第42話 ラッチュ
学園の授業は、新鮮なものが多い。
歴史にしても科学にしても、魔石や魔法が絡んでくるから覚えることは多いけれど、不思議とすんなり受け入れられた。
クラスのみんなも、少しずつ魔法を安定して出せるようになってきた。
そしてついに――。
初めての校外授業に出ることになった。
今回の相手は、Gランクの魔獣――ラッチュ。
ランク自体は低いけれど、すばしっこくて意外と手こずる魔獣らしい。
なぜか最近、学園の裏手に大量発生しているらしく、この際、授業の一環として討伐することになったそうだ。
『魔獣討伐……』
私にとっては、これが初めての経験だ。
少しワクワクする。
でも同じくらい、怖さもある。
胸の奥が、ドキドキと落ち着かなかった。
裏門を出て、少し歩いた時だった。
ガサッ――。
草むらが揺れたと思った次の瞬間、一匹の魔獣が飛び出してきた。
その姿は、まさしく――。
『ネズミ!!!!』
「ぎょえぇぇぇぇーーーーー!!!」
……とは、さすがに声には出さなかった。
でも、思いっきり身体は引いた。
『ちょ、ちょっと待って! 魔獣って聞いてたからもっとこう……魔獣っぽいの想像してたんだけど!』
ラッチュは地面を素早く走り回りながら、こちらを警戒するように鼻をひくひくさせている。
『無理無理無理! 見た目ほぼネズミじゃん!』
『き、気持ち悪い!!!!!!!!!!』
『これを退治するなんて、私むりーーーーーーー!!!!!』
そんな私をよそに、みんなは一生懸命ラッチュを追いかけていた。
まだあの速さに慣れていないせいか、何度も魔法を外しながら、それでもなんとか一匹ずつ討伐していく。
そして、ようやく終わった――と思った、その時。
ガサガサガサッ。
今度はあちこちの草むらが一斉に揺れた。
「え……」
次の瞬間、ラッチュが大量に飛び出してくる。
『ぎゃああああああ! 増えたぁぁぁぁぁ!!』
あまりの気持ち悪さに、私は思わず後ろを振り向いた。
すると、そこにはアカネ先生が立っていた。
……ん?
よく見ると、先生の足元には魔法陣が浮かんでいる。
『これ……魔獣を呼び寄せる魔法陣じゃん!』
『大量発生の原因、先生だったの!?』
私は意を決して、もう一度前を向く。
「…………」
やっぱり、どう見てもネズミだ。
『無理ぃぃぃぃぃ!!』
『むりーーーーー!!!』
そう思っていても、ラッチュは待ってくれない。
突っ立ったままでいると、一匹がこちらへ飛びかかってきた。
「っ……!」
構えなきゃ。
そう思うのに、気持ち悪くて身体が動かない。
その時――。
ヒュンッ!
私の横から氷の矢が飛んできた。
ラッチュはその一撃で地面に落ちる。
飛んできた方向を見ると、レイがいた。
「フリー、大丈夫? どうしたの?」
「う、うん。ありがとう」
そう答えた直後、また一匹がこちらへ飛びかかってくる。
「ひっ!」
けれどレイはすぐに反応し、今度も素早く倒してくれた。
レイが私の顔を覗き込む。
「……もしかして、怖いの?」
「怖いんじゃなくて、気持ち悪いの!!!」
「……そっち?」
「そっち!!」
「でも、これ討伐しないと授業の点数もらえないよ」
『そうだった! 討伐とはいえ、これは授業の一環!』
私はもう一度気持ちを整えて、ラッチュを見る。
……やっぱり気持ち悪い。
『もう、近づきたくない!』
そう思った瞬間、とっさに火魔法を放った。
ボォン――!
「えっ」
自分で想像していた何倍もの大きさだった。
大きな炎が一気に広がり、その一撃で半分ほどのラッチュが消えた。
「…………」
一瞬、辺りの空気が止まる。
『……やっちゃった』
気持ち悪いという感情のまま、魔法を出してしまったせいだ。
アカネ先生も少し固まったあと、困ったように笑った。
「フリージアさん、えーっと……もう後ろに下がっていていいですよ。あとはみんなに任せましょう」
「はい、先生。すみませんでした……」
「フリージアさん」
「はい」
「先生は怒っていませんよ」
アカネ先生は優しく微笑んだ。
「少し、この授業には適さない威力でしたけど……ちゃんと討伐はできました。よくできましたよ」
「……はい」
先生は優しかった。
その間も、レイは黙々とラッチュを討伐している。
一匹。
また一匹。
必要以上の威力は出さず、狙いもほとんど外さない。
魔法の威力も、正確さも――レイはクラスの中で圧倒的だった。
すべてのラッチュを討伐し終えると、アカネ先生がみんなの前に立った。
「はい、皆さんご苦労様でした。上手にできていましたね」
先生は満足そうに頷く。
「これで今日の授業は終わりです。評価は後日お伝えしますね」
「え~~~~~!」
あちこちから不満そうな声が上がった。
ちょっとしたハプニングはあったけれど、初めての魔獣討伐は無事に終了した。
みんなが学園へ戻り始め、私もその後を追おうとした時――。
「……ん?」
草むらの奥で、何かがきらりと光った。
みんなが戻っていくのを一度確認してから、私は気になって草むらへ近づく。
『なんだろ?』
葉をかき分け、光っていたものを拾い上げた。
「……これ?」
それは、小さな魔石だった。
でも――ラッチュから取れる魔石とは、全然違って見えた。
拾い上げると、それは手のひらサイズの小さな石だった。
透明にも見えるのに、角度を変えるたびに淡く七色に光る。
『……魔石?』
でも、さっき見たラッチュの魔石とは全然違う。
「なんだろ、これ」
試しに鑑定してみる。
『…………え?』
何も出てこなかった。そんなのとは初めてだった。
普通なら、正体の分からないものなんて置いていけばいい。
なのに――なぜか捨てる気にはなれなかった。
『……持って帰ろ』
私はその石を、そっとアイテムボックスにしまった。
結局、石の正体が分からないまま学園へ戻ることになった。
初めての校外授業が終わってから、数日が経った。
そして今日。
アカネ先生から、先日の評価が返されることになった。
一人ずつ名前を呼ばれ、評価の書かれた紙を受け取っていく。
私も少し緊張しながら、自分の紙を開いた。
「……え?」
そこには――Sの文字。
『あんなことしたのに、Sもらえるの!?』
思わず何度も見直してしまう。
ちらっと前の子たちの評価を覗くと、DやEが多かった。
「レイは?」
そう聞くと、レイはすぐに見せてくれた。
「Aだった」
「やっぱり!」
サスケはというと――。
「やったー! Cだー!」
声に出して喜んでいる。
セレスなんて、少し自慢げに、
「私はC+ですね」
と胸を張っていた。
その一方で、何も言わずにいたナギとカグラは、二人ともBを取っていた。
『……普通にすごいじゃん』
ナギとカグラは、きっとセレスのために黙っていたのだろう。
でも、二人とも嬉しさを隠しきれていなかった。
口には出していないのに、表情から滲み出ている。
私はもう一度、自分の評価を見直した。
「……ん?」
よく見ると、下のほうに先生からのコメントが書かれていた。
『威力だけなら文句なしです。ただし、適切な魔法選択は今後の課題ですね』
「…………」
『やっぱりそこは言われるよね』
とりあえず、私の評価は黙っておこう。
私はそっと紙を鞄にしまい、何事もなかったようにみんなの会話へ戻った。
こうして初めての魔獣討伐も無事に終わり、やがて長期休みに入った。




