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第21話 ガルド!

『まずは、見てみないとね』

  ダリアンに案内されて辿り着いた工房からは、カンッ、カンッ、と金属を叩く音が響いていた。


 扉を開けると、むわっとした熱気が押し寄せてくる。


『暑っ!』


 中では何人もの職人が働いていた。

 壁には剣や斧、見たことのない道具がずらりと並び、奥では炉の炎が赤々と燃えている。


「ガルド殿」


 ダリアンが声をかける。


「ん?」


 奥から振り返ったのは、がっしりとした大柄なドワーフだった。


 太い腕に、立派な髭。

 眉間には深い皺が刻まれていて、見るからに頑固そうだ。


『……ちょっと怖そう』


 ガルドは手にしていた工具を置くと、こちらへ歩いてきた。


「珍しい客じゃな」


「こちら、フリージア様です」


「知っとるわい」


 ガルドは私の前まで来ると、意外にもちゃんと膝を曲げて目線を合わせてくれた。


「エルドとブロムから、耳にタコができるほど聞いとる。わしはガルド。この工房を任されとる」


「エルドたちを知ってるの?」


「従兄弟じゃよ」


「えっ!」


 言われてみれば、どことなく雰囲気が似ている。


「昔はあやつらに旅へ来いとしつこく誘われたもんじゃ」


「行かなかったの?」


「行くわけなかろう」


 ガルドは当然のように言った。


「旅なんぞしとる暇があったら、一つでも多く作りたいわい」


『……この人、本当に作るのが好きなんだ』


 ガルドは私が大事そうに握っているものに気づき、視線を落とした。


「それで? その魔石を持って、こんなところまで何をしに来た?」


 見た目は怖い。

 でも、追い返そうとしている感じはまったくなかった。


 むしろ――。


 私が何を言い出すのか、少し楽しみにしているように見えた。

「あの〜、ちょっと作りたいものができて……」


「ほう?」


「魔道具なの。だから、熱に強い筒を作ってほしいの。それと、端っこにこう……持つところも付けてほしい」


 私は手で大体の形を作ってみせた。


 筒があって、その横から握れるように持ち手が伸びている。


 ガルドは私の手元をじっと見たあと、太い眉をぴくりと動かした。


「ほぉー。エルフが物作りとは珍しいのぉ」


「珍しいの?」


「エルフは魔法そのものを使う方を好むからな。魔道具を作りたがる者は、そう多くない」


「へぇー」


 でも、嫌がっているようには見えなかった。


 むしろ――。


『なんか、嬉しそう?』


 ガルドは口元をわずかに上げると、さっそく作業台へ向かった。


「まあ、その程度ならすぐじゃ。ちょっと待っとれ」


 そう言って材料を選び、切って、叩いて、削って。


 私には何をしているのか半分も分からなかったけれど、ガルドの手は一度も止まらない。


『はやっ……』


 しばらくすると――。


「ほれ」


 目の前に、ごとりと筒が置かれた。


「できたの!?」


「これくらい朝飯前じゃ」


 手に取ってみる。


 熱に強い金属で作られた筒に、握るための持ち手が付いている。


『……うん』


 ドライヤーには、ほど遠い。


 おしゃれでもないし、大きさもちょっと不格好。

 前世のドライヤーと比べたら、ただの持ち手付きの筒だ。


『でも、最初はこれでいい』


 今は見た目なんてどうでもいい。


 一番確かめたいのは――。


 私は持ってきた二つの魔石を取り出した。


 火の魔石と、風の魔石。


『この二つが、一緒にちゃんと反応するか』


 それが一番大事だった。


 私は二つの魔石を作業台の上に並べる。


「ガルド、この二つをこの筒に付けたい」


「……二つ?」


 ガルドの手が止まった。


 そして、火と風の魔石を交互に見る。


「お嬢ちゃん。魔石を二つ使って、何をするつもりじゃ?」


「一緒に使ってみたいの」


「……ほぉ」


 ガルドの目が、すっと細くなった。


 でもそれは、止めようとしている顔ではなかった。


 むしろさっきより――楽しそうだった。

 私は筒を覗き込みながら、どこに魔石を付けるか考えた。


『火は……真ん中かな』


 まずは一番小さな火の魔石を選ぶ。


『いきなり熱くなりすぎたら怖いし、小さいので試そう』


 そして持ち手に近い方には、火の魔石より少し大きな風の魔石。


「ガルド、この二つをここに固定してほしい」


「火を真ん中に、風をこっちか?」


「うん!」


「ふむ……」


 ガルドは何か考えるように魔石と筒を見比べたけれど、何も言わずに取り付けてくれた。


「ほれ、これでどうじゃ」


「ありがとう!」


 私は出来上がった筒を両手で持った。


『よし……やってみよう』


 そっと魔力を流し込む。

 すると――。


 ぽうっ。


 火の魔石が淡く光る。


 それに続くように、風の魔石も光を帯びた。


「ついた!」


『やった! 二つとも反応した!』


 その瞬間だった。


「…………は?」


 ガルドの低い声が聞こえた。


 振り返ると、ガルドが目を見開いて固まっている。


「……どうしたの?」


「いや、待て」


 ガルドがずかずかと近づいてきて、私の持つ筒を覗き込んだ。


「もう一度やってみろ」


「う、うん」


 一度魔力を止めて、もう一度流す。


 ぽうっ。


 やっぱり二つの魔石が同時に光った。


「…………」


 ガルドは火の魔石を見る。

 次に風の魔石。

 そして私を見る。


「二つ……同時に動いとる」


「動いてるね」


「動いてるね、ではないわ!」


「えっ」


 突然大きな声を出され、思わず肩が跳ねた。


「普通、魔道具に使う魔石は一つじゃ! 違う属性の魔石を一つの魔道具に組み込むなんぞ、わしでも考えたことがない!」


「でも、動いたよ?」


「だから驚いとるんじゃ!」


 ガルドは再び筒へ顔を近づける。


 驚いているはずなのに、その目は完全に輝いていた。


「なぜ干渉せん……? 魔力を同時に流したからか? いや、それなら……」


 ぶつぶつと呟き始める。


『なんか、スイッチ入った』


 その間にも、筒から風が吹き出していた。


 私は手をかざしてみる。


「あ、ちょっとあったかい」


「何!?」


 今度はガルドが勢いよく手をかざした。


「……本当じゃ。風に火の熱が乗っとる」


 ガルドの顔がさらに変わる。


「二つの魔石が、ただ同時に動いとるだけではない……それぞれの力が一つの働きになっとる……」


『そこまで凄いことだったんだ』


 でも、私としては問題がある。


「でも、弱いね」


「……何?」


「あったかさも弱いし……あれ?」


 後ろからも風が吹いて、髪がふわっと揺れた。


 筒の反対側に手を当ててみる。


「こっちからも風出てる」


「…………」


「これじゃダメだ」


「お嬢ちゃん」


「なに?」


 ガルドは真剣な顔で私を見た。


「ダメどころか、今とんでもないことをやったんじゃぞ」


「でも、使いにくいよ?」


「……そこを直すんじゃ!」


 さっきまで私に付き合ってくれていただけだったガルドが、今度は自分から工具を掴んだ。


「面白くなってきたわい」


「でも、風が両方から出ちゃう」


 私は筒の前と後ろに手をかざした。

 どちらからも同じように風が出ている。


「こっちからだけ出したいんだけど……」


「なら、後ろを塞いでみるか?」


「うん」


 ガルドに筒の後ろを塞いでもらい、もう一度魔力を流してみる。

 風は前から出るようになった。


「あ、出た!」


 でも――。


「……弱い」


 さっきより明らかに風が弱くなっている。


「なんで?」


「ふむ……」


 ガルドも腕を組んで筒を睨んだ。

 すると、それまで少し離れたところで静かに見ていたレイが口を開いた。


「……後ろを全部塞いだからじゃない?」


「え?」


 私とガルドが同時に振り返る。

 レイは筒を指さした。


「風を前に出したいなら、後ろから空気が入らないとダメだと思う」


「空気?」


「うん。後ろから入った空気を、前に押し出すようにすればいい」


 レイは近くにあった紙を一枚手に取ると、くるりと丸めて筒のような形にした。


「後ろは塞がないで、空気が入る穴を残す。それで、中の風が前に向かうようにしたら……」


 紙の後ろから息を吹き込む。

 前から風が抜けて、私の髪がふわっと揺れた。


「こうなる」


「…………」


 私はレイを見る。

 ガルドもレイを見る。

 レイはきょとんとしている。


『……なんで分かるの?』


「なるほどのぉ……」


 ガルドが突然立ち上がった。


「空気の入口を残したまま、風に道を作ってやればええのか」


 すぐに薄い金属板を何枚か取り出し、筒の内側に斜めに取り付け始める。


「こうして中で風が散らんようにして、前へ流れる形にすれば……」


 後ろには空気を取り込むための穴をいくつか開けた。


「やってみぃ」


「うん!」


 もう一度、風の魔石へ魔力を流す。


 ぶわっ――!


「わっ!」


 今度は筒の先から、まとまった風が吹き出した。


「できた!」


 後ろに手を当ててみる。


 風が出てくる代わりに、わずかに空気が吸い込まれている。


「レイ、すごい!」


「……そう?」


 本人は大したことをしたつもりがないらしい。

 ガルドはそんなレイをじっと見てから、にやりと笑った。


「お嬢ちゃんも面白いが、そっちの坊主もなかなか面白いのぉ」


『ほんとにね……』


 最近、レイのこういうところには何度も驚かされている。


「だが、まだじゃ」


 ガルドは吹き出す風に手を当て、眉を寄せた。


「風はまとまった。じゃが、ぬるいのぉ」


「うん。もっと温かくしたい」


 私は真ん中に取り付けた、小さな火の魔石を見る。


『次はこっちか』

「じゃあ、魔石を大きくしてみる?」


「やってみるか」


 今度は一回り大きな火の魔石に取り替えてもらった。


 風の魔石も少し大きなものに変える。


『これならいけるかも!』


 もう一度、魔力を流す。

 


 ぶわっ――。


「おお!」


 風はさっきより強くなった。


 私は期待しながら手をかざす。


「……うーん」


 確かに温かい。


 でも、なんか違う。


 温かくなったと思ったら、急に熱くなる。

 かと思えば、またぬるくなる。


「暖かさが安定しない……」


 魔力を弱めたり、流す量を変えたり。

 火の魔石の位置をずらしてみたりもした。


 ガルドも筒を開けては中を調整してくれた。


 でも――。


「ダメだぁ……」


 私は作業台に突っ伏した。


『何が違うんだろ』


 前世のドライヤーがどうやって温かい風を作っていたのかなんて、考えたこともない。


 使い方なら分かる。

 でも、中の仕組みまでは分からない。


「お嬢ちゃん」


「ん?」


 ガルドが取り外した火の魔石を指で摘まんでいた。


「そもそも、この魔石はどこで手に入れた?」


「エルドたちにもらったよ」


「エルドたち?」


 ガルドは魔石を光に透かすように眺めた。


「ああ……なら、あの辺りの魔獣のものじゃな」


「分かるの?」


「そりゃ分かるわい。こいつは火を出すには使えるが、熱を一定に保つのには向いとらん」


「そうなの!?」


『魔石って、同じ属性なら全部同じじゃないんだ』


 ガルドは棚の前まで行くと、いくつもの箱の中を探り始めた。


「だったら――こっちじゃ」


「?」


「これを使ってみぃ」


 投げ渡されたのは、少し紫がかった赤色の魔石だった。


「きれい……」


「ヴァルガの魔石じゃ」


「ヴァルガ?」


「火山の近くに棲む魔獣じゃよ。あやつは体内に熱を溜め込み、長い間ほぼ同じ温度を保つ性質がある」


 ガルドが魔石を指さす。


「じゃから、こいつの魔石も熱が安定しとる。大きな火を出すには向かんが――」


 にやっと笑った。


「お嬢ちゃんが欲しがっとる『ずっと同じくらいの温かさ』には、こっちの方が向いとるぞ」


「それ! それが欲しかった!」


『魔石って、大きさだけじゃないんだ』


 同じ火属性でも、魔獣によって性質が違う。


『……これ、覚えておいた方がいいかも』


 私はヴァルガの魔石を握りしめた。


「ガルド、これに替えて!」


「おう。試してみるぞ」

 ガルドがヴァルガの魔石を取り付けてくれた。

 私は出来上がった筒を両手で持つ。


『今度こそ……』


 ちょっとドキドキしながら、ゆっくりと魔力を流した。

 風の魔石が淡く光り、それに続いてヴァルガの魔石も紫がかった赤い光を放つ。


 ぶわぁ――。


「あっ!」


 風はちゃんと筒の先からだけ出ている。

 後ろから吹き返してくることもない。

 そして、その風に手をかざしてみる。


「あったかい!」


 さっきみたいに熱くなったり、ぬるくなったりしない。

 ちょうどいい暖かさの風が、ずっと同じように吹き続けている。


「ガルド! できた!」


「……できたな」


 ガルドも風に手をかざし、何度も確かめている。

 私は手の中の不格好な筒を見つめた。


『……できちゃった』


 火と風。

 二つの魔石を組み合わせて、温かい風を出す。


 前世で使っていたものとは見た目も全然違う。

 ただの持ち手がついた筒にしか見えない。


 それでも――。


『ドライヤー、できちゃった!』


 しかも、工房に来てからまだそんなに時間も経っていない。


『こんな短時間で!?』


 思いつきで始めたのに、レイが風の流れを考えて、ガルドがそれを形にしてくれた。

 そして魔石を替えたら、本当に欲しかったものができてしまった。

 私は嬉しくなって、筒から出る温かい風を自分の髪に当ててみた。

 ふわぁっと髪がなびく。


「おおー!」


『ちゃんとドライヤーだ!』


 思わず笑みがこぼれた。

 ガルドも完成した魔道具を見つめながら、どこか満足そうに髭を撫でていた。

「しかし、お嬢ちゃん」


「なに?」


「結局、これは何に使うものなんじゃ?」


「あっ、言ってなかった」


 作ることに夢中で、肝心なことを何も説明していなかった。


「これはね、髪を乾かすために使うの」


「髪を?」


「うん。お風呂に入ったあと、髪が濡れるでしょ? いつもはランが風魔法で乾かしてくれてるの」


 私は筒の先を自分の髪へ向けて、温かい風を当ててみせた。


「でも、これがあれば風魔法を使える人をわざわざ呼ばなくてもいいの」


「ほう……」


「それに、風魔法が使えない人でも使えるよ」


 私は一度魔力を止めてから、もう一度ほんの少しだけ流してみせる。


 ぶわぁ――。


 すぐに温かい風が吹き出した。


「魔法みたいに自分で風を作らなくていいから、少し魔力を流すだけ。だから属性が違う人でも使えるんじゃない?」


 ガルドが顎髭を撫でる。


「なるほどのぉ……。魔石を動かすだけなら、必要なのは属性ではなく魔力そのものじゃ」


「でしょ? だから誰でも使える!」


 もちろん、まったく魔力がない人には使えない。

 でも、少しでも魔力があればいい。


「ランみたいにずっと風魔法を使わなくていいし、これなら一人でも乾かせるの」


「……お嬢ちゃん」


「なに?」


 ガルドは完成した魔道具をじっと見つめていた。


「お前さん、最初からそこまで考えてこれを作ったのか?」


「うん。前からあったら便利だなって」


「…………」


 ガルドはしばらく黙ったあと、突然にやりと笑った。


「面白い」


 そして、私から魔道具をひょいと取り上げた。


「えっ」


「形が悪すぎる。このままでは売り物にもならん」


「売るの!?」


「これだけ便利なものを一つ作って終わりにする気か?」


『……そこまで考えてなかった』


 どうやらガルドの職人魂に、完全に火をつけてしまったらしい。

「ここからは、わしの腕の見せどころじゃな!」


 ガルドは出来上がったばかりの魔道具を手に、すっかりやる気になっていた。


「もう少し使いやすくしてやる。ちょいと完成まで時間をくれ!」


「う、うん。分かった」


 その熱意にちょっとだけ引きながらも、お願いすることにした。


『でも、ちゃんとした形になるの楽しみかも』


 これで髪を乾かすのは、ずっと楽になるはずだ。


 そう思ったところで、私は手元に残った魔石へ目を落とした。


 水の魔石と、土の魔石。


『……そうだ』


 もう一つ、ずっとどうにかしたいと思っていたものがある。

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