第33話 冬支度
翌日。
ガルドは朝から工房で、昨日の合格者たちが来るのを待っていた。
九人のうち、何人がここへ戻ってくるのか。
昨日は一晩考えろと言っただけで、誰からも答えは聞いていない。
しばらく待っていると、工房の扉が開いた。
「失礼します!」
昨日の合格者の一人だった。
ガルドの前まで来ると、深く頭を下げる。
「これから、よろしくお願いします!」
「おう!」
それを皮切りに、また一人。
さらに一人と、昨日の合格者たちが工房へやってきた。
やがて八人が揃った。
けれど――。
最後の一人だけが来ない。
ガルドは急かすこともなく、そのまましばらく待った。
それでも、工房の扉が開くことはなかった。
「……そうか」
ガルドはそれだけ呟くと、待つのをやめた。
一晩考えて出した答えだ。
来なかった者を責めるつもりはないのだろう。
ガルドは集まった八人を見渡すと、ニッと笑った。
「よし! じゃあ、このメンバーが今日から新しい仲間じゃな」
八人の顔を一人ずつ見る。
「これからよろしくな!」
「「よろしくお願いします!」」
こうして、百人近くいた弟子入り希望者の中から――。
最終的に八人が、ガルドの新しい弟子となった。
八人との挨拶を終えると、ガルドは「そうじゃ」と思い出したように手を叩いた。
「お主らには正式にここで働いてもらうことになる。じゃから一度、自分が住んでおったところへ帰って、ちゃんと挨拶してこい!」
八人が顔を見合わせる。
「家族がおる者もおるじゃろ。それに必要な荷物もあるじゃろうし、愛用しとる道具なんかもあるじゃろ?」
「よろしいのですか?」
「もちろんじゃ。そんなに急がん!」
ガルドは大きく頷いた。
「これからここで暮らして働くんじゃ。中途半端にしてくるな。世話になった者がおるなら、きちんと挨拶してこい」
「はい!」
「準備ができたら戻ってくればええ」
そこでガルドがニヤリと笑う。
「ただし――帰ってきたら忙しいぞ!」
「え?」
「まずは山ほど溜まっとるドライヤーの生産が待っとるからの! ガハハッ!」
豪快な笑い声が工房に響く。
八人は一瞬ぽかんとしたあと、揃って苦笑した。
「覚悟して戻ってきます」
「おう! その意気じゃ!」
こうして八人は、身の回りを整えるため、それぞれ一度故郷や住んでいた場所へ戻ることになった。
次にこの工房へ戻ってくる時には――もう客でも弟子入り希望者でもない。
ガルド工房の、新しい仲間としてだ。
そして私も、いつもの生活に戻った。
勉強に、貴族としての作法。
遠征でできなかった分もあって、帰ってきてからはなかなか忙しい。
もちろん、魔法の訓練も再開した。
ただし――。
「…………むぅ」
以前より明らかに難しくなっている。
特に魔力を安定させる訓練だ。
一定の魔力量を保ったまま維持したり、細かく増減させたり。
少しでも乱れると、すぐにアイリオン先生から声が飛んでくる。
「フリージア、今、少し上がりましたよ」
「えっ!?」
「もう一度です」
「先生! 前より厳しくないですか?!」
思わず抗議する。
「私、まだまだ幼いレディーですよ!」
先生は少し呆れたように笑った。
けれど、すぐに真顔に戻る。
「レディー? よく分からないが……まあいいでしょう」
「確かにフリージアはまだ幼い。ですが――先日、魔力を暴走させましたね」
「うっ……」
「お前の父から聞きました。しかも、かなり膨大な魔力だったと」
先生の声が少し低くなる。
「あいつが光魔法を得意としていたから、周囲には疑われずに済んだようですが……一歩間違えれば大変なことになっていました」
「…………」
「その後も、リンドールやランたちがうまくフォローしてくれたからこそです」
「はーい……」
私はしょんぼりしながら、もう一度魔力を整える。
ホントは理由が分かっていた。
遠征で私が魔力を暴走させたことを、お父様がアイリオン先生にしっかり報告していたことを。
『お父様……余計なことまで言ってないよね?』
「フリージア」
「はいっ!」
「集中が乱れています」
『考え事もバレた!』
隣ではレイも同じように訓練している。
私はもう一度集中して、魔力を一定に保つ。
派手な魔法を放つより、ずっと地味。
なのに――こっちの方が難しい。
『暴走しないためだもんね……頑張ろ』
『でも、でも、でも! つまんない!』
少し不貞腐れながら、それでも魔力を集中させていると――
「ダリアン! フリージアに魔法を放ってください」
「えっ!?」
思わず声が出た。
「早く!」
「えっ、ええ!? 本当にやるんですか?!」
突然の言葉に驚きながら、私はダリアンへ視線を向ける。
ダリアンは困った顔をしながらも、アイリオン先生の鋭い視線に負けたのか、渋々構えた。
そして――。
ぽっ。
弱々しい火魔法が飛んできて、私の足元より少し手前に落ちた。
「それでは意味がありません! もっと強く、勢いよく!」
「いや、いやいや! アイリオン先生がやればいいじゃないですか!」
「私はフリージアとレイシオン、二人の魔力を見なければならないので無理です」
「だからって私にやらせます?!」
アイリオン先生はダリアンを無視して、今度は私を見る。
「フリージア、いいですか?」
「え、はい……」
「どうやら今、集中できていないようですから――」
先生がにこりと笑った。
「これから飛んでくる魔法を避けながら、魔力を一定に保ってください」
「えええっ!?」
『急に難易度上がりすぎじゃない?!』
ダリアンは言われるがまま、しぶしぶ火魔法を放った。
「フリージア様、すみません! 何かあった場合、責任はアイリオン先生ですからね!」
先ほどよりも速い火魔法が飛んでくる。
飛んでくる以上、当然避けなければいけない。
でも、避けるたびに集中が切れる。
というか――魔力が乱れる。
「ほら、乱れていますよ」
「うっ……」
「先ほど、きっと『つまらない』なんて思っていたんじゃないですか?」
『なんでバレたぁ!? 私、そんなに顔に出るの?!』
「いいですか。戦場では、こんな分かりやすい攻撃ばかり飛んでくるわけではありません。もっと集中してください」
『しかも戦場って……私、まだ絶対行かないよ、そんな場所!』
また火魔法が飛んでくる。
『ダメだ、集中しないと……! また暴走したら大変だ』
私は慌てて魔力を整え直した。
『ダメだ。なんか、なんか溢れ出しそう……!』
「フリージア! そこです! もっと集中しなさい!」
『えっ、でも……吐きそう。なんか魔力が揺れてるみたいで気持ち悪い』
そう思った、その瞬間――。
また、魔力が暴走した。
ボンッ――!
「っ!」
思わず目を閉じる。
けれど――。
「……あれ?」
恐る恐る目を開けると、私の周りはいくつもの魔法に包まれていた。
一番内側には、アイリオン先生の水魔法。
その外側をダリアンの火魔法が包み、さらにその上をレイの氷魔法が覆っている。
顔を上げると、先生もダリアンもレイも、すでにこちらを見ていた。
「フリージア様! 大丈夫ですか?!」
真っ先にダリアンの声が飛んできた。
「あっ……大丈夫」
「フリー、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
アイリオン先生がこちらへ近づいてくる。
「まあ、悪くはないですね。次からもこの訓練を続けましょう」
「えぇ……」
「ダリアンもレイシオンも、咄嗟にあれだけの防御を張れたのは見事です」
先生は今度はレイを見る。
「特にレイシオン。いつ、あんなことができるようになったのです?」
「本で読みました。今日、初めてやりました」
「初めて?」
「はい。攻撃に使える魔法でも、使い方によっては守りにも使えるって書いてあったので」
レイは少しだけ私を見る。
「僕はフリーの護衛隊だから。守るために、覚えておかないといけないと思って」
「レイ……」
『なんか、すごく頼もしくなってる……!』
少し前まで、私の後ろにいることの多かったレイが、今では咄嗟に私を守る魔法まで使えるようになっている。
なんだか嬉しくて、じっとレイを見ていると――。
「フリージア、ぼーっとしない」
「あっ、はい。」
アイリオン先生の声で我に返った。
「では、今日はここまで。次回からダリアンもお手伝いをお願いします」
ダリアンは「えぇー…」と言いたげな顔をしたあと、小さく、
「……はい」
と返事をした。
「レイシオン。次回は、先ほどの防御のほうも練習しましょう。きっとまた暴走しますから」
「はい。分かりました」
『おいおい、暴走すること確定かよ』
『人の苦労も知らないで……』
『くそ〜! 次は暴走させないで頑張るぞ!』
――そう思っていた。
けれど、次の訓練でも私は暴走した。
それでも、少しずつ魔力を一定に保てる時間は長くなっていった。
まだまだ完璧にはほど遠いけど、最初よりは確実に進んでいる。
レイもレイで、防御を張る速さが遅いと言われ、
「まだまだですね」
とアイリオン先生に言われていた。
『私だけじゃないんだ』
そう思うと、ほんの少しだけ気が楽になった。
そんなこんなで、勉強に魔力訓練に剣術にと大忙し。
でも、実は週末も違った意味で忙しい。
毎週のように、お兄様やお姉様の誰かが帰ってくるのだ。
お兄様やお姉様たちは基本的に学園で寝泊まりしている。
ほとんどの生徒が家へ帰るのは、夏や冬の長い休みくらいらしい。
でも、うちのお兄様たちは違う。
二日間のお休みになると、誰かしら必ず帰ってくる。
しかも不思議なことに、なぜか帰ってくる日が重ならない。
『みんな同じ学園にいるんだから、一緒に帰ってくればいいのに』
前からちょっと不思議に思っているけど、理由は分からない。
そして今週帰ってきたのは――。
「フリージア、ただいま」
「ロータスお兄様!」
ロータスお兄様だった。
いつもの穏やかな笑顔で、手には小さな包みを持っている。
「おかえりなさい!」
「ただいま。元気そうでよかった」
ロータスお兄様は私の頭を優しく撫でると、持っていた包みを少し持ち上げた。
「学園で最近人気のお菓子なんだ。フリージアも好きそうだったから、持ってきたよ」
「お菓子!」
「一緒に食べようか」
「うん! レイも呼んでいい?」
「もちろん。三人で食べよう」
こうして、久しぶりに帰ってきたロータスお兄様と、レイも一緒にお茶をすることになった。
ロータスお兄様は、向かいに並んで座る私たちを静かに眺めていた。
「レイシオンも、すっかりここに馴染んだね」
「はい」
「フリージアとも、ずっと一緒にいてくれているみたいだ」
「はい」
短く答えて、レイはお菓子へ視線を戻す。
ロータスお兄様はそんなレイを見ても、気にした様子はない。
「ふふ……」
「どうしたの?」
「いや。少し面白くてね」
「レイシオンを見ていると、フィルモを思い出すよ」
「フィルモ?」
「白くて小さな魔獣だよ。普段は静かなんだけど、気づくと近くにいてね。目を離すと、ヒュッとどこかへ飛んでいってしまうんだ」
ロータスお兄様は、私の隣に座るレイを見て穏やかに微笑んだ。
「なんとなく似ているなと思って」
私はレイを見る。
大きな瞳で、静かにお菓子を食べている。
『……似てるかも』
「レイ、フィルモだって」
「……うん」
小さく頷いて、またお菓子を食べる。
「レイ、フィルモ知ってる?」
「知らない」
「知らないの!?ふわふわでかわいいよ!」
「うん」
ロータスお兄様が、そんな私たちを見て静かに笑っている。
「今度、図鑑を見せてあげるといいよ」
「そうする!」
レイはよく分かっていないまま、もう次のお菓子に手を伸ばしていた。
ロータスお兄様との穏やかな週末も終わり、またいつもの忙しい日々が戻ってきた。
そんなある日のこと――。
「フリージア様、ガルド殿がお呼びです」
「ガルドが?」
なんだろうと思いながら向かうと、ガルドたち工房の者が働く城の側に、大きな建物が完成していた。
「おぉー!」
『できてる!』
建設中なのは知っていたけれど、完成したものを目の前にすると想像していたよりずっと大きい。
新しいガルドの工房が、ついに完成したのだ。
『こういう時、魔法って本当にすごい』
そして工房の完成に合わせるように、故郷や住んでいた場所へ戻っていた八人も、愛用の道具や大きな荷物を抱えて次々と帰ってきた。
いよいよ今日から、新しい工房が……。
初日ということで、私とレイも顔を出すことにした。
改めて八人と挨拶をして、ガルドからこれからの仕事や工房の使い方について説明がされる。
そのあとは――。
「フリー、レイ。こっちじゃ」
ガルドに呼ばれて、私たちはガルド専用の作業部屋へ向かった。
「おぉ……!」
入ってすぐ、私は部屋の隅にあるものを見つけた。
『私たちの作業台!』
ガルドの大きな作業台とは別に、私とレイが使える小さな作業台が用意されている。
さらに、その横には――。
「私専用のデスク!」
思わず駆け寄る。
椅子に座ってみると、ちゃんと私の体に合った高さになっていた。
『なんか嬉しい!』
自分だけの場所ができたみたいで、意味もなく机の上を撫でてしまう。
レイも隣から覗き込みながら笑っていた。
「気に入ったようじゃな」
「うん!」
「それならよかった。……ただ、一つ言っておくことがある」
「なに?」
ガルドが少し困ったように頭を掻いた。
「トイレなんじゃが……もうちょい時間がかかりそうじゃ」
「えっ?」
「小型で試した時は成功したんじゃよ」
「じゃあ、できたんじゃないの?」
「それがのぉ……」
ガルドが腕を組んで唸る。
「実際に使える大きさにしてみたら、なぜか動かん!」
「えっ!何でだろう?」
「構造は同じはずなんじゃが、どうにも上手くいかんのじゃ。じゃから、もう少し待ってくれ」
「そっかぁ……」
残念。
でも、小型では成功している。
なら、あと一歩のはずだ。
すると、隣でレイがぽつりと言った。
「大きくなった分、魔石同士の距離が離れて反応しなくなったんじゃないでしょうか」
「おぅ……?」
ガルドが目を丸くする。
「もう一つか二つ、間隔をあけて追加で配置してみてはどうでしょうか?」
「おぉー! 言われてみれば、そうかもしれん!」
ガルドは勢いよく頷いた。
「わし、別の魔獣の魔石に替えることばっかり考えとったわい! 距離のことは頭になかったわ!」
「じゃあ、試してみて、できたら教えてね!」
「おう! 任せとけ!」
『新しい工房もできたし、仲間も増えたし……トイレはもうちょっと先か』
こうして、ガルドの新しい工房は本格的に動き始めた。
そしてもうすぐ冬がやってくる。
冬が終われば、いよいよ私とレイの入学式だ。
でも、その前に――。
城の中は冬支度で大忙しだった。
この国の冬はかなり厳しい。
時期によっては何日も吹雪が続き、国の外へ出ることすら難しくなるらしい。
だから雪が降り始める前に、食料や薪、日用品なんかを十分に蓄えておかなければならない。
城の中では荷物を抱えた人たちが行ったり来たり。
街へ出ても、冬に備えて買い物をする人や、品物を運び込む商人たちで賑わっている。
『なんか、お祭り前みたい』
忙しそうなのに、みんな慣れているのか、どこか活気がある。
そんな様子を眺めながら、私は一つ考えていたことがあった。
『……外に出る時、寒そうだよね』
前世では当たり前に使っていたけど、この世界ではまだ見たことがないもの。
寒くなる前に――作っておきたいものがある。
この世界にも湯たんぽのようなものはある。
お湯を入れて布団の中に入れておけば暖かいし、城でも冬になると使われているらしい。
でも――。
『持って歩くには邪魔なんだよね』
もっと小さくて、ポケットに入れられて、外でも暖かいもの。
『カイロがあればいいのに』
前世では冬になると当たり前のように使っていた。
袋から出して、揉んで、ポケットに入れておくだけで暖かいやつ。
「……作れるかな?」
思わず呟く。
使い捨てカイロって、確か鉄が関係してたような……。
『鉄が酸化する時の熱……だったよね?』
そこまでは覚えている。
でも、中に何が入っていたかなんて知らない。
『鉄の粉と……なんだ?』
首を傾げながら考える。
そこで、ふと思った。
『……別に前世と同じものを作らなくてもいいんじゃない?』
ここには魔石がある。
小さな魔石から、少しずつ熱を出せるようにできれば――。
『魔石のカイロ!』
しかも、使い捨てじゃなくて何度も使えるかもしれない。
そう思った瞬間!
『ガルドに相談してみよう!』
「ガルドー!」
「おう! 来たなぁ」
新しい工房へ入ると、ガルドが作業の手を止めてこちらを見た。
「なんじゃ、また何か思いついたか?」
「うん! あのね、もうすぐ冬くるでしょ? みんな冬の準備してるでしょ」
「しとるな」
「私ね、寒いの嫌いなの」
「おう」
「だから、いつでもあったかいものを持ってられたらいいなぁって」
「……あったかいもんを持つ?」
ガルドが首を傾げる。
「何を言っとる?」
「んーとね……」
私は両手で小さな大きさを作って見せる。
「これくらい! 手で持てるくらい小さくて、ポケットにも入るの」
「ほう」
「それがずーっとあったかいの!」
「…………」
「外を歩いてて寒くなったら、こうやってポケットに手を入れれば――」
私は両手をポケットに入れる真似をする。
「あったかーい! ってなるの!」
「なるほどのぉ」
ようやくイメージできたのか、ガルドが顎を撫で始めた。
「湯を入れるやつを小さくするのとは違うんじゃな?」
「違う! お湯はいらないの」
「ほぉ……」
ガルドの目が少し変わった。
『あ、この顔。考え始めた』
「熱を出すだけなら火の魔石でできるが……」
ガルドはぶつぶつ言いながら、近くにあった紙を引き寄せる。
「問題は熱さじゃな。手でずっと持てる程度にせんといかん」
「そう! 熱いのはダメ! ほんのりあったかいのがずっと続くの!」
「それをこの大きさで……」
「あとね、何回も使いたい!」
「注文が増えたのぉ」
「だってその方がいいでしょ?」
「まあ、そうじゃな。ガハハッ!」
ガルドは笑いながらも、もう完全に作る気になっている。
「よし。まずは小さい火の魔石で試してみるか」
「やった!」
こうして、冬を暖かく過ごしたいという私のわがままから、新しい魔道具作りが始まった。
ガルドはさっそく、使えそうな魔石を探し始めた。
「火の魔石ならいくつかあるが……」
大きさの違う魔石を並べながら、ガルドが一つずつ確認していく。
そこへ少し遅れて、レイが工房へやってきた。
「フリー」
「レイ! こっち!」
私はさっそく、作りたいものをレイに説明した。
「手で持てるくらい小さくてね、ずっとほんのりあったかいの。ポケットにも入れられるようにしたいの!」
「……暖かいもの」
「そう! お湯もいらなくて、何回も使えるやつ!」
レイは並べられた魔石をじっと見つめる。
そして、何かを思い出したように顔を上げた。
「ガルドさん」
「ん?」
「あの魔獣の魔石、ありますか?」
「あの魔獣?」
ガルドがレイを見る。
「ほら、寒い地域にいる……体温が高くて、雪の中でも眠れる魔獣です」
「あぁ! あれか!」
ガルドは立ち上がると、魔石が保管されている棚へ向かった。
「確かあったはずじゃ」
『そんな魔獣いるんだ』
しばらくして、ガルドが小さな魔石を持って戻ってくる。
「これじゃ」
私は覗き込んだ。
「これ、あったかくなるの?」
「魔力を流せばな。ただ、火の魔石みたいに一気に熱くなるもんじゃない」
「じゃあちょうどいいかも!」
魔石を手に乗せ、少しだけ魔力を流してみる。
「……あったかい!」
じんわりと手のひらが暖かくなる。
「これいい!」
そう思って魔力を止める。
すると――。
「…………」
しばらくして、温かさが消えていった。
「冷たくなった」
「そりゃそうじゃ。魔力を流すのをやめたからの」
「えー……」
『ずっと魔力入れてなきゃダメなの?』
それじゃあ、持っているだけで暖かいカイロとは全然違う。
しかも。
私は魔石を握ってみる。
「……硬い」
「魔石じゃからな」
「これずっと握ってるの嫌だ」
「注文が多いのぉ」
「だって、こう……もっと柔らかいのがいいの!」
私は両手でむにむにする仕草をする。
「ポケットに入れても邪魔にならなくて、手で包める感じ!」
ガルドが腕を組む。
「となると、魔石をそのまま持つのは無しじゃな」
「うん」
レイが魔石を見つめながら、小さく口を開いた。
「魔石を、中に入れるのは?」
「中?」
「柔らかいものの中に」
「……それだ!」
魔石そのものをカイロにする必要はない。
『魔石は中に入れちゃえばいいんだ!』
でも、まだ一番大きな問題が残っている。
「あとは……どうやって魔力を入れ続けるかだね」
「そこじゃな」
三人で魔石を見つめる。
ドライヤーの時とは違う。
今回は、使っている間ずっと手から魔力を送り続けるわけにはいかない。
『魔力をどこかに溜めておけたらいいんだけど……』
「ねえ、ガルド。魔石って砕いちゃダメなの?」
「……砕く?」
ガルドが手を止めた。
「うん。これ硬いから、粉々にしちゃえば柔らかい袋の中に入れられるかなって」
「…………」
ガルドは手の中の魔石をじっと見つめる。
「魔道具に使う時、削ったり形を整えたりはするが……砕いたことはないのぉ」
「じゃあ、砕いたらどうなるの?」
「分からん」
「…………」
「…………」
私とガルドは顔を見合わせた。
「砕くか」
「やってみよ!」
「おう!」
ガルドはさっそく魔石を作業台へ持っていくと、道具を使って細かく砕いていった。
やがて、硬かった魔石は細かな粒になった。
「こんなもんかの」
「魔力入れてみて!」
「おう」
ガルドが砕いた魔石に魔力を流す。
「……お?」
恐る恐る手を近づけてみる。
「あったかい!」
「砕いても使えるんじゃな」
「すごい!」
レイも興味深そうに、細かくなった魔石を覗き込んでいる。
『これなら袋の中に入れられる!』
硬さの問題は、これで解決できそうだ。
だけど――。
ガルドが魔力を流すのをやめると、少しずつ温かさがなくなっていく。
「……やっぱり冷たくなっちゃうね」
「砕いてもそこは変わらんか」
「うーん……」
私は細かくなった魔石を見つめた。
柔らかくする方法は見つかった。
あとは、どうやって魔力を流し続けるか。
『ずっと魔力を入れなくても、しばらくあったかいままにできないかな……』
「うーん……」
砕いた魔石を見つめながら考えていると、隣にいたレイが小さく口を開いた。
「フリー」
「ん?」
「光の魔石はどうかな」
「光?」
「うん。ライトに使ってるやつ。あれなら魔力を溜めておける」
「あっ!」
そうだった。
光の魔石に魔力を溜めておけば、しばらくの間、魔力を流し続けなくても光ってくれる。
「でも、光っちゃわない?」
「だから……」
レイは少し考えてから、今度は別の魔石を指した。
「ドライヤーに使った電気の魔石も、少しだけ混ぜたらどうかな」
「電気の?」
「うん。光の魔石に溜めた魔力が、電気の魔石を通ってこっちにも流れないかな」
レイが、砕いた暖かい魔石を指す。
「…………」
ガルドも黙って三つの魔石を見比べた。
「なるほどのぉ……」
光の魔石に魔力を溜める。
その魔力を、少量の電気の魔石を通して、暖かくなる魔石へ流す。
「やってみようよ!」
「おう。どうなるかは分からんが、試す価値はあるな」
三種類の魔石をそれぞれ細かく砕き、まずはほんの少しずつ混ぜてみる。
「じゃあ、魔力入れるよ」
光の魔石へ魔力を流す。
しばらくして手を離す。
「…………」
三人でじーっと見つめる。
すると――。
「あっ」
そっと手を近づける。
「まだ、あったかい!」
「おぉ!」
ガルドが目を見開いた。
魔力を流すのをやめたのに、暖かさが消えていない。
「レイ! できた!」
「うん」
レイも少し嬉しそうに笑った。
ただ――まだ完成じゃない。
「これ、どれくらい持つんだろ?」
「それに熱くなりすぎんかも確認せんとな」
「あ、そっか」
魔石の割合によって、温度も持続時間も変わるかもしれない。
ガルドがニヤッと笑った。
「あとは、どの魔石をどれくらい混ぜるかじゃな」
ガルドはさっそく、三種類の魔石を並べて試し始めた。
『ここから先はガルドに任せよ!』
「ガルド、あとはお願い!」
「おう! 任せとけ!」
細かい調整はガルドに任せ、私はレイと一緒に工房をあとにした。




