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第22話 完成まで少し

――トイレだ。


 この世界のトイレにも、さすがにもう慣れた。


 慣れたけど。


『やっぱり、ちょっと臭うんだよね……』


 屋敷だから掃除はきちんとされている。

 それでも、前世の水洗トイレを知っている私には、どうしても気になってしまう。


 私は土の魔石を摘まみ上げた。


『これで汚いものを土に変えられたら……』


 そして、その隣に水の魔石を並べる。


『あとは水で流す』


 汚いものをそのまま流すんじゃない。

 先にただの土へ変えて、それから水で外へ流す。


『臭いも減るし、森に流れても今よりずっときれいになる』


 私は二つの魔石を見比べた。


『……できるんじゃない?』


「ガルド」


「なんじゃ?」


「もう一個、作りたいものがある」


「ほう!」


 ガルドがものすごい勢いで振り返った。


『……食いつくの早っ』

 


「あのね、トイレも作りたい」


「…………トイレ?」


「うん。今のより、もっときれいなやつ」


 私は土と水の魔石を、ガルドの前に並べた。


「この二つを使いたいの」


 ガルドの目が、また少し輝いた。


『……またスイッチ入ったかも』

 

「トイレをきれいに?」


 ガルドが首を傾げた。


「どういうことじゃ?」


「今のトイレって、ちょっと臭うでしょ?」


「まあ……そうじゃな」


「もっと臭わなくて、きれいに使えるようにしたいの」


 私は頭の中にある前世のトイレを思い浮かべながら、なんとなく形を説明していく。


「まず、上の方に水の魔石を置くの。ここを押したら、水がザーッて流れるようにしたい」


「それで、下には土の魔石を入れる」


「土の魔石?」


「うん。流す前に、汚いものを土に変えるの。それから水で流す」


「もっと臭わなくて、きれいに使えるようにしたいの」


「どうやってじゃ?」


「えっとね……」


 言葉だけでは説明しづらくて、私は作業台にあった紙とペンを借りた。


 前世のトイレを思い出しながら、便器らしきものを描いていく。


「まず、こういう形にして……」


 上に水の魔石。

 下には土の魔石。


 それぞれの場所に丸を描いて、線でつなぐ。


「ここを押したら、土の魔石が動いて、中のものを土に変えるの。そのあと、こっちの水の魔石から水が流れて――」


「…………」


 ガルドが黙って絵を見ている。


「なに?」


「いや……お嬢ちゃん。これはなんじゃ?」


「トイレだけど?」


「……これが?」


「そうだよ!」


 自分でも上手いとは思っていない。

 というか、かなり下手だ。


 横から覗き込んでいたレイまで首を傾げた。


「……僕も分からなかった」


「形じゃなくて仕組みを見て!」


「ああ、そっちは分かる」


『もう!』


 私は気を取り直して、下手くそな絵を指さしながら説明を続けた。


「なるほど。土に変えてから流すのか」


「そう! それなら臭いも減ると思うし、そのまま汚いものを外に流さなくて済むでしょ? 森に流れても、土と水なら今よりずっときれいだと思うの」


「ほぉ……」


 ガルドは感心したように髭を撫でた。


 でも、私はそこで一つの問題に気づいた。


「でも……」


 土と水の魔石を見つめる。


「これ、使うたびに魔力を流さないと動かないよね?」


「当然じゃ。魔石は魔力を流して初めて力を発揮するからの」


「うーん……」


 それでは困る。


「トイレは、魔力が全然ない人でも使えるようにしたい」


 毎日、誰でも使うものだ。

 魔力がある人しか使えないなんて不便すぎる。


『何かないかな……』


 私は並んでいる魔石を眺めた。


 火、水、風、土――。


「…………」


 ガルドも腕を組んで考え込む。


 すると、それまで横で静かに話を聞いていたレイが口を開いた。


「……使う人が魔力を入れなくても、先に誰かが入れておけばいいんじゃない?」


「え?」


 私とガルドが同時にレイを見る。


「どういうこと?」


「魔石を動かすのに魔力が必要なら、使う時に入れる必要はないと思う」


 レイは作業台に並んだ魔石を見回すと、一つを指さした。


「あれ、雷の魔石ですよね?」


「そうじゃが」


「この前、本で読みました。雷の魔石は、ほかの魔石より魔力を伝えるのが速いって」


 ガルドの眉がぴくりと動いた。


「……よく知っとるな」


「だったら――」


 レイは私が描いた紙の上に、指を滑らせる。


「ここに魔力を溜めておいて、押した時だけ雷の魔石を通して、土と水の魔石に魔力が流れるようにできないですか?」


「…………」


 私はぱちぱちと瞬きをした。


『先に……溜めておく?』


 それって――。


『電池みたいなものじゃん!』


「レイ、それいい!」


「そう?」


「そうだよ! それなら使う人に魔力がなくてもいい!」


 私が興奮している横で、ガルドは黙ったまま雷の魔石を手に取った。


「……いや、待てよ」


 土の魔石、水の魔石、そして雷の魔石を順番に並べていく。


「あらかじめ魔力を蓄えておき、雷の魔石を通して必要な場所へ送る……」


 ガルドの目が、また職人の目に変わった。


「魔力を蓄えておく部分さえ作れれば……いけるかもしれん」


「ほんと!?」


「じゃが、当然使えば減るぞ」


「なくなったら、また魔力を入れればいいよ!」


 毎回じゃなくていい。

 何十回か使ったら、誰かがまとめて魔力を補充する。


 それなら魔力を持たない人でも、ボタンを押すだけで使える。


『これなら、本当に誰でも使えるトイレが作れる!』


 私は嬉しくなってレイを見る。


「レイ、すごいね!」


「……本に書いてあったことを使っただけ」


 そう言うレイはいつも通り淡々としていた。


『いや、それを今ここで思いつくのがすごいんだって』


 ガルドも同じことを思ったのか、レイを見てにやりと笑った。


「お嬢ちゃんは次々妙なものを思いつくし、坊主はその穴を埋めよる」


「穴?」


「二人揃うと、わしの仕事が増えるということじゃ」


 そう言いながらも、ガルドはものすごく嬉しそうだった。

 ガルドは三つの魔石と、私が描いた簡単な絵をしばらく見比べていた。


「……こいつは、さすがに今日中には無理じゃな」


「やっぱり?」


「ああ。土に変えてから水を流す仕組みもそうじゃが、魔力を蓄えて、順番に魔石を動かす仕組みも考えにゃならん」


 ガルドは紙を手に取ると、何やら書き足し始めた。


「まずは小さい試作品を作ってみる。ちゃんと土と水の魔石が狙った順番で動くか、それを確かめてからじゃ」


「分かった!」


「少し待っとれ。形になったら見せてやる」


 そう言ったガルドの顔は、さっきまで以上に楽しそうだった。


 もう頭の中では、どう作るか考え始めているらしい。


『本当に作るの好きなんだなぁ』


 私とレイは顔を見合わせる。


 今日だけで、温かい風を出す魔道具まで作ることができた。

 トイレの方も、うまくいけばもっと使いやすくなるかもしれない。


 それだけで十分すぎる成果だ。


「じゃあ、また来るね!」


「おう。それまでに面白いもんを作っといてやる」


「楽しみにしてる!」


 私とレイは満足げに頷き、また工房へ来る約束をして、その日は屋敷へ戻ることにした。


 工房を出る時にはもう、ガルドは私たちのことなど忘れたように、作業台へ向かっていた。


『……完成するの、楽しみだなぁ』

 ガルドの完成を待つ間、私たちの日常はまたいつものものに戻った。

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