魔法って
向かう途中、シルヴァンお兄様が先生たちのことを色々教えてくれた。
今回来てくれた先生は全部で五人。
それぞれ、自分の属性と同じ属性を持つ先生がついて教えてくれるらしい。
中でもアイリオン先生は別格なのだと、シルヴァンは興奮気味に語る。
学校の名誉教授。
そして、国で一番の魔術師。
しかも、お父様やお母様、それに他種族の仲間たちと共に、約千年前に旅をしていたらしい。
その旅の記録は、今では物語として語り継がれているのだとか。
シルヴァンはまるで自分のことのように誇らしげだった。
そんな話を聞いているうちに、訓練場へ辿り着く。
そこは、何もない真っ白な大きなホールだった。
高い天井には、薄く光る魔法陣のようなものが幾重にも浮かんでいる。
……たぶん、結界魔法だ。
「先生、お待たせしました。本日もよろしくお願いいたします」
ロータスお兄様が丁寧に頭を下げる。
「よろしくお願いしまーす」
「今日もよろしくお願いします!」
「お願いします〜」
アスター、リリィ、シルヴァンも続いた。
私も慌てて、ぺこりと頭を下げる。
「おねがいしましゅ」
「はい。よろしくお願いします」
穏やかな声でそう返したのは――アイリオン先生だった。
一目見た瞬間、すぐに分かった。
この人だけ、空気が違う。
先生は、お父様とはまた違った種類の美形だった。
お父様が太陽みたいな人なら、先生は月みたいなタイプ。
柔らかさより、静かな鋭さを感じる。
無駄のない輪郭。
すっと通った鼻筋。
切れ長の目元は涼しげなのに、不思議と視線を引き寄せた。
しかも、よく見ると瞳はオッドアイだ。
片方は澄んだスカイブルー。
もう片方は深いターコイズ。
光の加減で色が揺れて見えて、思わず見入ってしまう。
(……うわ、めちゃくちゃ綺麗)
感情をほとんど表に出さないのに、そこに立っているだけで妙に目を奪われる。
(……この人、絶対ただ者じゃない)
同じ“イケメン”でも、お父様とはまるで違う。
……いや、そもそも比べる相手が贅沢すぎるんだけど。
よく考えたら、私の周りイケメンしかいない。
ロータスお兄様は静かで落ち着いた正統派。
アスターお兄様は、キラキラした爽やか系。
シルヴァンお兄様は、人懐っこい可愛い系。
……バランスどうなってるの、この家。
『ちょっと心臓に悪いんだけど』
視線の置き場に困る。ほんとに困る。
そんなことを考えているうちに、どうやら私は先生たちをじっと見つめていたらしい。
「先生の目は、あんまり見ちゃダメだよ。石にされちゃうから」
くすっと笑いながら、ロータスお兄様が私を抱え直した。
『メドゥーサかよ』
思わずそうツッコミたくなったけれど、子ども相手にはちょうどいい脅し文句なのかもしれない。
「まずはここに座って見てるんだよ」
促されるまま視線を向けると、私用の席がきちんと用意されていた。
私はそこへちょこんと腰を下ろす。
顔を上げると、ちょうどみんなが練習を始めるところだった。
すぐに魔法訓練をすると思っていたのに、今日は見学らしい。
『ちょっとつまらないなぁ。』
じっとしているのも暇だ。
『そうだ! 鑑定って人にも使えるのかな?』
私は先ほど植物に使った鑑定魔法を、お兄様へ向けて試してみることにした。
小さく呟く。
「──鑑定。」
【ロータス・フェリア】
年齢 19
レベル Lv.742(S)
属性 水.土
知識 S
武術 B
魔術 A
剣術 A
補足
・フリージアを兄弟の中で一番溺愛している。
最後のところは気にしないでおこう
次行こう
【アスター・フェリア】
年齢 16
レベル Lv.683(A)
属性 火・風
知識 B
武術 A
魔術 A
剣術 S
補足
・妹に近づく男は敵。
「……。」
【リリィ・フェリア】
年齢 14
レベル Lv.545(B +)
属性 風・光
知識 B
武術 A
魔術 B
剣術 C
補足
・フリージアの世話を焼くのが生きがい
「……。」
【シルヴィン・フェリア】
年齢 11
レベル Lv.412(B)
属性 土・風
知識 A
武術 C
魔術 A
剣術 C
補足補
・笑顔の裏で全てを計算している。フリージアは大好き
「……。」
「最後の補足って……………あえてふれないでおこう。」
――それにしてもすごいこのランク。
お兄様たちってすごい。ランクが全て高いじゃん。
確か私の知識とか魔術ほぼFだったような……。
そりゃ、中身は転生者でも、今はまだ体が3歳児だもんね。何も覚えてないし、力を使えないのも仕方ないか』
『せっかくだから、先生たちも見てみよう』
私は順番に先生たちのステータスも確認していった。
先生たちはみんな、レベルも能力もかなり高い。
ほとんどがA+ランク。さすが王族に仕える先生たちだ。
でも……ロータスお兄様のほうがすごい。
先生たちA+なのに、それより上ってマジか。
さすが、お兄様だ。
最後にアイリオン先生やってみるか。
なんかドキドキする。
『鑑定……』
『!!!』
アイリオン・フェンガー
年齢 1108歳
レベル 902(SS)
属性 水・氷・光
知識 S
武術 A
魔術 S+
剣術 A
補足 ■■■■■■■
『えっ……アイリオン先生、ヤバっ!』
『SSだって!? めちゃくちゃすごいじゃん!』
先生たちもA+ばかりだったけど、それを超えるランク。
さすがに驚く。
『……でも、最後のこれ何?』
補足の部分だけ、何かに隠されているみたいに黒く塗りつぶされている。
アイリオン先生のレベルと、最後だけ黒く塗りつぶされていた補足が気になり、私は考え込んでいた。
その時。
頬に、冷たいものが触れた。
「……?」
指先で触れてみると、小さな水滴だった。
顔を上げる。
どうやら、魔法を操っていたロータスお兄様の水が、ほんの一粒だけこちらまで飛んできたらしい。
その一滴に引かれるように、私の視線はお兄様たちへ向いた。
ロータスお兄様の手からは、水が流れるように生まれ、空中で自在に形を変えている。
アスターお兄様は、指先に火を灯し、それを思いのままに操っていた。
リリィお姉様の周りでは、目には見えないはずの風が確かに存在し、空気を揺らしている。
シルヴィンお兄様の足元では、土が静かに盛り上がり、次々と形を変えていった。
先ほどまで鑑定に夢中だった私は、いつの間にかお兄様たちの魔法に釘づけになっていた。
それぞれの力が、まるで当たり前のように空間を彩っていた。
「あーぁー、もう!」
少し離れたところから、リリィの声が響いた。
どうやらうまくいっていないらしく、小さく足を踏み鳴らしている。
その様子すら、なんだか微笑ましくて。
――でも。
私の目には、そのすべてが、ただただ眩しかった。
初めて花火を見た子供みたいに。
息をするのも忘れるくらい、ただ見つめることしかできない。
……すごいな。
その光景にも、少しずつ慣れてきた頃。
――やってみたい。
胸の奥から、抑えきれない衝動がふっと湧き上がった。
——魔法出したい。
私はそっと両手を合わせ、小さな空間を作る。
『見よう見まねでいい。』
さっきお兄様たちがやっていたように。
頭の中で、魔法を使う姿を思い浮かべる。
『水より火の方がイメージしやすいかな。』
アスターお兄様の指先に灯っていた炎。
あんなふうに、手のひらから火が生まれるイメージ。
『そうだ。』
『ライターみたいに。』
前世で何度も見た、あの小さな炎。
親指で火打ち石を弾くと、カチッと音が鳴り、ぽっと火が灯る。
あの瞬間を、頭の中で何度も思い描く。
私は両手の中へ魔力が集まっていくのをイメージしながら、小さく呟いた。
「……つけ。」
……何も起きない。
一瞬、息を止める。
『やっぱり、そんな簡単には……。』
少しだけ肩を落とす。
でも、諦めきれなかった。
もう一度、ゆっくりと魔力を手のひらへ集める。
「……つけ。」
その時だった。
ふっ。
両手の中が、ほんのりと温かくなる。
「……!」
小さな、小さな火が、静かに灯った。
揺らめく炎は、消えそうなほど小さい。
それでも、確かにそこにある。
「……え。」
思わず息をのんだ。
『……できた。』
人生で初めて、自分の手から生まれた小さな炎だった。
『できた……………………できた!!!』
『私、今……魔法を使った!?』
胸が一気に高鳴る。
鼓動がうるさいくらい響いて、手の中の火がやけに綺麗に見えた。
キラキラと揺れるそれを見つめながら、揺れている。
『すごい……。』
『本当に魔法だ……!』
胸がワクワクでいっぱいになる。
私は目を輝かせたまま、小さな炎を見つめる。
『じゃあ……。』
『次は水。』
ロータスお兄様の魔法を思い浮かべる。
シャボン玉みたいに、丸くて、ふわっとした水。
同じように、心の中で呟く。
私は小さく息を吸い込み、もう一度両手へ意識を集中させた。
出て。
すると今度は、透き通った水の球が、ふわりと手の中に浮かび上がった。
……また、できた。
嬉しくて、楽しくて、止まらない。
火。水。風。土。闇。光。
次々とイメージを変えては、形にしていく。
気づけば私は、夢中になっていた。
「フリージア!」
突然、名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねた。
その勢いで、思わず手元の意識が逸れる。
ぱんっ!
手のひらに浮かんでいた小さな光の玉が、勢いよく飛び出した。
壁に当たっては跳ね返り、また壁へ。
小さな光の玉は、ホール中を自由気ままに飛び回っていた。
顔を上げると、アイリオン先生がこちらに駆け寄ってきている。
さっきまでの落ち着いた雰囲気とはまるで違う、明らかに焦りと興奮が混じった表情で。
「フリージア……今のは、貴女が?」
……え?
自分でも何が起きたのか分からず、ただ先ほどの光を目で追うことしかできない。
けれど先生は、それどころじゃないといった様子で、駆け足で私に近づいてくる?
「初めて、魔法を出したのですか?」
まっすぐに見つめられて、私は思わず目を丸くする。
そして、小さく頷いた。
「……はい。初めてです」
その一言で、場の空気が変わった。
ざわ、と小さな気配が広がる。
光に気づいたお兄様たちも、周りの先生たちも、いつの間にかこちらを見ていた。
飛び回っていた光は、別の先生がすぐに静かに消してくれたけれど――
視線は、消えない。
全員の注目が、私に集まっていた。
……あれ?
なんか、すごいこと、しちゃった?
…… ………………。
――あっ。
やっちまった。
頭の中で、遅れて現実が追いついてくる。
この世界では、魔法の属性は多くても三つ。
それだけでも十分すごいとされている。
ごく稀に、四属性持ちなんていう“化け物級”がいるらしいけど――
それは、お爺様くらいのものだと聞いていた。
……なのに。
私は今、無意識に全部出していた。
全属性。
『やばい……。』
『これは、さすがにやばい。』
それに、さっきお母様も言っていた。
『――できるかどうかは、また別のお話ね。』
その言葉が頭の中で何度も繰り返される。
さっきまでの楽しさは、一瞬で消えていた。
代わりに、冷たい汗が背中をつたう。
『私……捕まる!?』
『それとも、どこかに閉じ込められて研究されたり……!?』
前世で見た映画や漫画の場面が、次々と頭に浮かぶ。
ちらり、と視線を上げる。
先生の目が、私から離れない。
そして。
先生は、私の前に立つと、間髪入れずに問いかけてきた。
「魔法を、どこで覚えましたか? それに――今、詠唱しましたか?」
先生は静かに白光弾を飛ばした。
優しい口調で言う。
「ゆっくりでいいので、もう一度今したことをしてくれますか」
私は皆の視線を感じながら、小さく頷いた。
静かに手を前に出した。
周りを見ると、兄妹たちも先生たちも、少しずつこちらに近づいてきていた。
私がやろうとしていることを見ようとしているのが分かる。
……やっぱり、見られてる。
少しだけ緊張しながら、私は呼吸を整えた。
そして両手を前に出す。
さっきと同じように。
火をイメージする。
ライターみたいな、小さな火。
――つけ。
ぽっと、小さな火が灯る。
消さないまま、次をイメージする。
水。
指先の上に、透き通った水の球がふわりと浮かぶ。
風。
空気が揺れて、頬を優しく撫でた。
土。
手のひらの上に、小さな土の塊がころんと現れる。
闇。
黒い小さな球。
中では煙のような闇が、ゆっくりと渦を巻いている。
光。
さっき飛んでいった、小さな光の球。
今度は暴れないよう、そっと意識を向ける。
光の球は静かに私の手のひらに浮かび、穏やかな光を放っていた。
それでも、はっきりと分かる。
全部、出せている。
私は、そっと顔を上げた。




