第38話 アスターお兄様
高等部だ。
校舎へ入った瞬間、私は思わず目を見開いた。
「大きい……」
思わず声が漏れる。
中等部も十分広かった。
だが高等部はさらに別格だった。
天井は高く、廊下も広い。
教室ひとつとっても初等部の倍近い広さがある。
図書館もまるで王城の書庫のようだった。
本棚が何列も並び、その奥が見えないほどだ。
「すごーい……」
サスケも感心したように周囲を見回している。
「ここまで来るのにあと何年だろ」
「頑張ればすぐですよ」
アカネ先生が笑った。
その時だった。
遠くから轟音が響く。
ドォン!!
「わぁっ!?」
思わず肩が跳ねる。
窓の外を見ると、光が弾けていた。
どうやら魔法らしい。
アカネ先生も足を止めた。
「ちょうどいいですね」
そう言って微笑む。
「高等部三年生が実技訓練をしています」
生徒たちがざわついた。
「三年生!?」
「見たい!」
「高等部の先輩だ!」
アカネ先生は頷く。
「少しだけ見学しましょうか」
その言葉に歓声が上がる。
私たちは訓練場へ向かった。
そしてそこに広がっていた光景に息を呑む。
巨大な魔導訓練場。
何重もの結界。
その中で高等部の生徒たちが魔法を放っていた。
炎が舞う。
風が唸る。
氷が地面を駆ける。
初等部や中等部とは比べものにならない規模だった。
「すごい……」
思わず呟く。
その時。
訓練場の中央にいた一人の生徒が大きく杖を掲げた。
眩い光が集まる。
次の瞬間――
空へ巨大な魔法陣が展開された。
「うわぁぁぁ!」
初等部の生徒たちから歓声が上がる。
私も目を奪われた。
まるで空そのものに絵を描いているようだった。
すると隣でレイが静かに呟く。
「高等部三年生ともなると、あれほどの魔力操作ができるのですね」
その視線は真剣そのものだった。
周囲他の子供たちが「すごい!」と騒ぐ中、レイだけは魔法の構築や制御をじっと観察していた。
そんなレイを見て、アカネ先生が少し驚いたように目を細める。
「レイシオンくんは、魔法に興味がありますか?」
「はい」
迷いのない返事だった。
「いつか、あのくらいは使えるようになりたいです」
「大丈夫です。きっとすぐ使えるようになりますよ」
『レイなら、そのうち本当に……』
そんな気がした。
その時だった。
聞き覚えのある声が、訓練場のほうから聞こえた。
私たちが振り返る。
そこには、白銀にも見える淡い髪。
背中には美しい翼。
そして整った容姿。
ダンテが立っていた。
「ダンテ様だ!」
「生徒会長!」
初等部の生徒たちがざわつく。
どうやらダンテも、ちょうど訓練場で授業を受けていたらしい。
ダンテはアカネ先生に軽く会釈をした。
「アカネ先生。今年は初等部の担任ですか」
「ええ。初等部の新入生たちに学園を案内しているところです」
「なるほど」
ダンテは穏やかに頷く。
そして視線がこちらへ向いた。
「フリージアさん。今度、僕が魔法を教えてあげますよ」
そう言って、ダンテはキザにウインクをした。
その瞬間、女子生徒たちから歓声が上がる。
「きゃあああ!」
「ダンテ様が!」
「素敵……!」
『うわぁ……慣れてるなぁ』
私は少し感心する。
――その時だった。
ダンテがウインクをした、その瞬間。
ぞわっ。
ダンテの背筋に悪寒が走った。
「……⁉︎」
ダンテは思わず辺りを見回す。
すると高等部校舎の窓から――
アスターがこちらを見ていた。
距離が離れているのにダンテは分かった。
腕を組み。
ものすごく不機嫌そうな顔で。
「……」
「……」
一瞬だけ視線が合う。
ダンテは静かに目を逸らした。
(なぜでしょうね)
理由は分かっていた。
だが考えないことにした。
面倒だからだ。
一方アスターはというと、
「チッ」
盛大に舌打ちした。
近くにいた高等部生たちがびくりと肩を震わせる。
「アスター、機嫌悪くない?」
「いや、いつもあんな感じじゃ……」
「今日は特に怖い気がする……」
アスターの周囲だけ、妙に空気が冷えていた。
もちろん、私はそんなことには気づいていない。
「?」
首を傾げるだけだった。
その様子を見たダンテは、小さくため息を吐いた。
(過保護な兄ですね)
そして二度と軽い気持ちでウインクするのはやめようと思った。
私はダンテに手を振り、みんなで訓練場を後にしようとした。
ヒュン――。
何かが空へ打ち上がる音が聞こえた。
「?」
思わず足を止める。
次の瞬間。
パンッ!!
空で光が弾けた。
色とりどりの光の花が咲く。
『花火?』
思わず見上げる。
昼間だから少し見えにくいけれど、それでも十分綺麗だった。
周囲の初等部生たちも歓声を上げる。
「すごーい!」
「綺麗!」
「 天光弾!?」
他の生徒が言う。
私は光が飛んできた方向を見る。
すると――
高等部の校舎の窓。
そこにアスターお兄様がこっちを見ていた。
「!」
私が気付いたことに気付いたらしい。
アスターお兄様はニッと笑う。
そして。
ボンッ。
再び小さな光球を空へ放った。
直後。
パンパンッ!!
今度は二つの花火が咲いた。
『わぁ!』
思わず笑顔になる。
するとアスターお兄様は満足そうに頷いた。
だが――
「アスター!!」
怒鳴り声が響いた。
訓練場の教師だった。
「何をしている!!」
さらに。
「アスター君!!」
別方向からも声が飛ぶ。
教室のほうから顔を出した教師だ。
「授業中ですよ!!」
まさかのダブルだった。
「あ」
アスターお兄様の笑顔が固まる。
「今すぐ戻りなさい!!」
「授業を邪魔するな!!」
二方向から同時に怒鳴られる。
周囲の高等部生たちは慣れているのか、
「あーあ」
「また怒られてる」
「今回は二人か」
などと呟いていた。
アスターお兄様は頭を掻きながら、
「はいはい」
と全く反省していない返事をする。
当然。
「返事は一回!!」
「反省しなさい!!」
怒声がさらに大きくなった。
私は思わず吹き出してしまう。
すると隣のレイがぽつりと言った。
「アスター様らしいですね」
「うん」
思わず頷く。
遠くではまだ先生たちに叱られているアスターお兄様の姿が見えた。
それでもどこか楽しそうだった。
たぶん――私が笑ったのを見られたからだろう。
そんな気がした。
教室へ戻る途中も、生徒たちの話題はアスターお兄様一色だった。
「やっぱりアスター様かっこよかったよね!」
「でもあれ絶対やりすぎだよ!」
「先生二人に同時に怒られるとか普通ないし!」
みんな好き勝手言っている。
アカネ先生も苦笑していた。
「アスター君は素晴らしい生徒ですが、授業中だから真似しちゃ駄目ですよー」
「はーい」
返事だけは元気だった。
すると、後ろから声がした。
「でも、あれ結構すごいことですよ」
振り返ると、眼鏡をかけた男子生徒だった。
細身で真面目そうな雰囲気をしている。
「え?」
サスケが聞き返す。
眼鏡の少年は少しだけ眼鏡を押し上げた。
「花火の魔法です」
「あれが?」
「はい」
当然のように頷く。
「ただ空に打ち上げればいいわけじゃありません」
周囲の生徒たちが耳を傾ける。
「ここには初等部の生徒もいますし、高等部の訓練場もあります」
「うん」
「魔法の軌道を間違えれば危険です」
確かにそうだ。
火の玉が落ちてきたら大変なことになる。
眼鏡の少年は続けた。
「アスター様は私たちの位置、高等部生の位置、訓練場の結界の範囲まで把握した上で、誰にも当たらない場所へ打ち上げています」
「え……」
思わず声が漏れる。
「しかもあの距離です」
「魔力制御も空間把握も相当な技術が必要になります」
周囲が静かになる。
「だから先生方は怒っていましたが、技術そのものは本当にすごいですよ」
最後にそう付け加えた。
「なるほど……」
「言われてみれば……」
生徒たちから感心した声が上がる。
私は窓の外を見る。
遠くの高等部校舎はもう見えない。
『アスターお兄様って……』
普段は適当に見える。
授業も面倒くさそうにしている。
よく怒られている。
でも。
だからといって実力がないわけじゃない。
むしろ――。
「天才なんだよ」
サスケがぽつりと言った。
「え?」
「うちのお兄ちゃんが言ってた」
サスケは少し興奮気味に話す。
「アスター様は本気になるとすごいんだって」
周囲の生徒たちも何人か頷いていた。
どうやら有名な話らしい。
私は少しだけ嬉しくなった。
そんな話をしながら歩いていると、ふと気になった。
「そういえばサスケ、お兄ちゃんいるの?」
「いるよ!」
即答だった。
「高等部一年に一人!」
一本指を立てる。
「それから中等部五年にも一人!」
今度は二本指。
『えっ』
思わず目を丸くする。
「三人兄弟なの?」
「そう!」
サスケは嬉しそうに頷いた。
「僕が一番下!」
「そうなんだ!」
本当に驚いた。
だって――
「フューマ族って珍しいって言ってなかった?」
さっき自分でそう話していたはずだ。
今年の新入生も十人くらいしかいないと。
するとサスケは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
「ふっふっふ」
なぜか得意げだ。
「うちはフューマ族の中でも有名なんだ!」
「そうなの?」
「うん!」
さらに胸を張る。
「兄ちゃんたちも魔法学園に入ったし!」
どやぁ、という顔だった。
なるほど。
確かにフューマ族で魔法学園へ通うだけでも珍しい。
それが兄弟三人となれば目立つのも当然だ。
「すごいね」
素直にそう言うと、
「えへへ」
今度は照れたように頭を掻く。
さっきまでの天狗な態度はどこへ行ったのやら。
その様子に思わず笑ってしまった。
するとサスケはさらに声を潜めた。
「しかもね」
「うん?」
「上の兄ちゃん、結構強いんだ」
どこか誇らしげな声だった。
どうやらお兄さんたちのことが大好きらしい。
その気持ちは少しだけ分かる気がした。
私も、お兄様たちの話になるとつい嬉しくなってしまうから。
もっとも――
『うちのお兄様たちはちょっと目立ちすぎるけど』
ついさっき花火を打ち上げて先生二人に怒られた人を思い出しながら、私は小さく笑った。
教室に戻り席につき先生が一通り話しをして
休憩時間を告げる鐘が鳴った。
その瞬間だった。
ガタッ!
ガタガタッ!
あちこちで椅子が引かれる音が響く。
『あれ?』
と思った次の瞬間――
どどどどどっ!
クラスメイトたちが一斉にこちらへ押し寄せてきた。
「フリージア様!」
「好きな食べ物は何ですか!?」
「王城って大きいんですか!?」
「毎日ドレス着るんですか!?」
「魔法は何属性ですか!?」
「髪すごく綺麗です!」
「触ってもいいですか!?」
『また来たぁぁぁ!!』
私は思わず固まる。
さっき学校案内の前にも囲まれたけれど、今度は逃げ場がない。
完全に包囲されていた。
「順番!順番!」
サスケがなぜか交通整理を始める。
「押すな押すな!」
「サスケ何してるの!?」
「司会!」
堂々と言い切った。
誰も頼んでいない。
その隣では――
レイもまた別の集団に囲まれていた。
「レイくん!」
「アイリオン先生の親戚って本当!?」
「どこの出身!?」
「剣と魔法どっちが得意!?」
「好きな食べ物は!?」
矢継ぎ早の質問。
だがレイは平然としていた。
「分かりません」
「覚えていません」
「知りません」
「たぶんそうです」
淡々と答えている。
質問した側が困っていた。
『レイ強いなぁ』
私なら無理だ。
その時だった。
「フリージア様の髪って本当に七色に光るんですか?」
女子生徒の一人が恐る恐る尋ねた。
「え?」
自分の髪を見る。
淡い黄色の髪。
光を受けると七色の輝きが混じる。
前世ではありえない髪色だ。
「うん?」
首を傾げる。
すると。
「可愛い……」
「今見た?」
「首傾げた……」
「可愛い……」
女子たちが何かを受信していた。
『なんで!?』
理解できない。
さらに。
「フリージア様ってロータス様に似てますね!」
「分かる!」
「目元とか!」
「笑った時ときはアスター様じゃない?」
盛り上がり始める。
『そうなのかな?』
自分ではよく分からない。
その時。
「当然です」
突然レイが言った。
みんなの視線が集まる。
レイは当たり前の顔をしていた。
「フリージア様はとてもお綺麗ですから」
教室が静まった。
『レイ?』
一瞬の沈黙。
そして――
「きゃああああ!!」
なぜか大騒ぎになった。
「聞いた!?」
「今の聞いた!?」
「さらっと言った!!」
「レイくん顔赤くないの!?」
「かっこいい!!」
レイは意味が分からないという顔をしている。
「?」
本気で分かっていないらしい。
私はというと、
『お願いだからこれ以上目立たないでぇ……』
と心の中で頭を抱えるのだった。
『つ、疲れた……』
質問。
質問。
また質問。
気付けばずっと喋っていた気がする。
王城のこと。
好きな食べ物。
好きな色。
家族のこと。
魔法のこと。
答えられるものは答えたけれど、さすがに人数が多すぎた。
机にぐったり突っ伏す。
「大丈夫ですか?」
レイが心配そうに覗き込んできた。
「もう喋れない……」
「まだ入学式前ですよ」
「うそぉ……」




