第25話 魔力がいらない
そして、魔力を流して使う方のドライヤーは、すぐに販売されることになった。
まずはエルフの国から。
最初はどれくらい売れるのか少し不安だったけれど――そんな心配はいらなかった。
「また売り切れたぞ!」
「ほんと!?」
ガルドから聞くたびに驚くくらい、評判はよかった。
特に人気だったのは女性たち。
中でも、リリィお姉様が通う学園の女子生徒からの反響がものすごかったらしい。
『やっぱり、お姉様に渡したの正解だったかも』
長い髪でも短い時間で乾かせる。
風属性を持っていなくても使える。
しかも必要な魔力はほんの少し。
そんな話が人から人へ伝わり、少しずつエルフの国中に広がっていった。
やがて他種族からも欲しいという声が届くようになり、数はまだ多くないものの、近しい国々でも販売されるようになった。
そして、ドライヤーが少しずつ広まり始めた頃――。
「お嬢ちゃん、できたぞ!」
ガルドから待っていた知らせが届いた。
魔力を持たない人でも使える、もう一つのドライヤーが完成したのだ。
「ほんとに魔力いらないの?」
「試してみぃ」
言われた通り、私は魔力を流さずに起動させる。
ブォォ――。
「出た!」
いつものドライヤーと同じように、温かい風が吹き出した。
「すごい!」
「まあな。ただし、こっちは少々面倒じゃ」
「面倒?」
ガルドが中に組み込まれた魔石を指した。
「普通の方は火と風の二種類で済む。じゃが、こいつはそこに雷の魔石まで必要になる」
「三種類かぁ」
「それだけじゃない。三つの魔石をただ入れればええわけでもない。蓄えた魔力を雷の魔石から火と風へ安定して送るようにせにゃならん。作るのにも、普通のやつより手間と時間がかかる」
ガルドが腕を組む。
「だから、こっちは少し値を上げたい」
「私はいいと思う」
材料も増えるし、作るのにも時間がかかる。
それなら同じ値段にする方がおかしい。
「でも、高すぎるのは嫌だよ」
「分かっとるわい。材料と手間の分じゃ」
「ならいい!」
「それに、エルフやセラフィムなら今までのもので十分じゃろ。こいつを必要とするのは、魔力が少ない者や、ほとんど持たん者じゃ」
「そっか」
二種類から、自分に合った方を選べる。
『なんか本当に商品っぽくなってきたなぁ』
こうして少し値段は高くなるものの、魔力を必要としない新しいドライヤーも販売されることになった。
完成した魔力のいらないドライヤーを眺めながら、私はあることを思いついた。
『これ……ヒューマ族にぴったりなんじゃない?』
ヒューマ族は、ほかの種族に比べて魔力量が少ない人が多い。
だからこそ、魔力を使わずに動かせるこっちの方が需要があるはずだ。
そして――。
『……待って』
ヒューマ族。
前にナナトが来た時から、ずっと行ってみたいと思っていた国。
私は手の中のドライヤーを見る。
『これを持っていけば……ヒューマ族の国に行けるんじゃない!?』
そう思った瞬間、じっとしていられなくなった。
「レイ、行くよ!」
「え? どこに?」
「お父様のところ!」
返事を待つより先にレイの手を掴み、そのまま廊下を駆け出した。
レイの言葉を聞き流しながら、お父様の執務室を目指す。
途中で何人かの使用人とすれ違ったけれど、今は止まっている場合じゃない。
魔力のいらないドライヤーは片手にしっかり抱えている。
もう片方の手にはレイ。
『これなら堂々とヒューマ族の国に行きたいって言える!』
執務室の前までたどり着くと、私は一度だけ息を整えて――扉を叩いた。
「どうぞ」
お父様の声が聞こえる。
扉を開け、そのままレイを連れて中へ入った。
「お父様!」
「どうした、そんなに慌てて」
「できたよ!」
私は持ってきたドライヤーを、お父様の前に置いた。
「魔力がなくても使える方!」
「もう完成したのか」
「うん!」
仕組みを説明すると、お父様は実際に手に取り、細かいところまで確認していた。
「なるほど……。これなら確かに、魔力の少ない種族にも広げられそうだな」
「でしょ!」
「ヒューマ族には特に需要がありそうだ。ナナトに話を通して――」
「待って!」
「ん?」
「私が行く!」
「…………どこに?」
「ヒューマ族の国!」
「…………」
お父様が黙った。
『あれ?』
「フリー。それなら私からナナトに話しておくよ。販売についても――」
「ダメ!」
「……ダメ?」
「これは私が作ったんだもん。だから私が持っていって、ちゃんと説明したい!」
「ガルドとレイも作ったんじゃなかったのか?」
「三人で作った!でも、私が行く」
「そこは譲らないんだな……」
私はドライヤーをぎゅっと抱えた。
「それに、自分で使い方も説明できるよ。なんで作ったのかも、どんな人に使ってほしいのかも説明できる!」
「自分で作ったものなんだから、自分で売り込みたいの!」
お父様とじっと見つめ合う。
「…………」
「…………」
「絶対?」
「絶対!」
お父様が深いため息をついた。
「まったく……誰に似てこんなに頑固になったんだ」
『お母様じゃない?』
そう思ったけれど、さすがに口には出さなかった。
「分かった。ただし、条件がある」
「行っていいの!?」
「まだ条件を聞いていないだろう」
「聞く! 何でも聞く!」
「何でも、とは簡単に言わない」
「はい」
お父様が少し呆れたように笑った。
「まず、ナナトには私から話を通す。いきなり五歳の娘を商談に向かわせるわけにはいかないからね」
「うん!」
「それから、子供だけでの行動は禁止」
「……はい」
「護衛も必ずつける。ダリアンとラン。それに第一隊から、いつもより多めに護衛を出そう」
「そんなに?」
「国外だからね」
お父様は当然のように答えた。
「フリーは王族だ。まして今回は遊びに行くわけではない。正式にヒューマ族の王族と会うことになるんだから、普段と同じというわけにはいかないよ」
「そっか……」
言われてみればそうだ。
私の中では『ヒューマ族の国に行ける!』という気持ちの方が大きかったけれど、今回は一応、商談なのだ。
すると、お父様の視線が私の隣にいるレイへ向いた。
「当然、共同開発者のレイも一緒に行くんだろう?」
「もちろん!」
私が即答すると、レイも小さく頷いた。
「行きます」
「なら、レイにも専属で一人つけよう」
「僕にも?」
「当然だ。向こうでフリーとずっと一緒に行動するとは限らないだろう?」
レイは少し考えてから頷いた。
「……分かりました」
「護衛はこちらで選んでおく」
『やった!』
条件はいろいろついたけれど、そんなことはどうでもいい。
ヒューマ族の国。
ナナトが暮らしている、前世の人間とそっくりな種族の国。
ずっと行ってみたかった場所へ、ついに行ける。
『どんな国なんだろう』
街は?
食べ物は?
服装は?
それに――このドライヤーを見たら、どんな反応をするんだろう。
考え始めたら、楽しみで仕方がなかった。
『早く行きたい!』
こうして、私とレイの初めての国外行きが決まった。
ヒューマ族の国へ行くことが決まると、すぐに旅の準備が始まった。
といっても――。
『私、ほとんど何もしてないけど』
必要な服や着替え、身の回りのものまで、ランが全部きれいに整えてくれている。
「フリージア様、こちらのお召し物もお持ちになりますね」
「うん」
「念のため、こちらも……」
次々と荷物が増えていく。
『ちょっとした旅行のつもりだったんだけどなぁ』
そんな様子をレイと並んで眺めていると、部屋の扉が叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのはダリアンだった。
ただし、一人ではない。
後ろに見慣れない男の人を連れている。
「ダリアン、その人は?」
「今回の旅で、レイの専属護衛を担当する者です」
「僕の?」
レイが少し驚いたように自分を指さした。
「フリージア様、レイ。紹介しておきます」
ダリアンの隣に立つ男が、軽く頭を下げる。
「グレンだ。今回の旅で、レイの護衛を担当してもらう」
「グレンと申します。よろしくお願いします」
第一護衛隊の人らしい。
ダリアンほど大きくはないけれど、鍛えられた身体つきをしていて、腰には剣を下げている。
「お父様が選んだの?」
「いえ。殿下から、私が信頼できる者を選ぶようにと言われました」
「じゃあ、ダリアンが?」
「はい」
ダリアンは迷うことなく頷いた。
「グレンとは長い付き合いです。これまで何度も共に任務に就いてきました」
「腐れ縁ってやつだな」
「……余計なことは言わなくていい」
グレンが楽しそうに笑う。
『あれ?』
なんだか思っていたよりずっと親しそうだ。
「友達なの?」
そう聞くと、ダリアンが一瞬黙った。
「……まあ、そうですね」
「なんだその間は。親友だろ?」
「自分で言うな」
「いいじゃないか。昔は俺を担いで何時間も走ってくれた仲だろ?」
「グレン」
ダリアンの声が低くなった。
「え! なにそれ!」
当然、私は食いついた。
「昔ちょっとな。任務で俺がしくじって死にかけた時、こいつに助けられたんだ」
「話さなくていい」
「なんでだよ、本当のことだろ?」
グレンは笑っているけれど、ダリアンは明らかに話を終わらせたそうな顔をしている。
『……あとで絶対聞こう』
「腕も信用できます。それ以上に、何かあった時にレイを任せられる男です」
ダリアンがそう言うと、グレンの表情から少しだけ笑みが消えた。
「ずいぶん信用されたもんだな」
「だから選んだ」
二人が短く視線を交わす。
それだけで、長い付き合いなんだというグレンはレイへ向き直った。
「第一護衛隊所属、グレンと申します」
男の人はレイの前で片膝をついた。
「今回の旅の間、レイ様の護衛を務めさせていただきます」
「……様はいらないです」
レイがすぐに言った。
「僕は王族じゃないので」
男の人が一瞬だけ目を瞬かせる。
それから、少し笑った。
「では、レイ殿と」
「それも……」
「レイ」
「はい。それでお願いします」
レイが少し緊張した様子で頭を下げた。
「そんなに固くならなくて大丈夫ですよ」
グレンは困ったように笑った。
「立場で言えば、俺の方が下ですから」
「……そうなんですか?」
「ええ。レイはフリージア様のご友人ですし、アイリオン様がお預かりしている子でもあります。それに俺は、あなたを守るためにつく護衛ですから」
「……分かりました」
「まあ、そんなに気にせず。普通に話してください」
そう言ってから、グレンは私の方にも向き直った。
「フリージア様も、よろしくお願いします」
「うん! よろしくね」
私はグレンをじっと見る。
ダリアンが自分で選んだ人。
それも、何度も一緒に戦ってきた親友だという。
『ダリアンの親友なら、大丈夫そうだ』
何より、あのダリアンが迷わずレイを任せたのだ。
それだけで十分な気がした。
グレンも加わり、旅の準備は着々と整っていった。
そして、いよいよ出発の日がやってきた。
『ヒューマ族の国へ、出発!』
ずっと行ってみたかった国。
楽しみで仕方がない。
……のだけれど。
『遠いんだよねぇ……』
ここからヒューマ族の国まで普通に向かえば、場所によっては二か月ほどかかるらしい。
前世なら飛行機や新幹線があったけれど、当然この世界にはそんなものはない。
『転移魔法があるじゃん! って最初は思ったんだけど……』
残念ながら、転移魔法も好き勝手に使えるわけではなかった。
同じ国内ならともかく、国境を越える転移は厳しく管理されている。
他国へ直接転移するには、相手の国から正式な許可をもらわなければならない。
魔法としてできないわけではない。
実際、許可なんて無視して勝手に転移する人もいるらしい。
でも、転移した場所にはその人の魔力の痕跡が残る。
調べれば無許可で侵入したことが分かるため、見つかれば当然問題になる。
だから普通は、国境に設けられた門を通る。
ちなみに、アイリオン先生がいつも簡単に学園と行き来しているのは、学園が特別だからだ。
各国から学園の正門前までの転移は正式に認められていて、先生たちには専用の転移先も用意されている。
アイリオン先生が使っているのは、学園にある教師専用の部屋につながるものらしい。
『先生だけずるい……』
そして今回、私たちは前もってヒューマ族側へ連絡を入れている。
だから国境さえ越えれば、国境門の中にある転移魔法を使って、ヒューマ族の王都近くまで一気に移動できることになった。
『よかったぁ。二か月ずっと移動なんて絶対無理』
とはいえ――。
「国境までは、およそ二週間を予定しております」
ダリアンの言葉に、私は固まった。
「……二週間?」
「はい」
「ずっと馬車?」
「基本的には」
「…………」
私は目の前に用意された馬車を見上げた。
『二週間もこれに乗るの!?』
ちょっとした旅行だと思っていた。
全然ちょっとじゃなかった。
隣を見ると、レイはいつも通り平然としている。
「レイ、二週間だって」
「うん」
「長いよ?」
「フリージアが行きたいって言ったんでしょ?」
「……そうだけど」
『もうちょっと一緒に驚いてくれてもよくない?』
こうして私たちは、まず二週間先にある国境を目指して出発した。




