいものを冷たいまま、温かいものを温かいまま保てる容器だ。
「わぁ……!」
想像していたより、ずっと綺麗に仕上がっている。
見た目も使いやすそうで、作りもしっかりしていた。
「すごい! ガルド、これすっごくいい!」
「ガハハ! そうじゃろ、そうじゃろ!」
しかもガルドは、灯りを二種類作ってくれていた。
一つは、自分の魔力を流して使うもの。
そしてもう一つは、あらかじめ魔力を蓄えておけば、魔力を持たない人でも使えるものだ。
「ちゃんと二種類作ってくれたんだ!」
「当然じゃ。魔力を使える者だけでは意味がないじゃろ」
「さすがガルド!」
私は魔力なしでも使えるほうを手に取ってみる。
光は手元だけではなく、ちゃんと前へ向かって伸びていた。
『これなら暗い道でも見やすい!』
一方、水筒のほうは、完全に魔力なしで使えるようにするのは難しかったらしい。
「こっちはちと無理じゃった」
「やっぱり難しかった?」
「じゃが、使う前に誰かに魔力を入れてもらえば使える。毎回自分で魔力を出せなくてもよいから、そこまで大変ではないぞ」
「そっか。それなら十分だね」
完成した二つを確認したところで、私はレイを見る。
「じゃあ、お父様のところに行こう」
こういう新しい道具を城で使ったり、今後広めたりするなら、お父様の確認が必要だ。
私とレイは完成品を持って、お父様のところへ向かった。
私とレイは完成品を持って、お父様のところへ向かった。
こういう新しい道具は、城で使うにしても広めるにしても、まずお父様に確認してもらわないといけない。
部屋へ入ると、ちょうどお父様の隣にはリンドールもいた。
「お父様。またできたので、報告に来ました!」
「……またか」
なんだろう。
ほんの少しだけ引かれている気がする。
「すごいですね。この短期間で……」
リンドールまで苦笑いしている。
『できたんだから仕方ないでしょ』
私は気にせず、堂々と完成品をお父様の前へ差し出した。
「まず、これは手に持つ街灯です。えーと……」
そこで言葉が止まった。
『……あ』
名前、決めてない。
私は無言でガルドを見る。
ガルドもすぐに察したらしく、
『わしは知らんぞ。お前さんが決めろ』
とでも言いたげな顔でこちらを見返してきた。
『えぇ……』
ちらっとレイを見る。
目が合った瞬間、レイはすっと視線を逸らした。
『……チッ』
「えーとね……」
『懐中電灯なんて説明できないし……ライト? いや、この言葉もダメ? でも、これくらいならいける……?』
「えーと……ライト……ライトン! これはライトンです!」
勢いで言い切ってから、今度はもう一つを持ち上げる。
「で、こっちは冷たいものは冷たく、温かいものは温かいままにしてくれる、飲み物入れ!」
『……あ』
また名前を決めてない。
『後ろ向いたって、さっきと一緒だよなぁ……』
ちらっとガルドを見るのをやめて、今度は自分で考える。
「うーんと……」
『冷たい、温かい……保つ……』
「こちらは……ポカヒエです!」
咄嗟に出てきた名前を、そのまま勢いで言い切った。
『……ネーミングセンスなさすぎ。』
自分で名づけておいて、かなり凹む。
でも、もう言ってしまったものは仕方がない。
「と、とりあえず! 使い方を説明するね!」
私は気を取り直して、まずライトンを手に取った。
「こっちは前を照らすための道具で、魔力を使うものと、魔力がなくても使えるものの二種類があります」
実際に点けてみると、光がまっすぐ前へ伸びた。
「普通の光の魔石だと周りが明るくなるだけだけど、これは前のほうをしっかり照らせるの」
続いてポカヒエを持ち上げる。
「こっちは、冷たい飲み物は冷たいまま、温かい飲み物は温かいままにしてくれる入れ物です」
底の部分を見せながら、冷やすときと温めるときで使う魔石を交換できることも説明する。
「魔力がない人は、使う前に誰かに魔力を入れてもらえば大丈夫です」
一通り説明を終えると、私は二つの完成品をお父様の前に並べた。
「以上です!」
『名前以外は完璧!』
お父様もリンドールも、二つの道具を手に取りながら感心したように見ていた。
「これは、また……すごいものを作ったな」
「はい。素晴らしいです」
リンドールはライトンを手に取り、実際に光を前へ向けてみる。
「これなら、火や光属性を持っていない者でも夜の見回りに使えます。かなり助かりますね」
「ポカヒエもいいな」
お父様は今度はポカヒエを手に取った。
「遠征のときに役立ちそうだ」
「ですよね!」
思った以上に反応がよくて、ちょっと嬉しくなる。
「ガルド。これは、すぐに売り出せるのか?」
「おう。この二つなら材料も豊富にある。生産もそこまで難しくないから、問題ないじゃろ」
「そうか」
お父様はもう一度、ライトンとポカヒエを見比べる。
それから、ふと思いついたようにリンドールのほうを見て、ライトンを持ち上げた。
「これ、鬼人族によくないか?」
「鬼人族ですか?」
「確か、夜の森でキラホシを収穫するとき、そこまでの道のりが暗くて大変だと言っていただろう」
「ああ、言っていましたね」
「キラホシは良い薬になる。たくさん採れるならこちらとしても助かる」
リンドールも納得したように頷いた。
「それに、鬼人族は火と土属性がほとんどです。こういう道具はかなり役に立つかもしれません」
「だろう?」
お父様はすぐにガルドを見る。
「ガルド。ライトンを百個ほど用意するとしたら、どのくらいかかる?」
「百個なら、数日もあればできるぞ」
「なら頼む」
「おう」
「リンドール。カゲツグに連絡を入れてくれ。十日後にこちらから向かうと」
「十日後ですか?」
「ああ。公務も少しずらしてくれ」
「……また急ですね」
リンドールは少し呆れたように息をついた。
「分かりましたよ。調整しておきます」
「頼む」
「…………」
『鬼人族の国……』
私はその言葉を頭の中で繰り返した。
「わ、私も……」
一度言葉が詰まる。
「私も行く! そこに!」
「……またか」
お父様が呆れたようにこちらを見る。
「今回は前回より時間がかかるぞ」
「行く! 大丈夫! アイテムボ……も、あるし……」
『危ない。今、アイテムボックスって普通に言いそうになった』
「それに、カグラにも会いたいし!」
私は身を乗り出す。
「お父様にカグラを紹介したいの!」
お父様は、少しだけ考えるように私を見つめた。
「カグラは、お前の友達か?」
「そう! お部屋も一緒なのよ!」
私はすぐに頷いた。
「レイも行くでしょ?!」
「フリーが行くなら行く」
「よし!」
お父様はそんな私たちを見て、ふっと表情を緩めた。
「フリージアの友達なら、私も会っておこう」
「ほんと?」
「ああ」
そして、少し呆れたように息をつく。
「分かった。また準備しておきなさい」
「はーい!」
こうして、思いがけず鬼人族の国へ行くことまで決まってしまった。




