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第28話 どこか懐かしい

 ◇◇◇


『わぁ……やっぱりここもなんか懐かしい』


 城の中は、なんというか――和風モダン?


 木を多く使った落ち着いた造りなのに古臭さはなく、ところどころには石やガラスのような素材も使われている。


 そして案内された部屋の一つを見て、私は思わず目を輝かせた。


『畳だ!』


 この世界に来てから五年。

 まさか畳まで見るとは思わなかった。


『なんか癒やされるぅ……』


 できることなら、このまま寝転がりたい。


 でも、さっきお父様に言われたばかりだ。


『気品ある女性……気品ある女性……』


 危ない危ない。

 危うく畳にダイブするところだった。


「この城、すごく綺麗でしょ?」


 そう言ったのは長男のイチタだった。


「うん! フェアルーンのお城とは全然違うね」


「昔からこんなに立派だったわけじゃないんだよ」


「そうなの?」


「うん。この国がここまで豊かになったのも、俺たちヒューマ族がほかの種族の国と対等に商談できるようになったのも、セブン様のおかげなんだって」


「セブン様……」


 その名前なら知っている。


 お父様たちから何度か聞いたことがある、あのセブン様だ。


「俺たちのひい爺ちゃん」


「あ、そうだったね!」


 ナナト様がセブン様のお孫さんなんだから、イチタたちにとっては曾祖父になる。


「ひい爺ちゃんがいろんなものをこの国に残してくれたんだって。今でも使われてるものがいっぱいあるらしいよ」


「へぇー!」


『すごい人だったんだなぁ』


 私は素直に感心しながら、また城の中を見回した。


 畳も、あの街並みも、食べ物も。


『セブン様って、本当にいろんなことしたんだ』


 それ以上、深く考えることもなかった。


「そういえば、イチタも魔法学校に通ってるんだよね?」


「うん。フリージアちゃんのお兄さんたちも知ってるよ」


「ほんと!?」


「有名だからね。特にアスター様なんて――」


「あー……」


『なんとなく聞くの怖い』


 イチタが笑う。


「俺、リリィ様とは同じクラスだよ」


「えっ! リリィお姉様と!?」


「うん」


 急に親近感が湧いた。


「じゃあ、お姉様と話したことある?」


「もちろんあるよ」


「学校のお姉様ってどんな感じ!?」


 思わずイチタへ詰め寄る。


 すると――。


「…………」


 なぜかまたレイが、すっと私の隣に寄ってきた。


『ん?』


 ちなみに次男のイチキも同じ魔法学校に通っているらしい。


 そして長女のイチゴは――。


「お兄ちゃんたちの話ばっかりずるい! 次は私が案内する!」


 さっきから自分の番を今か今かと待っていた。

 そしてもう一人。

 ナナト様の長女、三歳のイチゴちゃんも一緒についてきていた。


 さっきから、とことこと私の隣を歩いている。


「…………」


「?」


 気づけば、ずっと私のすぐ横にいる。


 私が止まれば、イチゴちゃんも止まる。

 歩き出せば、またとことことついてくる。


『かわいい……』


「イチゴちゃん、どうしたの?」


「…………」


 声をかけると、イチゴちゃんは急に恥ずかしそうに俯いてしまった。

 小さな手をもじもじさせながら、ちらっと私を見る。


「あのね……」


「うん?」


「おねぇしゃん……」


「うん」


 イチゴちゃんの頬がどんどん赤くなる。

 そして、ものすごく恥ずかしそうに――。


「おねぇしゃん、お人形しゃんみたいで……かわいい」


「!」


『なにこの子、かわいすぎる!』


「ありがとうっ!」


 嬉しくなって笑いかけると、イチゴちゃんも照れながら、にこっと笑った。


 そして今度は、私の服の裾をちょこんと掴む。


『かっわいい……!』


 そのまま二人で並んで歩き出す。

 そんな私たちの少し後ろでは――。


「…………」


「…………」


「…………」


 三人が揃ってこちらを見ていた。

 イチタは、妹の姿を見ながら頬を緩ませている。


『イチゴ、かわいすぎだろ……』


 一方、イチキは――。


『……やっぱり、かわいい』


 また頬が赤くなっていた。


 そしてレイも。


「…………」


 何も言わないけれど、私がイチゴちゃんに笑いかける姿をじっと見ている。


 ほんの少しだけ、頬が赤い。

 三人揃って心を撃ち抜かれていたけれど――。

 イチタだけは妹に。

 残りの二人は私に。

 もちろん、そんなことを私は知る由もなかった。


「イチゴちゃん、次はどこ?」


「こっち!」


 今度は小さな手で私の手を握り、嬉しそうに歩き出す。


『三歳ってこんなにかわいかったっけ……』

 私はすっかりイチゴちゃんに夢中になっていた。


 一通り城の中を案内してもらった頃、お父様たちの話も終わったらしく、私たちは談話室へ戻った。


「話はまとまったよ」


「まずは少量からトーキア国内で販売して、様子を見ることになった」

「ほんと!?」


「ああ。まずは少量からトーキア国内で販売して、様子を見ることになった」


 ナナト様も頷く。


「こちらでも販売できそうな店をいくつか当たってみます。妻がこれだけ気に入ってますから、宣伝には困らなさそうですしね」


「任せて」


 奥様はすっかり自分のものになったドライヤーを大事そうに抱えている。


『頼もしい!』


「それと、こちらからフェアルーンへ渡す予定だった魔石と材料も用意してありますよ」


「材料?」


「ガルドから頼まれていたものだよ」


 お父様が教えてくれた。


『ガルド、ちゃっかり頼んでたんだ』


 今回の販売についても、ひとまず話はまとまったらしい。

 まずはトーキア国で少しずつ販売し、反応を見ながら数を増やしていくことになった。


 それから帰りの馬車に必要な食料や水の補充。

 ガルドが頼んでいた材料の受け取りなど、細かい話もいくつか残っているらしい。


 さすがに長旅で来て、その日のうちに帰るわけにもいかない。

 私たちは二泊してからフェアルーン国へ戻ることになった。


 ◇◇◇


 その日の夕食。


「…………」


 私は目の前に置かれた器を凝視していた。


 湯気と一緒に漂ってくる、この匂い。


『まさか……』


 一口飲む。


「っ!」


『味噌汁だぁぁぁ!』


 思わず両手で器を持つ。


 懐かしい。

 ものすごく懐かしい。


『あぁ……落ち着くぅ……』


「フリージアちゃん、気に入った?」


「はい! すっごく美味しいです!」


 私はすぐにナナト様を見る。


「ナナト様! これに使ってるもの、少し分けてもらえませんか?」


「これ?」


「このスープの味をつけてるものです!」


「ミソのこと?」


『味噌って名前まで一緒なんだ』


 でも今はそんなことより。


「それです! 欲しいです!」


「もちろん構わないよ」


「あと、お米もいっぱい欲しいです!」


「いっぱい?」


「いっぱいです!」


 お父様が隣で苦笑していた。


「フリージア、何しに来たのか分からなくなってきたね」


「ちゃんと商談もしました!」


「それはそうだけど」


 ◇◇◇


 翌日、お父様にはまだナナト様と仕事が残っていた。

 そこで私は、レイや護衛のみんなと一緒に街へ行かせてもらうことになった。


『昨日、馬車から見ただけでも気になるものいっぱいあったんだよね!』


 そして――。

 買った。

 とにかく買った。

 醤油に似た調味料。

 乾燥させた魚。

 見覚えのある野菜。

 前世で見たことのある食材を見つけるたび、どんどん買っていった。


「フリージア様……まだ買うんですか?」


 グレンが少し呆れている。


「買います!」


『だってフェアルーンにはないんだもん!』


 ただ、一つだけどうしても見つからないものがあった。


『カレーの香辛料……』


 香辛料を扱っている店もいくつか覗いてみた。

 それらしいものを匂ってみたり、店の人にも聞いてみたけれど、私の知っているカレーになりそうな組み合わせは見つけられなかった。


『カレーはまだお預けかぁ……』


 ちょっと残念。

 でも、その代わり――。


「……あ」


 パン屋の前を通った時だった。

 焼きたてのパンの香りが漂ってくる。

 フェアルーンで食べているブレッパとは違う。

 ふっくらと膨らんだ、柔らかそうなパン。


『ふっくらの秘密教えてくれるはずないよなぁ』


 私はその場で立ち止まった。


「フリー?」


 レイが振り返る。


「思い出した……」


「何を?」


市場を歩いていると、果物を並べた店が目に入った。


「あ、ぶどう」


 何気なく眺めて、その隣に並んでいたワインの瓶を見る。


「…………」


『ワイン……ぶどう……発酵……』


 何かが頭の中で引っかかった。


「…………あっ!」


 思わず声が出る。


『酵母菌!!』


 そうだ。

 ワインがあるってことは、この世界にも当然、発酵させる酵母があるってことじゃん!


『なんで今まで気づかなかったの、私!』


 お酒なんてほとんど飲まないし、ワインを見てもただのお酒としか思っていなかった。

 でも、ぶどうの皮には天然の酵母がついている。

 それをうまく育てれば――。


『ふわふわのパン、作れるんじゃない!?』


「レイ! ぶどう買う!」


「……食べるの?」


「違う! パン作る!」


「ぶどうで?」


「そう!」


「…………?」


 レイがものすごく不思議そうな顔をしている。

 前世で一度だけ、自家製パンを作ろうとして調べたことがある。

 果物と水を使って、発酵させて――。


『天然酵母、作れるじゃん!』


 完璧な作り方までは覚えていない。

 でも、大体なら覚えている。


『これができれば……』


 硬いブレッパじゃなくて、ふわふわのパンが作れるかもしれない。


「レイ!」


「うん?」


「帰ったら、また作りたいもの増えた!」


「…………また?」


「うん!」


 レイが少し遠い目をした。


『ふわふわパン……!』


 カレーは見つからなかった。

 でも、それ以上に大きな収穫があったかもしれない。

 出発の準備をしていると、お父様にこっそり手招きされた。


「フリージア、ちょっと」


「なに?」


 周りに誰もいないことを確認してから、お父様が声を落とす。


「今回受け取った材料なんだけど……少しだけ、フリージアのアイテムボックスに入れてもらってもいいかな」


「いいよ。全部入るよ?」


「……うん。だから人前では言わないでね」


「分かってる!」


「あと、フリージアが買った大量の食材もね」


「それはもちろん!」


「…………どっちがついでなのか分からない量だけどね」


 そして三日目。


 今日は帰るまで特に予定もなく、ゆっくり過ごすことになった。


 ダリアンやランたちにも、


「見えるところにいるから、今日は休んでていいよ」


 と伝えた。


 もちろん完全に護衛をやめるわけにはいかないらしく、少し離れた場所からこちらを見守っている。

 お父様たち大人も、今日はのんびり過ごしているようだった。


 そして私とレイは、イチキとイチゴちゃんに、この国の遊びを教えてもらうことになった。


 ちなみにイチタは来なかった。


「俺はいいよ。さすがにもう、そういうので遊ぶ歳じゃないから」


 だそうだ。


『まあ、リリィお姉様と同じ歳だもんね』


「フリーちゃん、いこ!」


 イチゴちゃんが私の手を握って、ぐいぐい引っ張る。


「うん!」


 すっかり懐いてくれたイチゴちゃんは、いつの間にか私のことを『フリーちゃん』と呼ぶようになっていた。


 とことこと歩くイチゴちゃんについていくと、かなり広い場所へ出た。


「あれだよ!」


 イチキが指をさす。


 その先を見た瞬間、私は足を止めた。

「…………」


『滑り台だ』


 周りにはブランコらしきものや、見覚えのある遊具がいくつか並んでいる。


 でも、それより――。


「でっか!」


 滑り台が、とにかく巨大だった。


 高いし、長い。

 滑り始める場所なんて、ずっと上にある。


「これ、滑り台っていうんだよ」


『名前までそのままなんだ……』


「フリーちゃん、すべろ!」


 イチゴちゃんが嬉しそうに私の手を引く。

「いいけど……これ登るの!?」


 滑り台の横には、一応ちゃんと階段がある。


 でも――。


『長っ!』


 見上げるだけで嫌になるほど上まで続いている。


「登ってもいいけど、普通は登らないよ」


 イチキが笑った。


「そんなことしてたら疲れるじゃん」


「じゃあ、なんのために階段あるの?」


「たまにあれで競争するんだよ。誰が一番早く上まで行けるかって」


「……この高さを?」


「うん。度胸試しみたいなやつ」


『絶対やりたくない』


 遊ぶ前に疲れるじゃん。


「でも普通はこっち」


 イチキが滑り台の脇を指さした。


「ほら、そこに小さい転移魔法陣あるでしょ。あれに乗れば上まで行けるよ」


「……転移魔法陣?」


 地面に描かれた小さな魔法陣を見る。


「これ、魔力はいらないの?」


「いらないよ」

「…………え?」


 今、さらっとすごいこと言わなかった?


「誰でも使えるの?」


「使えるよ。フリージアちゃんのお祖父様が、昔ここに書いてくれたんだって」


「お祖父様が!?」


「うん。すごく複雑な魔法陣らしいんだけど、転移する距離が短いから、使う人の魔力はいらないんだって」


「…………」


『ちょいちょいちょい』


 私の視線が魔法陣に釘付けになる。


『魔力がいらない魔法陣!?』


 それって――。


『この仕組みが分かれば、魔力がない人用の魔道具、もっと簡単に作れるんじゃない!?』


 今のドライヤーは三種類の魔石を使っている。

 そのせいで作るのにも手間がかかるし、値段も高くなった。

 でも、この仕組みを応用できたら……。


『お祖父様! なんでこんな大事なこと黙ってるの!?』


「これ、昔はいろんな人が見に来たらしいよ」


 イチキがそのまま話を続ける。


「魔力なしで使えるのが珍しくて、ほかの国の人も調べに来たんだって。でも、誰も解読できなかったらしいよ」


「……誰も?」


「うん」


『…………』


 私はもう一度、足元の魔法陣を見る。


「フリーちゃん」


 くいくい。

 イチゴちゃんが私の手を引っ張る。


「はやく、すべろ?」


「あっ、そうだった!」


 今は遊ぶ時間だった。


『これは帰ったら絶対お祖父様に聞く!』


 そう決めて、イチゴちゃんと一緒に魔法陣の上へ乗った。

 魔法陣に乗った次の瞬間、景色が切り替わった。


「わっ……」


 滑り台の上に着いて、私は思わず下を覗き込む。


『思ってたより高い!』


 下から見上げた時も十分高かったけれど、上から見るとさらにすごい。

 遠くには街並みまで見えていた。


「フリージアちゃん、これ使って」


 イチキから渡されたのは、ツルツルした生地でできた、取っ手付きのクッションのようなものだった。


「なにこれ?」


「これに座って滑るんだよ。そのままだとお尻が熱くなるから」


「なるほど」


『この長さだもんね……』


「じゃあ俺から行くよ!」


 イチキは慣れた様子でクッションに座ると――。


「行ってきまーす!」


 勢いよく滑り出した。


「わぁぁぁぁ!」


 あっという間に遠ざかっていく。


「つぎ、イチゴ!」


 イチゴちゃんも怖がる様子もなく、ちょこんと座った。


「フリーちゃん、したでねー!」


「うん!」


 しゅーっと滑っていく小さな背中を見送る。


 そして、次は私。


「…………」


 ちらっとレイを見る。


 レイも私を見ていた。


「行くよ!」


 目でそう伝えて、クッションの取っ手をぎゅっと握る。


「えいっ!」


 一気に滑り出した。


「わっ――!」


 速い!


 でも、怖くはなかった。


 滑り台全体が透明な筒に覆われているから、外へ飛び出す心配もない。

 それどころか、透明だから景色がよく見える。


「すごーい!」


 高いところから見えるトーキアの街。

 建物がどんどん後ろへ流れていく。


 途中で曲がったり、一気に下ったり。


 普通の滑り台よりずっと長いから、滑っていても全然飽きない。


『なにこれ、楽しい!』


 前世も含めて、滑り台で遊ぶなんて何年ぶりだろう。


 気づけば私は、五歳の子供みたいに声を上げて笑っていた。


 ――いや。


『今は本当に五歳なんだけどね!』


 ようやく下まで着くと、先に降りていたイチゴちゃんがすぐに駆け寄ってくる。


「フリーちゃん! もういっかい!」


「行く!」


 即答した。


 いつの間にか、周りには知らない子供たちもたくさん集まっていた。

 誰が一番速かったとか、次は一緒に滑ろうとか。

 気づけばそんな子たちとも混ざって、何度も何度も滑り台を滑った。


 私はすっかり子供に戻って、その場を楽しんでいた。


 ふと、レイを見る。


「あははっ!」


 レイも楽しそうに笑っていた。


 いつもの落ち着いた顔じゃない。

 魔法の勉強をしている時でも、私と何かを作っている時でもない。


 ただ遊んで、笑っている。


『……やっぱりレイも、まだ子供なんだ』


 当たり前のことなのに、なんだか少し嬉しくなった。


「レイ! もう一回行こ!」


「うん!」


 私たちはまた、魔法陣へ向かって走り出した。

 それからも、私たちは何度も滑り台を滑った。


 イチゴちゃんに手を引かれ、知らない子たちとも一緒になって遊んで――。


 気づけば、みんな汗だくだった。


「ダリアーン! 楽しかったよ!」


 休んでいたダリアンたちのところへ戻るなり、私は真っ先に報告した。


「それはよかったですね」


 ダリアンが笑う。


「ずいぶん楽しそうでしたよ」


「うん! すっごく楽しかった!」


 ランもグレンも、私とレイを見ながら微笑んでいる。


 どうやら三人とも、私たちが夢中になって遊んでいる姿をずっと見ていたらしい。


「フリージア様、汗びっしょりですよ」


「いっぱい遊んだからね!」


「ふふっ。はい、じっとしていてください」


 ランに汗を拭いてもらい、少し休んでから城へ戻った。


 その日の夜も、ナナト様たちと一緒に夕食を食べた。


 イチキとは滑り台の話で盛り上がり、イチゴちゃんはずっと私の隣。


 お父様たちも楽しそうに話していて、トーキアで過ごす最後の夜は賑やかに過ぎていった。


 ◇◇◇


 そして翌朝。


 いよいよフェアルーンへ帰る時間になった。


「それでは、お世話になりました」


 みんなに挨拶をしていると――。

  ナナト様たちに挨拶をしていると、私の服を小さな手がぎゅっと掴んだ。


「イチゴちゃん?」


「フリーちゃん……」


 見上げてくるイチゴちゃんの目には、すでに涙が溜まっている。


「まだあそぶ……」


「…………」


「フリーちゃん、まだかえっちゃやぁ……」


 ぎゅうっと服を握る手に、さらに力が入った。


『うぅ……困った』


 そんな顔で言われたら、帰りづらい。


 私もなんだか申し訳ない気持ちになって、どうしたものかと困っていると――。


「ほら、イチゴ。フリージアちゃん困ってるだろ。離して」


 イチタがイチゴちゃんの手を取った。


「やぁ!」


「ほらほら、帰らなきゃいけないんだから」


「まだあそぶぅ!」


 イチゴちゃんは必死に私の服を掴んでいたけれど、最後はイチタに少し無理やり引き離されてしまった。


「やぁぁ……フリーちゃぁん……」


『ご、ごめんねぇ……』


 泣いているイチゴちゃんに胸が痛みながらも、私は小さく手を振った。


「イチゴちゃん、またね」


「……またねぇ……」


 イチタに抱えられながら、イチゴちゃんも泣きながら手を振ってくれた。


 いつまた来られるかは分からない。

 二週間もかけて国境まで来なければならないし、私も一応王族の娘だ。

 行きたいからと、そう簡単に遊びに来られる場所でもない。


 だから、言えたのはただ一言だけ。


「またね」


 ナナト様たちにも改めて挨拶をして、私たちは馬車へ乗り込んだ。

 国境門の転移魔法を使い、再びフェアルーン側へ戻る。


 そこから先は、また長い馬車の旅だ。


 当然、帰りも何度か野宿をすることになった。


 けれど、一度経験しているからか、行きの時ほど大変には感じなかった。


 テントが張られれば布団を出し、食事の時間になれば持ってきた食材を出す。


 兵士たちもすっかり慣れたもので、


「今日は何が出てくるんでしょうね」


 なんて楽しみにする人までいた。


『行きはあんなに大変そうだったのにね』


 私自身も野宿に慣れたのか、帰りの旅は驚くほどあっという間に過ぎていった。


 そして――。


 懐かしいエルフの森が、ようやく見えてきた。


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