第23話 売り出すの⁈
午前中は勉強。
アイリオン先生との魔法訓練に、護衛隊の人たちに混ざっての体力づくりや剣の練習。
レイもダリアンのもとで護衛見習いとして訓練を続けている。
こうして並べてみると――。
『……私たち、結構忙しくない?』
まだ五歳なのに、一日の予定は意外とぎっしりだ。
それでも不思議と嫌ではなかった。
できなかったことが少しずつできるようになるのは楽しいし、レイが一緒になってからは、勉強も訓練も前より賑やかになった。
そんな毎日を過ごしながら、ガルドからの知らせを待っていた。
そして数日後――。
「フリージア様、工房から使いが来ております」
ランのその一言に、私は勢いよく顔を上げた。
「フリージア様、工房から使いが来ております」
ランのその一言に、私は勢いよく顔を上げた。
『きた!』
「できたんだ!」
そう思った瞬間には、もう走り出していた。
「フ、フリージア様! 廊下は走らないでください!」
後ろからダリアンの声が聞こえたけれど、今はそれどころじゃない。
レイもすぐに私のあとを追ってくる。
そのまま工房まで一気に駆けて、勢いよく扉を開けた。
「ガルド! できたの!?」
「おお、来たか」
ガルドは待っていたと言わんばかりに、にやりと笑った。
「できたぞ」
「ほんと!?」
「まあ、見てみぃ」
ガルドが身体をずらす。
その向こうの作業台には、見覚えのある筒――。
「わぁ……!」
いや、全然違う。
あの不格好だった筒が、ちゃんと手に持ちやすい形になっている。
持ち手も握りやすそうに細く整えられ、後ろには空気を取り込むための穴がきれいに並んでいた。
『ちゃんとドライヤーっぽくなってる!』
「持ってみぃ」
恐る恐る手に取る。
「軽い!」
「五歳のお嬢ちゃんが使うんじゃ。あんな重たいもん、毎日持てるか」
『そこまで考えてくれたんだ』
私は嬉しくなって、さっそく魔力を流してみた。
ぶわぁ――。
「おおー!」
ちょうどいい温かさの風が、まっすぐ吹き出す。
しかも試作品より持ちやすい。
「すごい! ガルド、すごい!」
「ふん。当然じゃ」
そう言いながら、ガルドはものすごく嬉しそうだった。
「それとな――」
「?」
ガルドがさらに奥を指さした。
「もう一つの方も、試作品ができとるぞ」
『……トイレ!』
私はドライヤーを抱えたまま、今度はそちらへ駆け寄った。
「これ……トイレ?」
「試作品じゃがな」
「すごい! もう形になってる!」
近づいて覗き込むと、上の部分には水の魔石。底の方には土の魔石が組み込まれている。
そして横には、小さな押すところまで付いていた。
『ちゃんとボタンみたいになってる!』
「ほれ、試してみぃ」
ガルドが持ってきたのは、ちょっと汚れた土の塊だった。
「本物を持ってくるわけにもいかんからな。こいつで試す」
「う、うん」
ガルドがそれを試作品の中へぽとりと落とした。
「そこの出っ張りを押してみろ」
「これ?」
「そうじゃ」
私は少しドキドキしながら、ぐっと押し込んだ。
カチッ。
その瞬間――。
土の魔石が淡く光った。
続いて、水の魔石も青く輝く。
ザーッ!
「わっ!」
上から勢いよく水が流れ出した。
水はさっき入れた汚れた土の塊を巻き込み、そのまま下へと吸い込まれていく。
「どうなったの!?」
「下を見てみぃ」
ガルドに言われて、私は慌てて反対側を覗き込んだ。
そこから出てきたのは――。
「……土?」
さらさらとした、ただの土だった。
「成功じゃ」
「すごい!!」
『ちゃんと土になってる!』
汚れたものを土の魔石で普通の土へ変えて、それを水で流す。
しかも私は、魔力を一切使っていない。
「レイ! 私、押しただけだよ!」
「うん。ちゃんと順番に動いてた」
レイも珍しく興味津々で、中の仕組みを覗き込んでいる。
「僕が言った方法、本当にできたんだ……」
「できたね!」
ガルドは満足そうに腕を組んだ。
「まだ試作品じゃ。水の量も調整せにゃならんし、何度使えるかも確かめる必要がある。じゃが――」
にやりと笑う。
「仕組みそのものは、これでいけそうじゃな」
『水洗トイレ……できちゃった!』
ドライヤーに続いて、トイレまで。
『魔石、すごすぎない?』
しかも、私は何もしていない。ただ押しただけだ。
『……いや、私、天才では?』
一瞬、本気でそう思った。
『いやいやいや。これは前世の偉大なる……T_T_様の――おっと、名前は伏せておこう』
そもそも私は、知っているものを魔石で再現しようとしただけだ。
それでも、実際に形になったものを見ると嬉しくて仕方がない。
「それとな、お嬢ちゃん」
「ん?」
ガルドが完成した髪を乾かす魔道具を持ち上げた。
「こっちはもう売りに出せるぞ」
「…………え?」
「魔石の手配も、材料の調達も第三隊長に頼んである」
「えっ、早っ!」
ついこの間作ったばかりなのに。
『行動が早すぎる……』
「ちょ、ちょっと待って。まず誰かに使ってもらおうよ。本当に毎日使って大丈夫かも確認したいし」
「それもそうじゃな」
ガルドが頷いた、その時。
「……でも、それだと使えない人がいる」
横からレイがぽつりと言った。
「え?」
レイは髪を乾かす魔道具を指さした。
「これは自分で魔力を流さないと動かないよね」
「うん」
「だったら、これにもさっきと同じ仕組みを入れたら?」
「同じ仕組み?」
「雷の魔石」
「…………」
私とガルドが同時に黙った。
レイは淡々と続ける。
「先に魔力を溜めておいて、雷の魔石から火と風の魔石に流せば、魔力がない人でも使えると思う」
「…………確かに!」
『なんで私、気づかなかったの!?』
ガルドは髪を乾かす魔道具を見つめ、しばらく固まっていたが――。
「……こりゃ、また作り直しじゃな」
そう言いながらも、ちっとも嫌そうではない。
むしろ口元が笑っている。
「じゃが、お主らの国で使う分には、今のままでも問題なかろう」
「どうして?」
「エルフは魔力を持つ者がほとんどじゃ。わざわざ蓄える仕組みを入れんでも、自分の魔力で動かせる」
「あ、そっか」
「他種族にも広めるつもりなら、坊主の言う仕組みがあった方がええ」
『なるほど……』
私は完成した魔道具とレイを交互に見た。
『……レイ、本当に頭いいな』
私が前世のものを思い出して、レイが足りないところを見つけて、ガルドが形にする。
『なんか、この三人すごく相性いいかも』
「よし、ある程度使い勝手が分かったらこっちのやつはエルフやセラフィムに売りつけてやろう!」
ガルドは完成した魔道具を掲げながら、ガハハと豪快に笑った。
『売りつけるって……』
もう完全にその気らしい。
「それで、お嬢ちゃん」
「ん?」
「こいつの名前はどうする?」
「名前?」
「当たり前じゃろ。売るなら名前がいる」
「あー……」
私は魔道具を見つめた。
温かい風で髪を乾かすもの。
私の中では、もう名前なんて一つしかない。
「ドライヤー」
「……どらいやー?」
「うん。ドライヤー!」
ガルドが何度か口の中で繰り返す。
「ドライヤー……ドライヤー……。聞いたことのない名前じゃな」
『そりゃそうだ』
「まあ、覚えやすいしええじゃろ! こいつは今日からドライヤーじゃ!」
「そんな簡単に決めていいの?」
「作った本人がそう言っとるんじゃ。何の問題がある!」
『作ったの、ほとんどガルドだけどね』
私はアイデアを出しただけで、実際に形にしたのはガルドだ。
それに風の仕組みを考えたのはレイ。
『……三人で作った、が正しいか』
「じゃあ、ドライヤーで!」
「決まりじゃな!」
ガルドがまたガハハと笑った。
「で――こっちはどうする?」
今度は小さなトイレの試作品を指さす。
「これはトイレ」
「……いや、それは元からトイレじゃろ」
「じゃあ……水洗トイレ?」
「すいせん?」
『あ』
また普通に前世の言葉を使ってしまった。
「水で流すから、水洗!」
「なるほどのぉ」
ガルドは妙に納得したように頷いた。
「では、そっちは水洗トイレじゃ!」
『……決まるの早いなぁ』
とりあえず、完成したドライヤーはすぐに売り出さず、まず身近な人たちに使ってもらうことにした。
最初に渡したのは、お母様だ。
「お母様、これ使ってみて」
「まあ、フリーから私に?」
お母様は、私からのプレゼントというだけで嬉しそうに受け取ってくれた。
使い方を説明して、実際に髪を乾かしてみてもらう。
「まあ……! 温かい風が出るのね」
「うん。少し魔力を流すだけで使えるよ」
「これなら一人でも簡単に髪を乾かせるわ」
お母様からの評判は上々。
でも、それ以上に食いついたのがメイドたちだった。
「フリージア様、これは本当に助かります!」
特に私の髪を乾かしてくれているランの反応は大きかった。
私の髪は長い。
今までは風魔法で乾かしてもらっていたけれど、それなりに時間もかかるし、ずっと魔法を使い続けなければならない。
それがドライヤーなら、少し魔力を流すだけ。
しかも温かい風のおかげなのか、今までよりずっと早く乾いた。
「魔力もほとんど消費しませんし、何より楽です」
ランが心底ありがたそうに言う。
そこで何台か追加で作ってもらい、ほかのメイドたちにも試してもらった。
すると――。
「私、風魔法は使えないので、これは本当に便利です!」
「自分の髪も乾かせるなんて……」
「フリージア様、これはいつ売り出されるのですか?」
予想以上の大好評だった。
『おお……これはいけるかも』
特に女性や、身支度を手伝うことの多いメイドたちからの評判がすごい。
みんな口を揃えて「早く売ってほしい」と言ってくる。
ちなみに、学園に通っているリリィお姉様にも一つ渡しておいた。
『あの綺麗な髪で使ってもらえば、いい宣伝にもなりそうだし』
なんて、ちょっとだけ下心もあったのだけれど――。
これが想像以上だった。
数日後、帰ってきたお姉様が少し困った顔で私のところへやってきた。
「フリー……あの魔道具、いつ売り出すの?」
「え?」
「学園で使っていたら、みんなに見つかっちゃったの」
「もう?」
「どこで買えるのか、いくらなのかって、ずっと聞かれるのよ」
リリィお姉様が自分の髪をさらりと撫でる。
「髪が乾くのも早いし、温かい風が気持ちいいって話したら、余計に……」
『……宣伝効果、すごっ』
綺麗な髪のお姉様が使っているというだけで、私が説明するよりよっぽど説得力があったらしい。
「早く売ってくれないと、私が毎日聞かれるんだけど」
「ご、ごめんなさい」
宣伝してほしいとは思った。
『でも、ここまでとは思ってなかった……』
ドライヤーをお母様に渡してから、数日が経った。
すっかり気に入ってくれたようで、毎日のように使ってくれている。
そしてある日――。
「フリー、ちょっとこっちにおいで」
お父様に呼ばれた。
『なんだろ?』
部屋へ行くと、お父様の前には見覚えのあるものが置かれていた。
『あ、ドライヤー』
お母様にあげたものだ。
「フリー、これはどうした?」
「どうしたって?」
「誰からもらった? それとも、誰かに作らせたのか?」
いつもの優しいお父様だけど、なんだか今日は聞き方が真剣だ。
「私がガルドと作ったよ」
「……ガルドと?」
「うん」
お父様の眉がわずかに動いた。
「最初から説明してくれるか?」
「いいよ」
私はどうやってこれを作ったのか、順番に話すことにした。




