第41話 三属性
翌日。
いよいよ本格的な授業が始まる日だった。
私はカグラと一緒に教室へ向かう。
「楽しみだね」
「うん!」
カグラも嬉しそうだ。
まだ先生は来ておらず、教室の中は朝から賑やかだった。
私たちは席に着き、話をしながら待つことにする。
すると――
「フリージア様」
声を掛けられた。
振り向くと、金色の髪を持つエルフ族の男の子が立っていた。
整った顔立ち。
どこか見覚えがある。
「あっ」
思い出した。
たまに王城で見かける子だ。
確かエルフの名家の子だったはず。
「セレスだよね?」
「覚えていてくださったのですね」
少し嬉しそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締める。
そして私ではなく、その隣にいるレイを見る。
「レイシオン」
「はい」
レイはいつも通りだった。
「お前に授業がついていけるのか?」
いきなりだった。
教室が少し静かになる。
「ついていけると思います」
レイは淡々と答えた。
「そうか」
セレスは腕を組む。
「だが、お前はアイリオン先生の親戚だからな」
「はい」
「先生から教わっていたのだろう?」
「そうですね」
「ずるい」
聞こえないぐらい声でぽつりと言った。
レイが首を傾げる。
セレスは少し声を上げた。
「アイリオン先生に教えてもらえるなんて羨ましいに決まっているだろう!」
どうやら本音が出たらしい。
私は思わず瞬きをする。
隣ではカグラもきょとんとしていた。
「アイリオン先生ってそんなに人気なんだ」
「そんなに人気です!」
即答だった。
「魔法理論は天才的!」
「うん」
「魔法技術も超一流!」
「うん」
「しかも格好いい!」
「うん」
「完璧なんだ!」
力説している。
レイは少し考えてから、
「そうですね」
と頷いた。
「くっ……!」
なぜかセレスが悔しそうな顔をした。
その時だった。
「セレスくん……」
後ろから小さな声が聞こえた。
振り向くと、ドラゴニュート族の男の子が立っていた。
小柄で少しおどおどしている。
「授業……始まります……」
そう言われてセレスがはっとする。
ちょうど教室の扉が開いたところだった。
「あ」
本当だ。
アカネ先生が教室へ入ってくる。
「皆さん、おはようございます」
優しい声が響いた。
セレスは慌てて席へ戻る。
ドラゴニュート族の子も小走りでついていった。
「誰だろう?」
私が呟くと、カグラが答える。
「あの子はナギくんです」
「ナギ?」
「ドラゴニュート族の子です。同じクラスですよ」
なるほど。
そして私は、席へ戻っていくセレスとナギを見ながら思った。
『なんだか賑やかになりそうだな』
そんな予感がした。
それから数日が過ぎた。
私は一つ気付いたことがある。
セレスはよくレイに絡む。
本当によく絡む。
「レイシオン」
「はい」
「昨日アイリオン先生と何を話した」
「朝の挨拶です」
「内容は」
「おはようございます」
「くっ……!」
悔しそうだった。
すると横からサスケが顔を出す。
「それ聞いてどうすんだよ」
「参考にする」
「何のだよ!」
「アイリオン先生との会話のだ」
「参考にならねぇだろ!」
教室に笑いが起きた。
セレスは真面目な顔のままだった。
どうやら本気らしい。
⸻
昼休み。
いつものように私たちは集まっていた。
「レイシオン」
「はい」
「今日は何を食べる」
「パンです」
「そうか」
「お前、レイの母親なのか?」
サスケが突っ込む。
「違う!」
「じゃあなんで毎日聞いてるんだよ」
「気になっただけだ!」
「絶対嘘だろ」
サスケは笑いながらパンを頬張った。
⸻
その後ろではナギがおとなしく座っている。
「ナギも何か言えよ」
「えっ」
急に話を振られて固まる。
「えっと……」
ナギは困ったようにセレスを見る。
するとサスケが吹き出した。
「ほらまたセレス見てる!」
「み、見てない……」
「見てるって!」
「見てない……」
「いや見てる!」
カグラまで小さく笑い始める。
「仲良しだね」
私が言うと、
「違う!」
「違います!」
セレスとナギが同時に否定した。
今度は私たち全員が笑った。
気付けば、
朝も。
授業中も。
昼休みも。
移動教室も。
私とレイとサスケ。
そこにカグラ。
そしてセレスとナギ。
いつの間にか六人でいるのが当たり前になっていた。
入学して数週間。
ついに魔法の実戦授業が始まった。
初等部の運動場の一角。
そこには魔法訓練用の結界が張られている。
「今日から魔法実技を始めます」
アカネ先生が笑顔で言った。
生徒たちがざわつく。
みんなこの日を楽しみにしていたのだろう。
もちろん私もだ。
ただ――
少しだけ緊張していた。
出発前にお父様たちから念を押されていたからだ。
⸻
『全属性はまだ隠しておきなさい』
王城でそう言われた。
私は全属性の適性を持っている。
だけど、それを公表するにはまだ早いらしい。
目立ち過ぎるからだ。
その代わり。
⸻
『三属性までなら構わない』
という許可はもらった。
お父様曰く、
『髪色を見れば普通ではないと分かる』
『一属性だけ隠す方が逆に不自然だろう』
とのことだった。
だから私は、
火。
水。
風。
この三つを使うことになっている。
そして中等部へ上がればもう一属性。
高等部へ上がればさらに一属性。
少しずつ公開していく予定らしい。
『高等部になる頃には、一人で戦えるようになっているだろう』
⸻
ロータスお兄様もそう言っていた。
『力を隠すのは大切だ』
『だが、いざという時に自分を守れなければ意味がない』
⸻
だから今は学ぶ時期。
そして強くなる時期なのだ。
「まずは魔力の属性を確認します」
アカネ先生が言う。
「一人ずつ前へ来てください」
生徒たちが緊張した表情になる。
サスケなんて、
「やべぇ……」
と呟いていた。
カグラも真剣な顔だ。
セレスはなぜかレイを見ている。
「レイシオン」
「はい」
「アイリオン先生の親戚だからといって負けないからな」
「そうですか」
「くっ……!」
いつものだった。
その後ろでナギが小さく言う。
「セレスくん……前……」
「分かっている!」
全然分かっていなさそうだった。
そんな中、アカネ先生が名簿を開く。
「それでは最初の人から始めましょう」
いよいよ。
私たちの初めての魔法実技授業が始まった。
「それでは順番にやってみましょう」
アカネ先生が言った。
今日の授業は魔力を形にする練習。
まだ一年生。
魔法を放つのではなく、まずは魔力を外へ出すことが目的だ。
最初の生徒が前へ出る。
指先に小さな火が灯る。
「はい、上手ですよ」
アカネ先生が微笑む。
次の子はてんとう虫ほどの水玉。
それでも十分すごいことらしい。
私は少し驚いた。
想像していたより、同世代の子たちはまだ魔法を自由に扱えないらしい。
みんな思っていたより難しいようだ。
⸻
順番に生徒たちが前へ出ていく。
そして。
「サスケくん」
「はい!」
元気よく返事をして前へ出る。
両手を前へ。
集中すると――
ぽん。
野球ボールほどの水玉が現れた。
「おおー!」
教室がざわつく。
サスケは胸を張った。
「どうだ!」
「すごいですね」
アカネ先生も頷く。
サスケは得意げだった。
⸻
「カグラさん」
「はい」
カグラは静かに前へ出る。
両手を広げると。
ふわり。
左右の手に小さな炎が灯った。
美しい赤い火。
「両手同時……」
「すごい……」
周囲から感嘆の声が漏れる。
カグラは少し照れたように席へ戻った。
⸻
「ナギくん」
「は、はい……」
ナギは緊張していた。
おずおずと前へ出る。
そして手を伸ばした。
ぽつん。
現れたのはゴルフボールほどの黒い球。
「闇属性か」
「珍しい……」
生徒たちがひそひそ話す。
だけど。
『あれ……?』
私は違和感を覚えた。
隣のレイを見る。
レイも球を見ていた。
アカネ先生も一瞬だけ目を細める。
その視線がナギの闇の球を捉える。
けれど次の瞬間には、いつもの柔らかな笑顔に戻っていた。
「おおー、すごいですねぇ」
アカネ先生はぱちぱちと拍手をする。
「小さいけれど、とても上手に魔力をまとめられていますよ」
ナギは驚いたように目を瞬かせた。
「ほ、本当ですか……?」
「はい、本当ですよ」
アカネ先生は優しく頷く。
周りの生徒たちは先生の言葉に感心している。
でも。
私は気付いてしまった。
さっきの一瞬。
アカネ先生は確かに驚いていた。
レイも何も言わない。
けれど視線はまだナギの球を追っている。
きっと私と同じことを感じたのだろう。
あの小さな闇の球。
見た目以上に、たくさんの魔力が詰まっていた。
ナギ自身も気付いていないくらい自然に。
⸻
「セレスくん」
するとセレスが立ち上がる。
ちらりとナギを見る。
「小さいな」
「えっ」
ナギがしゅんとした。
「見ていろ」
そして前へ出る。
まずは小さな光の玉。
それを空へ打ち上げる。
ぱっと輝いた。
「おおー!」
続いて風。
そよ風が一直線に伸びる。
離れた位置に置かれた的へ綺麗に当たった。
教室が拍手に包まれる。
セレスは満足そうだった。
そして。
ちらり。
レイを見る。
⸻
「レイシオンくん」
「はい」
レイが前へ出る。
セレスが腕を組む。
真剣な顔だ。
レイは淡々と手を伸ばした。
次の瞬間。
大量の水が現れる。
「えっ」
生徒たちが息を呑む。
手のひらの上で水が噴水のように舞い上がる。
そして。
そのまま。
ぱきぱきぱきっ。
氷へ変わった。
透明な氷の柱。
陽の光を受けて輝いている。
教室が静まり返る。
「……」
「……」
誰も声を出せなかった。
アカネ先生ですら少し驚いている。
セレスは固まっていた。
⸻
「くっ……!」
悔しそうだった。
⸻
そして最後。
「フリージアさん」
アカネ先生が私の名前を呼ぶ。
みんなの視線が集まった。
私はゆっくり立ち上がる。
少しだけ緊張する。
お父様たちとの約束。
三属性まで。
深呼吸して前へ出た。
まずは水。
手のひらの上に大きな水球が現れる。
サッカーボールほどの大きさ。
教室がざわついた。
「大きい……」
「すごい……」
次は火。
小さな火球を空へ放つ。
ふわりと舞い上がり。
まるで花火のように輝いた。
そして最後。
風。
優しい風を生み出す。
教室中を巡り。
一人ひとりの頬をそっと撫でていった。
髪が揺れる。
制服が揺れる。
暖かくて心地よい風。
みんなが思わず空を見上げた。
静まり返った教室で。
アカネ先生だけが優しく微笑んでいた。
「素晴らしいですね」
その言葉で。
止まっていた時間が動き出した。
教室は大きな歓声に包まれたのだった。
「それでは今日の授業はここまでです」
アカネ先生の言葉と同時に教室がざわついた。
みんな我慢していたのだろう。
一斉に話し始める。
「見た!?」
「レイシオン君の氷!」
「フリージアさん三属性だったよね!?」
「すごかった!」
私は少し肩を縮めた。
『やっぱりやり過ぎたかな……』
すると。
「フリー!」
サスケが勢いよく駆け寄ってきた。
「すげぇ!」
「えっ」
「風も火も水もできるじゃん!」
「う、うん」
「オレなんて水だけだぞ!」
全く落ち込んでいる様子はない。
むしろ尊敬の眼差しだ。
「私も驚きました」
カグラも近付いてくる。
「風がとても綺麗でした」
「ありがとう」
「なんだか安心する風でした」
そう言われると少し嬉しい。
⸻
その時。
「ふん」
セレスが腕を組んだ。
「確かに悪くなかった」
「悪くなかった?」
サスケが反応する。
「めちゃくちゃすごかっただろ」
「私はレイシオンの話をしている」
「してねぇじゃん!」
⸻
レイは相変わらず無表情だ。
「レイシオン」
「はい」
「次は負けないからな」
「そうですか」
「聞いているのか!?」
「聞いています」
「くっ……!」
⸻
いつものだった。
⸻
「セレス君」
ナギが袖を引っ張る。
「なんですか」
「フリーちゃんも……すごかった……」
セレスが固まる。
少し間があく。
「……それは認める」
ぼそりと呟いた。
私は思わず笑った。
そんな時だった。
アカネ先生がこちらへ歩いてくる。
「フリージアさん」
「はい」
「校長先生がお呼びですよ」
「えっ?」
思わず固まる。
サスケも固まる。
カグラも固まる。
ナギは青くなる。
セレスだけが、
「やはり何かやり過ぎたのでは」
と真顔で言った。
⸻
『怒られる!?』
⸻
私の頭に浮かんだのはそれだった。
アカネ先生に案内され、私は校長室へやって来た。
重厚な扉が開く。
「失礼します」
一人で中へ入ると、まず目に入ったのは立派な角だった。
校長先生は大きな机の向こうで穏やかに笑っている。
「よく来たのう、フリージアさん」
私は少し緊張しながら頭を下げた。
「座ってよいぞ」
「はい」
勧められた椅子へ腰掛ける。
怒られるのではないかと思っていたけれど、校長先生の表情はとても優しかった。
そして静かに口を開く。
「フリージアさん、三属性は見事じゃった」
「見てたんですか?」
「ふむ。お兄様方に続いて、素晴らしい才能を持っておるようじゃな」
少し照れてしまう。
校長先生は楽しそうに笑った。
「今日ここへ呼んだのは怒るためではない」
その言葉に少しだけ安心した。
「褒めてやりたくてのう」
校長先生は優しい目を向ける。
「入学して間もないにも関わらず、魔力の扱いが安定しておった」
「授業前からしっかり魔法を出せておる」
「それは当たり前のことではないのじゃ」
私は黙って話を聞く。
「じゃがな」
校長先生の声が少しだけ低くなった。
「きっと、言われてると思うがそこまで魔力を安定して扱える子は珍しい」
「最近は獣魔の動きも活発になっておる」
「考え過ぎならよいのじゃが……お主からは、少し特別な力を感じる」
「特別な……力?」
思わず聞き返す。
校長先生は「しまった」というように小さく笑うと、人差し指を口元に添えた。
「実はのう、これは誰にも話しておらんのじゃが」
声を潜める。
「わしは相手の魔力を”色”として感じることができる」
私は思わず目を見開いた。
「でも、内緒じゃぞ?」
校長先生は子どものようにいたずらっぽく笑う。
私も小さく頷いた。
「校長先生……私の魔力は何色なんですか?」
「それがのう……」
校長先生は少し考えるように目を細めた。
「初めて見る色じゃ」
「え?」
「霧がかかったように輪郭がぼやけておる」
「じゃが、その霧の奥で、様々な色が揺らいで見えるのじゃ」
私は思わず息をのんだ。
「光の加減で色を変える宝石のようでもあり……」
「朝露に虹が映り込んだようでもある」
「とても不思議な色じゃ」
校長先生は穏やかに笑う。
「わしにも、その正体までは分からぬ」
「長く生きてきたが、あのような魔力は初めて見た」
私は何も言えなかった。
心臓がどくどくと音を立てる。
『もしかして……』
『気付いてる?』
『私が全属性だって……』
そう思った。
けれど校長先生は、それ以上は何も聞いてこなかった。
「力には、それぞれ花開く時期がある」
「焦って答えを探す必要はない」
「お主自身が、その力を理解できる日が来るじゃろう」
私は小さく頷く。
「はい」
すると校長先生は優しく微笑んだ。
「それに、まだ秘めているものがありそうじゃな」
私は思わず肩を震わせる。
だが校長先生は、それ以上追及することはなかった。
「まあ、その話はいずれにしよう」
そう言って軽く頷く。
「今はまだ、その時ではない」
「ただ、用心するんじゃよ」
そして。
校長先生の視線が私の耳へ向いた。
正確には耳飾りへ。
そこに宿る加護の気配へ。
校長先生は小さく笑う。
「……もっとも」
「よく見れば」
「君には既にたくさんの守り人がおるようじゃがな」
私は思わず耳に触れた。
たくさんの人たちの顔が浮かぶ。
校長先生は満足そうに頷いた。
「良いことじゃ」
「守られることも大切じゃが、いずれは守る側にもなる」
「焦る必要はない」
「今は学び、遊び、友を作るのじゃ」
そして最後に。
校長先生はとても優しい笑顔を浮かべた。
「そのまま学校生活を楽しんでくれ」
「きっと、それが今の君にとって一番大切なことじゃからな」
私は立ち上がり、深く頭を下げた。
「はい!」
すると校長先生は嬉しそうに目を細めたのだった。
校長室を出ると、廊下の向こうに見慣れた顔があった。
「フリー!」
真っ先に駆け寄ってきたのはサスケだった。
「大丈夫だったか!?」
「怒られたのか!?」
その後ろではカグラも心配そうにしている。
ナギはそわそわしていた。
「フリーちゃん……大丈夫……?」
セレスまで腕を組みながら立っている。
「校長先生に呼ばれるなんて普通じゃないからな」
私はきょとんとした。
「怒られてないよ?」
「え?」
みんなが固まる。
「怒られてないの?」
サスケが聞き返した。
「うん」
「じゃあ何だったんだ?」
私は少し嬉しくなって答える。
「三属性すごいねって言われた!」
胸を張る。
すると。
一瞬の沈黙。
そして。
「それだけ!?」
サスケが叫んだ。
「それだけじゃないよ!」
「他には?」
「褒めてくれた!」
「だから何を!」
「魔法が上手だねって!」
「そっちかよ!」
サスケが頭を抱えた。
カグラはくすくす笑っている。
「良かったです」
「うん!」
私は素直に頷いた。
「校長先生、とっても優しかったよ」
ナギもほっとした顔をする。
「よかったぁ……」
本気で心配していたらしい。
そんな中。
セレスだけは難しい顔をしていた。
「校長先生がわざわざ呼ぶほどだったのか……」
ぶつぶつ呟いている。
「三属性ですからね」
レイが淡々と言った。
「くっ……!」
なぜかセレスが悔しそうな顔をした。
いつものだった。
私は思わず笑ってしまう。
するとサスケが肩をすくめた。
「ま、怒られてないならよかった!」
「うん!」
みんなと一緒に教室へ戻りながら、私は校長先生との会話を思い出していた。
校長先生は三属性を褒めてくれた。
でも。
きっと本当に知りたかったのは別のことだ。
私の属性。
今見せた三つ以外の力。
校長先生はあの時、確かに言っていた。
『まだ秘めている力もありそうじゃ』
⸻
あの言い方は確信に近かった。
きっと気付いている。
私にまだ他の属性があることを。
だけど。
校長先生は聞かなかった。
何属性なのか。
何を隠しているのか。
それ以上は何も。
⸻
『その話はいずれにしよう』
ただそう言っただけだった。
まるで。
無理に聞くつもりはないと伝えるように。
私は少しだけ胸を撫で下ろした。
もし聞かれていたら、どう答えればいいのか分からなかったからだ。
お父様たちとの約束もある。
だから今はこれでいい。
きっと校長先生も分かってくれているのだろう。
⸻
「フリー?」
サスケの声で我に返る。
「どうした?」
「え?」
「さっきからぼーっとしてるぞ」
私は慌てて首を振った。
「なんでもないよ」
「ほんとか?」
「うん!」
そう答えると、サスケはあっさり納得した。
単純だなと思う。
前を歩くカグラが小さく笑った。
ナギも安心したように頷いている。
セレスは相変わらずレイに何か言っていた。
「レイシオン」
「はい」
「次は負けないからな」
「そうですか」
「聞いているのか!?」
いつもの光景だ。
私は思わず笑った。
校長先生の言う通りかもしれない。
今は難しいことを考えるより。
みんなと一緒に、この学校生活を楽しもう。
……楽しい学園生活が始まる。
……楽しい学園生活が始まる。
そう思っていた。
しかし。
入学してからというもの。
なぜか、お兄様たちはやたらと初等部へやって来た。
最初は心配してくれているのだと思っていた。
でも。
多すぎる。
「フリー」
「ロータスお兄様!」
昼休みになると、騎士団の制服姿のロータスお兄様が差し入れを持って現れる。
もう卒業しているのに、学園へ来る理由なんてないはずだ。
「寮の食事は足りておるか?」
「足りてるよ」
「困ったことは?」
「ないよ」
「そうか」
安心したように微笑むと、そのまま帰っていった。
翌日。
「フリー」
「アスターお兄様!?」
「新しい剣を作ってもらった」
「だから見せに来た」
「それだけ?」
「あと顔を見に来た」
「そっちが本当の理由でしょ!」
⸻
さらに翌日。
「フリー」
「シルヴィンお兄様まで!?」
「暇だった」
「絶対嘘!」
「じゃあフリーの顔が見たかった」
「もっとダメ!」
その翌日には。
⸻
「フリー!」
「リリィお姉様!」
「ちゃんと朝ご飯食べた?」
「食べたよ」
「夜はちゃんと寝てる?」
「寝てる!」
「そう、よかった」
安心したように頭を撫でられる。
⸻
その様子を見ていたクラスメイトたちは大騒ぎだった。
「また来た!」
「今日はアスター様だ!」
「昨日はシルヴィン様だったよね?」
「リリィ様も来てた!」
女子たちは黄色い歓声。
男子たちは羨望の眼差し。
私は恥ずかしくて仕方がない。
⸻
そして数週間後。
また昼休み。
校庭の向こうに見覚えのある三人の姿が見えた。
『また!?』
思わず額に手を当てる。
『……さすがにロータスお兄様はいないみたい』
少しだけ安心して、小走りで三人のもとへ向かった。
「もう!」
三人がきょとんとする。
「いい加減にして!」
「え?」
「毎日毎日来なくていいの!」
「心配なんだ」
シルヴィンお兄様が苦笑する。
「心配しすぎ!」
「でも……」
「友達もいるし、先生もいるし、ちゃんと学校生活送れてる!」
私は両手を腰に当てた。
「だから、お兄様たちは自分のお勉強してください!」
三人は顔を見合わせる。
しばらく沈黙したあと、シルヴィンお兄様が頷いた。
「ああ、分かった」
「本当?」
「ただし」
アスターお兄様がにやりと笑う。
「月に一回は来る」
「減っただけじゃん!」
すると、リリィお姉様がくすっと笑った。
「残念でした」
「え?」
「私は今年から初等部のお世話係になったの」
胸に手を当てて、少し得意そうに微笑む。
「だから私は、好きな時にフリーに会いに来られるわ」
「えぇーーっ!?」
リリィお姉様は、勝ち誇ったようにアスターお兄様たちを見た。
「ふふっ♪」
アスターお兄様は「ずるい……」と小さく呟き、シルヴィンお兄様も苦笑する。
結局。
一番たくさん会いに来たのは、リリィお姉様だった。
そんなお兄様たちに見守られながら、なんやかんやで穏やかな月日が流れた。




