第36話 アイテムボックス
そうして迎えた、入学式前日の夜。
私は自分の部屋で、ランたちと一緒に、学園で必要になるものを準備していた。
そこへ、お父様とお母様が入ってきた。
「ここは私たちで見るから、ランとダリアン以外は他の仕事をしてくれて構わない」
お父様がそう言うと、手伝ってくれていた人たちは一礼して部屋を出ていった。
残ったのは、私とラン、ダリアン。
そして、お父様とお母様だけ。
「それじゃあ、学園の準備をしようか」
お父様は笑顔で言った。
……でも。
『なんか、声にトゲがあるような……?』
「フリージア。学園で必要になると思うものを、アイテムボックスに入れていきなさい」
「私が?」
「ああ。危険なものでも入れない限り、私は口を出さない。自分で考えてやってみなさい」
「……はい」
お母様はソファに腰掛けたまま、優しく私を見つめている。
何も言わない。
『……なんか試されてる気がする』
私は、本当に何も考えずに、思いついたものを次から次へとアイテムボックスへ入れていった。
服。
布団。
枕。
作ったドライヤー。
ルグポカ。
大量の本。
しまいには料理道具に、野菜、肉、果物まで。
「あ、魔石もいるかも」
それも入れる。
『ベッドも入れとこうかな……』
そこまで考えて、さすがに手を止めた。
『いや、寮にあるよね。たぶん』
ベッドはやめておいた。
途中、ちゃんと整理されているか気になって、何度かアイテムボックスに頭を突っ込んで中を覗く。
「……うん。大丈夫」
まだ入る。
というか、いくらでも入る。
そのまま今度はランの荷物にも手を伸ばした。
「ランのも入れとくね!」
すると、ランが少し困ったように笑った。
「お嬢様。わたくしは一緒には参りませんよ」
「……え?」
「学園は安全ですから。わたくしもダリアンも、城に残ります」
「…………」
「わたくしの分まで入れてくださろうとしたのは、とても嬉しいですけれど」
そこで、ようやく気づいた。
『……そっか』
学園には、ランもダリアンも一緒じゃない。
手にしていたランの荷物を、そっと元の場所へ戻す。
「……そうだったね」
自分でも分かるくらい、少し声が小さくなった。
それからも、私は「あと何を入れようかな」と考えていた。
『あ、武具も入れとこ! 訓練したいし』
そう思って武具をアイテムボックスへ入れている途中――。
「ま、待て! フリージア!」
とうとう、お父様が我慢できなくなったように声を上げた。
「あと、どれくらい入れるつもりだ?」
「あとですか?」
私は手を止めて考える。
「武器とか……あと、ガルドに頼んで工房のものも少し入れたいかなって! それに……」
「それに?」
「やっぱり甘いものも食べたいので、これから美味しいお菓子を作って、それも持っていこうかなって」
「…………」
お父様が黙った。
「フリージア。いいか」
「はい?」
「そのアイテムボックス……どれだけ入るんだ?」
その言葉で、私はようやく我に返った。
『また! やっちまったー!』
そうだった。
自分のアイテムボックスが普通じゃないことを、すっかり忘れていた。
「えーと……」
私は目を泳がせる。
「まだ……まだ、入るよ」
『でも、遠征の時にちょっとバレてるんだよなぁ……今さら隠しても……』
ちらっと周りを見る。
さっきまでソファに座って優しく見守っていたお母様は、いつの間にか少し固まっていた。
ランもダリアンも、目の前から次々と消えていく荷物を見て驚いている。
最初に部屋の隅へ用意してくれていた荷物なんて、とっくに全部入れ終わっていた。
それどころか私は、
『あれもいるかも』
と思うたびに部屋を出ては持ってきて、また入れて――を何度も繰り返していたのだ。
『……そりゃ、止められるか』
「フリージア。前にも言ったが、そのアイテムボックスは人前ではあまり使うな」
「少量なら構わない。だが、大きな物を出し入れする時は、ちゃんと考えなさい」
「はい……」
「いいか。学園ではランもダリアンもそばにはいない。だから、自分で考えて行動するんだ」
「……はい」
お父様は少し考えたあと、ランを見る。
「すまない、ラン。ロータスたちを全員呼んできてくれ」
「はい、かしこまりました」
ランは一礼すると、部屋を出ていった。
……と思ったら、風のような速さで消えていき、ものの数分で戻ってきた。
そのさらに数分後。
お兄様たちとリリィお姉様が、ぞろぞろと部屋へ入ってくる。
突然呼び出されたせいか、シルヴァンお兄様とリリィお姉様は少し面倒そうな顔をしていた。
その中でロータスお兄様が一歩前に出る。
「お呼びですか、父上」
「ああ。少し話があってな」
お父様は私を見る。
「フリージアのことだ」
「フリージアですか?」
その一言で、みんなの表情が変わった。
「何かあったの? お父様?」
「何かあったといえば……まあ、あった」
「なんだ?!」
アスターお兄様がすぐ私のところへ駆け寄ってくる。
「怪我したのか? 俺に言ってみろ!」
「アスター。フリーは元気だ。大丈夫だ」
「……なんだよ」
「では、何が?」
ロータスお兄様が静かに尋ねる。
「そうだな。フリージアは明日から学園に入るだろう?」
みんなが頷く。
「そこで、今のうちに共有しておきたいことがある」
お父様は少し間を置いた。
「フリージアには、少し規格外な能力がある」
「うん」
「……それは知ってる」
「まあな」
みんな、そこにはあまり驚かなかった。
「でな。また一つ見つかった」
「また?」
「これだ」
お父様が、私のアイテムボックスを指さす。
シルヴァンお兄様が首を傾げた。
「これは……アイテムボックスに見えますが」
「そうだ」
一同、揃って首を傾げる。
「普通のアイテムボックスじゃないんですか?」
「そこなんだ」
お父様は私を見る。
「フリー」
「はい?」
「私も改めて聞くが――これ、入るか?」
そう言って、お父様が部屋の中にある大きな物を指さした。
この「何を指すか」をベッドにするとかなり分かりやすい。
「……ベッド?」
「そうだ」
「入ると思うよ?」
「…………」
『あれ? また空気止まった?』
「フリー」
「はい?」
「私も改めて聞くが――これ、入るか?」
お父様がベッドを指さした。
「ベッド?」
「そうだ」
「入ると思うよ?」
とはいえ、ベッドを持ち上げるのは面倒だ。
私はアイテムボックスをベッドのそばまで近づけた。
すると――。
スッ。
まるで吸い込まれるように、ベッドがそのままアイテムボックスの中へ消えた。
「…………」
部屋が静まり返る。
『あれ?』
お父様も、お母様も、お兄様たちも、消えたベッドがあった場所をじっと見ている。
「……入ったな」
「うん」
「……持たずに?」
「うん。近づければ入るよ」
『あ、これも普通じゃなかった?』
「フリージア。その……アイテムボックスの中って、覗けるのか?」
「うん、覗けるよ。こーやって」
私は何でもないことのように、アイテムボックスへ頭だけ突っ込んだ。
「…………」
後ろで、みんなが息をのむ気配がした。
中を確認してから、私はひょこっと頭を戻す。
「ほら、ちゃんとベッドも入ってるよ」
「……フリージア」
「なに?」
「今まで、それをやった者は聞いたことがない」
「え?」
今度は私が固まった。
『これも普通じゃなかったの?!』
ロータスお兄様まで珍しく目を丸くして、アイテムボックスと私を交互に見ている。
「普通は、中に何が入っているかは感覚で分かるだけだよ」
「頭を入れて中を見るなんて……初めて見た」
『うそぉ……』
「そーなーのー」
私は気の抜けた顔で答えた。
お父様は少し考えるようにアイテムボックスを見つめた。
「……少し見てもいいか?」
「大丈夫だよ。生きたものは入らないから」
「……なんで分かった?」
「あー……」
私は少し目をそらす。
「生きた……お魚さんを入れてみたら、すぐ出てきたから……」
「魚を?」
「あと、小鳥さんも……」
「…………」
『なんか空気が変わった』
「それと、自分も入ろうとしたんだけど、身体は入らなかった!」
「自分も?!」
「うん。でも頭だけなら大丈夫だったよ!」
私は得意げに答える。
すると、お父様はしばらく何も言わず、額を押さえた。
「……フリージア」
「はい?」
「頼むから、そういうことを試す前に誰かに相談してくれ」
「……はーい」
お父様は、恐る恐るアイテムボックスの中を覗いた。
「……」
中には、私が入れた服や本、道具、食材なんかがきちんと整理されて並んでいる。
ぱっと見た感じでは、そこまで広くは見えない。
でも――。
「……なんだ、これ」
お父様が小さく呟いた。
奥を見ようとすると、どこまでも続いているような感覚があるらしい。
広い、というより……終わりがない。
「父上、私も見ても?」
「ああ」
そのあと、ロータスお兄様たちも順番に中を覗いていった。
「……すごい」
「こんなの初めて見た」
「ずるくないか、これ」
驚きながらも、お兄様たちはどこか羨ましそうだ。
「フリー、これだけ入るなら何でも持っていけるじゃないか」
「うん!」
『だからいっぱい入れようと思ったんだけど……』
ちらっとお父様を見る。
お父様はまだ、少し頭が痛そうな顔をしていた。
「で、お前たち。フリーが規格外なのは、もう分かったな?」
お兄様たちは揃って頷いた。
「つまり、学園でのフリージアの行動を、見られる範囲で気にかけてやってほしい」
「もちろん、お前たち自身の学びの時間を削れとは言わない。ただ、少し注意して見ていてくれ」
ロータスお兄様がすぐに頷く。
「もちろんです、父上」
アスターお兄様、リリィお姉様、シルヴァンお兄様も、それぞれ頷いた。
すると、お母様がお父様のそばへ寄り、小さく笑った。
「あなた。そんなこと言わなくても、この子たちならフリーちゃんから目を離さないと思うわ」
「ん?」
お母様はさらに声を落として、お父様の耳元でこっそり囁く。
「この子たち、自分たちがフリーちゃんを溺愛してるって自覚がないのよ」
そして、お兄様たちの耳元へちらりと視線を向けた。
「耳に付けてるものを見れば、分かるでしょう?」
「……ああ」
お父様もそれを見て、少しだけ笑った。
『ん? なに?』
私は二人が何を話しているのか分からず、首を傾げた。
みんなが部屋を出ようとした時、リリィお姉様とシルヴァンお兄様がこちらへ寄ってきた。
「フリー! 僕の植物たち、持っていってくれない?」
「植物?」
「うん! もうすぐ実験がうまくいきそうなんだよ。寮でも続きやりたいから!」
「いいよ」
「やった!」
すると今度は、リリィお姉様がすぐに続いた。
「私もお願いがあるの! もう少しで読み終わる本があるから、それ入れてほしいのと……あと服! もう少し持っていきたかったの!」
「うん、わかった」
「ありがとう! ロータスお兄様が卒業しちゃったから困ってたの!」
その言葉に、私は思わずロータスお兄様とアスターお兄様を見る。
「アスターお兄様たちは?」
「俺は足りてる。そんなに荷物持っていかないし」
アスターお兄様はさらっと続ける。
「足りないものがあったらロータスから借りる」
「……いや、僕はもう卒業して学園にはいないよ。それに、最初から僕を当てにしないでくれ」
ロータスお兄様が呆れたようにため息をついた。
「いいだろ、兄弟なんだから」
「そういう問題じゃない」
お父様とお母様は、私の規格外なアイテムボックスにまだ少し驚いている。
なのに、お兄様たちはそんなことなど気にも留めず、自分たちの荷物のことばかり考えていた。
その様子を見て、お父様とお母様は揃って呆れたような顔をしている。
その時――。
コンコン。
扉を叩く音がした。
「どちら様でしょうか」
ランが声をかける。
「あっ、すまぬ。わしじゃ、ガルドじゃ」
扉の向こうから、聞き慣れた声が返ってきた。
「お嬢…フリージアが明日から学園へ行くと聞いての。その前に見せたいものがあって来たんじゃ」
ランがこちらを見る。
私はすぐに笑顔で何度も頷いた。
『いいよ! 入ってきて!』
……と、そこでハッとする。
『あっ。でも、お父様たちもいるんだった』
ちらりとお父様たちを見る。
お父様は「しょうがないな」とでも言いたげな顔をしながら、ランへ小さく頷いた。
「どうぞ、お入りください」
ランが扉を開ける。
「すまぬ、押しかけてしまっての」
ガルドは頭をかきながら部屋へ入ってきた。
けれど顔を上げた瞬間、家族が勢揃いしていることに気づき、少しだけのけぞる。
「おっと……勢揃いじゃの。お主ら揃うとキラキラして、目が痛いわ」
そんな冗談を言いながら、ガルドはずかずかとこちらへ歩いてくる。
「ガルド! 何ができたの?!」
「トイレじゃ!」
「トイレ〜♪」
思わず声が弾んだ。
するとロータスお兄様が、少し怪訝そうな顔をする。
「トイレとは……あのトイレのことを言っているのか、ガルド殿」
「おうよ! トイレじゃ!」
「ふふふ……」
「ガハハ……」
私とガルドは、顔を見合わせて不気味なくらいニコニコしていた。
「せっかくじゃ。皆も来い!」
ガルドがくるりと振り返る。
「どうせあとで報告しに来るのも面倒じゃしな。ちょうどいい! ガハッ!」
「よし! ガルド、工房に行こう!」
「おう!」
部屋を出る前に、私はランへ振り返った。
「ラン! レイも呼んできて!」
「かしこまりました」
そして私とガルドは、るんるん気分で部屋を出た。
その後ろを、お父様たちがなんとも言えない顔でついてきた。
後ろを歩くお兄様たちは、そんな私たちを不思議そうに見ていた。
「ロータスお兄様」
リリィお姉様が小さな声で尋ねる。
「フリーって、いつからガルド殿とあんなに仲がいいの?」
「詳しくは分からないけど……ドライヤーを作った頃からじゃないかな」
「僕、ガルドさんとは武器を作ってもらう時に頼みに行ったくらいしか会ったことないな」
シルヴァンお兄様も首を傾げる。
「あの時は、あんなに明るい人じゃなかったよ」
「ガルドは職人だからな」
アスターお兄様が腕を組む。
「無駄な会話は極力しないことで有名だぞ」
「いや……僕も、あんなに楽しそうなガルド殿は初めて見たよ」
ロータスお兄様が、前を歩く私たちを見る。
「しかも、フリージアとあそこまで意気投合しているとは思わなかった」
「いや、ガルドは元々明るいやつなんだよ」
今度はお父様が口を挟んだ。
「普段は皆と関わることが少ないだけでな。あいつらの親戚なんだ。明るくないはずがない」
「……あいつらとは?」
「あぁ、エルドとブロムだよ」
「あいつらは本当によく喋るんだ。旅をしてても疲れを知らないっていうか、ずっと話しててな。俺たちはそれを笑いながら聞いてたよ」
「そうそう。三人とも、ほんとうるさかったわ」
お母様が懐かしそうに笑う。
「……三人?」
アスターお兄様が眉をひそめた。
「ガルドは旅に行ってないよな? 母上、その三人って誰だ?」
「えっ? えっと……」
お母様が何か言おうとした、その時――。
ガチャッ!
「見ろ! これじゃ!」
ガルドが勢いよく工房の扉を開けた。
工房の扉が開いた瞬間、私は目の前の完成品を見て声を上げた。
「わぁぁ!」
なめらかな曲線。
つるりとした綺麗な形。
『これぞトイレ!』
「ガルド、すごい! 私の想像以上のできだよ!」
「ガハハッ! じゃろう!」
私とガルドが興奮している一方で、お父様たちはまだ何がそんなにすごいのか分かっていないようだった。
「ねえ、これボタン押していい!?」
「待て待て。せっかくじゃ、皆に見せてからじゃ」
そうしているうちに、レイも工房へやってきた。
「レイ! ほら、これ! トイレだよ!」
「……できたんだ」
「うん! すごいよ!」
けれど――。
周りからは、まだ感動の声が上がらない。
『なんで?! こんなにすごいのに!』
私はガルドを見る。
「ガルド! これのすごさ、見せてやって!」
「おうよ!」
ガルドは待ってましたとばかりに、少し臭い泥団子を持ってきた。
「……なんだ、それは」
「まあ見とれ」
試作品ということもあって、トイレの下部分は仕組みが分かるように透明なケースになっている。
ガルドが上についているボタンを指さした。
「このボタンには、あらかじめ魔力を込めてある」
「で、こいつを押すと――」
カチッ。
勢いよく水が流れ出し、泥団子をそのまま下へ押し流していく。
「おお……」
透明な部分を、みんなが覗き込む。
流された泥団子は中の仕組みを通り――。
最後には、臭いのない普通の土へと変わって出てきた。
「……え?」
ようやく、お父様たちの表情が変わった。
「ガハハッ! どうじゃ!」
ガルドが得意げに胸を張る。
『そう! そこ! そこに驚いてほしかったの!』
「えっ……臭くない?」
お父様が、出てきた土を見ながら目を見開く。
「しかも土になるなら……環境にもいい、ということか!?」
「そうじゃ! そういうことじゃ!」
ガルドが嬉しそうに胸を張った。
「やっと成功したんじゃよ!」
「レイが言った通り、魔石を増やしてみたら動いたんじゃ!」
「それと、少し別の魔石も足してな。最後に浄化できるようにした」
「おっ! ガルド殿! それは気が利くのー!」
「そうじゃろ! そうじゃろ! ガハハッ!」
気づけば、また私とガルドだけ妙にテンションが高くなっていた。
そんな中、ロータスお兄様だけは冷静に完成したトイレを見ている。
「これは本当に素晴らしいですね」
少し考えるようにして続けた。
「まずは城内に何台か設置して、実際に使ってもらいましょう。反応を見るのがいいと思います」
「ただ……」
ロータスお兄様の視線が、中に組み込まれた魔石へ向く。
「これだけ魔石を使っているとなると、かなり高額になりそうですね」
「おっ、そこなんじゃよ」
ガルドが腕を組んだ。
「魔石の確保もあるからの。これは大量生産ができん」
「それに、どんなに頑張っても値段はかなり高くなるじゃろうな」
お父様が少し考え込む。
「城内にいくつか設置するのはいいとして……販売となると、少し難しいか」
「そうじゃな」
「注文を受けたとしても、すぐには渡せないことを最初から伝えておく必要がある」
「それでも欲しい者はおるじゃろうが、数は絞らんとの」
ロータスお兄様も頷いた。
「まずは城内で使って、耐久性や魔石の消耗も確認してからの方がよさそうですね」
「うむ。それがいいじゃろ」
「とりあえず――完成はした!」
ガルドが満足そうに胸を張る。
「まず、これはフリージアに使ってもらう!」
「えっ、いいの!?」
「もちろんじゃ。お前さんが考えたやつじゃろ」
「やった! ありがとう、ガルド!」
これで、気になっていたことも一つ片付いた。
入学前に、こんな嬉しい報告が聞けるとは思わなかった。
ふと見ると、お母様とリリィお姉様が何やらこそこそ話している。
かと思えば、今度はお父様の耳元で何かを囁いた。
お父様が少し言いにくそうに口を開く。
「……すまぬ、ガルド」
「二つほど、早急に作ってほしい。できたら、リリィとルミナスの部屋に設置してくれ」
「お、おう……」
ガルドは一瞬だけ目を丸くしたものの、理由までは聞かなかった。
『うん。分かるよ』
レディは匂いに敏感なのだ。
私には、その気持ちがよーく分かる。
お兄様たちも、ようやくこのトイレのすごさを理解してくれたらしい。
特にシルヴァンお兄様は、汚れたものを土に変える仕組みに強く興味を持ったようだった。
「それに……魔石を何種類も組み合わせてるのか」
トイレの下を覗き込みながら、ぶつぶつと何か考えている。
「シルヴァン、研究に火がついたなー」
アスターお兄様が呆れたように笑う。
「次は何を作るんだ?」
「このフリージアが考えた仕組みを使えば……土の不純物を取り除いて、再利用できるかもしれない」
「土を?」
「うん。それに水も浄化できるなら……」
そこから先は、もう聞こえないくらいの声でぶつぶつと考え込み始めた。
「……もう聞いてねぇな」
アスターお兄様が肩をすくめる。
そんなシルヴァンお兄様を横目に、私は改めてガルドへ向き直った。
「ガルド、本当にありがとう!」
「また帰ってきたら来るから、それまでよろしくね!」
隣でレイもぺこりと頭を下げる。
「おう! 二人ともたくさん学ぶんじゃぞ! それと、ちゃんと楽しく過ごせ!」
「わしはいつでもここにおる!」
「うん!」
私は大きく頷いた。
工房を出る前に、もう一度だけ振り返る。
ガルドはいつものように、にっと笑って手を振っていた。
『よし。明日から頑張ろう』
そんなこんなで、入学前日の夜はあっという間に過ぎていった。




