第17話 お披露目会
2年で食事はずいぶんと改善され、今では毎日のご飯が楽しみなくらい美味しくなっていた。
そして、お披露目会が近づくにつれて、屋敷の中も少しずつ慌ただしくなってきた。
招待客の確認や会場の準備、料理の手配。
私にはよく分からないことばかりだけど、使用人たちは毎日忙しそうに動き回っている。
そして、私にも大事な準備があった。
そう――ドレスだ。
「これはどう?」
「フリージア様には少し大人っぽすぎるかと……」
「じゃあこっちは?」
「色はいいのですが、裾が長すぎて歩きにくいかと」
「うーん……」
ランと毎日にわちゃわちゃしながら、ドレスを選んでいた。
最終的に決まったのは、白に近い薄いブルーのドレスだった。
フリージアの髪によく映える色だとランが言った。
腰には薄いピンクのリボンを巻いて、髪飾りはエメラルドとピンクの混じった瞳に合わせたものを選んだ。
鏡の前に立つと、自分でも少し驚いた。
『……ちゃんとお嬢様みたいだ』
「よくお似合いです、フリージア様」
ランが満足そうに微笑んだ。
そうして、お披露目会の準備が進んでいく中。
私はふと、お父様たちの冒険の物語を読み返したくなって、久しぶりにその本を開いていた。
何度も読んだ、大好きな物語。
物語の始まりは、それぞれ違う種族の者たちとの出会いだった。
エルフ、ドワーフ、ドラゴニュート、ヒューマ族――。
生まれた場所も、種族も、考え方も違う。
最初から仲間だったわけでもない。
ただ、一つだけ。
みんなには同じ目的があった。
各地で増え続ける魔獣。
その原因を突き止め、止めること。
目的が同じだと分かり、彼らは共に8人てわ旅をすることになった。
旅の途中では、目的地とはまったく違う場所へ寄り道したり、困っている人を助けたり。
思わぬ事件に巻き込まれることもあった。
でも、そのたびに新しい出会いがあった。
最初はただ目的が同じだけだった者たちが、旅を続けるうちに少しずつお互いを知り、助け合い、いつしか強い絆で結ばれていく。
そして最後に待っていたのは、魔獣が増えていた原因でもある、今までとは比べものにならないほどの強大な魔獣。
お父様たちは力を合わせ、長い戦いの末にその魔獣を倒した。
そこで、物語は終わっている。
『何回読んでも、ここ好きなんだよねぇ』
『あれ?待てよ、8人?お父様もアイリオン先生も9人で旅をしていた』って言ってたような
私はベッドに寝転がったまま、ぱらりと最後のページをめくった。
そこには、著者の言葉が一言だけ記されていた。
――大切な仲間に捧げる。
『……大切な仲間?』
たったそれだけの言葉。
なのに――。
ドクン。
なぜか、胸の奥が大きく鳴った。
『……なんだろ』
さっき気づいた、八人と九人の食い違い。
それが関係しているのか、それともただの偶然なのか。
分からない。
けれど、その一文だけが妙に頭に残った。
――そして。
そんな小さな疑問を残したまま、ついにその日がやってきた。
私のお披露目会。
お母様から、お披露目会にはいろいろな種族の人たちが来ると聞いている。
『本でしか知らない人たちにも会えるんだ……』
そう思うと、緊張よりも少しだけ楽しみの方が勝っていた。
大広間の扉が開いた瞬間、その言葉の意味がわかった。
広い。
そして、人が多い。
背の低いがっしりとした体格のドワーフ。鱗の名残のある肌を持つドラゴニュート。ヒューマ属の中にも、様々な髪色、瞳の色の人たちがいる。
話し声、笑い声、グラスの音が混ざり合って、広間全体がざわめいていた。
(……すごい)
前世でも、こんな光景は見たことがなかった。
私はお父様とお母様の隣に立って、静かに広間を見渡した。
広間がざわめいていたその時、よく通る声が響いた。
「皆様、ご静粛に!」
リンドール隊長の声だった。
広間がすっと静まり返る。
さすが第一隊長だ。あの声一つで、これだけの人が黙る。
「本日は、フェリア家のご令嬢、フリージア・フェリア様のお披露目の席にお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
大きな声が広間に響いた。
視線が、一斉にこちらに向いた。
(……全員、こっちを見てる)
私はお父様の隣で背筋を伸ばした。
前世の記憶が言っている。ここで怯んではいけない。
深く、丁寧に礼をした。
「フリージア・フェリアと申します。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
広間から、温かい拍手が起きた。
それからは挨拶が続いた。
貴族の挨拶は、正直なところ疲れた。
次から次へと名前と顔が続いて、子供まで一緒に紹介される。みんな丁寧で、みんな礼儀正しくて、みんな似たような笑顔だった。
(……疲れる)
ただ、次々と挨拶をしているうちに、あることに気づいた。
耳の形も、角も、体格も、肌の特徴も違う。
本当にいろいろな種族が来ている。
『こうして見ると、ほんとに全然違うなぁ』
ちなみに、この世界では種族によって寿命も大きく違う。
一番寿命が短いのは、見た目が前世の人間とそっくりなヒューマ族。
それでも三百年から五百年ほど生きるらしい。
ほかの種族も、それぞれ寿命が違う。
鬼神族はおよそ千年。
ドワーフは千五百年ほど。
ドラゴニュートは二千年ほど。
そして、私たちエルフは――およそ三千年。
さらに長いのがセラフィム族で、三千五百年ほど生きるという。
『三千年って、改めて考えると長すぎるよね……』
前世では百年生きれば長生きだったのに、今の私はその何十倍も生きる可能性がある。
『……想像できない』
ただ、最初から成長がものすごく遅いわけではない。
二十歳くらいまでは、どの種族もほとんど同じように成長する。
違いが出てくるのは、そのあと。
成人を過ぎたあたりから、長命な種族ほど歳を取る速度がゆっくりになっていく。
だから今の私も、普通に五歳の子供と同じように成長している。
二十歳くらいまでは、どの種族もほとんど同じように成長する。
五歳なら五歳。十歳なら十歳。
見た目も成長の速さも、それほど大きな違いはない。
『だから、お父様たちの年齢を聞いても見た目と全然合わないんだよね』
前世の感覚で年齢を考えると、たまに頭がおかしくなりそうになる。
『まあ、私もそのうちそうなるんだけど』
いまだに、いまいち実感はない。
そんなことを考えながら、改めて広間を見渡す。
あちこちで楽しそうな会話が交わされ、種族の違う人たちが同じテーブルを囲んでいた。
そして、お兄様たちも例外ではない。
『あ、お兄様たちも捕まってる』
ロータスお兄様もアスターお兄様も、何人ものお客様に囲まれていた。
長男のロータスお兄様は、女性たちに取り囲まれていた。それでも笑顔を崩さず、一人一人に気の利いた言葉を返している。さすがだ。
次男のアスターお兄様は、対照的に全て拒絶していた。表情も動かず、言葉も最低限。それなのに、周りの女性たちは「それがいい」という顔をしていた。
(……お兄様たちも大変だ)
貴族の挨拶がひと段落したと思ったら、ヒューマ族の方がやってきた。
「おっ。数ヶ月ぶりだな。ナナト」
お父様が声をかけた。
「お久しぶりです。以前おっしゃっていた醤油と米をお持ちしました」
「こっ……!! こめ!!!」
その言葉に、私の耳がぴくっと反応した。
『米!? 今、米って言った!?』
思わずナナトが持っている袋を凝視する。
あれが……。
ずっと探し求めていた、お米!
目を輝かせながら、無言で「ほしい!」と全力でアピールする。
そんな私に気づいたナナトが、こちらを向いた。
「フリージアお嬢様、初めまして。ナナトと申します」
ナナトは丁寧に頭を下げる。
「セブンという名をご存じでしょうか? 私の祖父と殿下は、そのセブンを通じた縁もあり、今でも交流が続いております。どうぞよろしくお願いいたします」
『おぉー! セブンの子孫!』
知ってる、知ってる!
私はぶんぶんと首を縦に振った。
……でも。
『それより、お米!』
挨拶もそこそこに、また袋へ視線を戻す。
じーっ。
じぃぃーっ。
「……こちらが気になるのですか?」
「うん!」
即答した。
ナナトは不思議そうな顔をしながらも、米の入った袋を私に差し出してくれた。
「どうぞ」
「ありがとー!」
私は両腕で、ぎゅっと袋を抱きしめた。
『重い……! でも嬉しい!』
ついに。
ついにお米を手に入れた!
「そんなにそれが欲しかったのか?」
お父様が笑いながら言う。
「ほしかった! ずっとほしかったの!」
「米を?」
「うん!」
私「フリージアお嬢様は、お料理がお上手だとうかがっております」
ナナトの言葉に、お父様が少し得意そうに笑った。
「そうなんだ。フリーが料理をするようになってから、うちの食事もずいぶん美味くなった。今日出している料理も、ほとんどフリーが考えたものだ」
「やはり、そうでしたか」
ナナトが並べられた料理へ目を向ける。
「本日のお料理は、見た目も味も素晴らしいです。ぜひ、我が国でも取り入れてみたいものです」
『……我が国』
私はぴくっと反応した。
『そうだ。お米も醤油も、ヒューマ族の国から持ってきたんだよね』
だったら――。
私はナナトのそばへ寄って、服の裾をそっと引っ張った。
「ん?」
ナナトが私を見る。
「あのね……」
私は少し声を小さくした。
「こんど、あなたの国に行っていい?」
ナナトは一瞬目を丸くしたあと、優しく笑った。
「もちろんです。いつでも歓迎いたしますよ」
「ほんと!?」
「ええ」
『やった!』
お米がある。
醤油もある。
『もしかしたら、まだ私の知らない食べ物もいっぱいあるかも!』
ヒューマ族の国。
『いつか絶対、行ってみたいなぁ』
そんなことを考えている間も、お父様とナナトは楽しそうに話を続けていた。
私はというと、まだお米の袋を大事に抱えている。
「フリージア様、それはこちらでお預かりしますね」
「えっ」
ランが私の腕から、そっとお米の袋を取り上げた。
「あ……」
そのまま後ろへ運ばれていくお米を、名残惜しく目で追う。
『私のお米……』
「なくなりませんから、ご安心ください」
「……ほんと?」
「はい」
ランが少し笑いながら答えた。
『あとで絶対食べるからね』
遠ざかっていく袋を見送りながら、心の中で固く誓った。
すると、そこへ新たなお客様がやってきた。
『……あ』
頭に、二本の角が生えている。
『鬼神族だ』
その人に気づいたお父様が、先に声をかけた。
「あれ以来だな。変わりないか、カゲツグ」
隣にいたナナトも、カゲツグに向かって軽く会釈をする。
「はい。変わりなく過ごしております」
カゲツグは丁寧に頭を下げた。
「父が亡くなる際には、わざわざお越しいただき、ありがとうございました」
「いや、何を言う。当然のことだ。サネカゲには昔、世話になっている」
「それにお前のことはサネカゲが耳が腐るほど聞かされてるぞ。私にとっては家族だ。駆けつけないはずがないだろう」
『サネカゲ……』
その名前なら知っている。
『お父様と一緒に旅をしてた、鬼神族の人だ』
ということは――。
『カゲツグは、サネカゲの子供なんだ』
私は二人を見ながら、頭の中で関係を整理した
その後ろでは、カゲツグとナナトが楽しそうに話している。
二人も昔からの知り合いらしい。
「すまん。これの在庫がなくなりそうだ」
「では、近いうちにお伺いします」
『……何の話だろ?』
そんな二人を眺めていた、その時だった。
会場の入口が、再びざわついた。
どうやら、最後のお客様が到着したらしい。
ふと、お父様とお母様の様子が目に入った。
親しげな、懐かしそうな顔だ。
『……あれ?』
二人の表情が、それまでのお客様を迎えていた時とは明らかに違っていた。
『……誰?』
私もつられるように、入口へと視線を向けた。
私はそっと耳をそばだてた。
やってきたのは三組だった。
背の低いがっしりとした体格の、ドワーフの二人組。エルドとブロムという名前が聞こえた。
鱗の名残のある肌を持つ、ドラゴニュートのサルヴァニア。
「お前たち、まだ生きてたか」
お父様が笑いながら言った。
「それはこっちの台詞だ」とエルドが返す。
久しぶりの再会のような空気だった。
後ろに控えていたアイリオン先生も、珍しく口元を緩めながら挨拶をしている。
そのうちブロムがお母様の前に進み出て、小さな包みを差し出した。
「頼まれたの、見つけたぞ」
「まあ……!」
『あれ、ダイヤじゃない?』
「いい色だろ」
お母様が包みを開けると、透明な石が現れた。
光を受けて、七色に屈折している。きれいだ。
「この色ならフリージアにぴったり」
「お前の頼みは断れないからな。断ったら恐ろしいし」
ブロムが笑いながら言った。お母様も笑っている。
「これを付けたら完成ね」
お母様が小さなきれいな四角い箱を開けた。何もついていないイヤーカフが入っていた。お母様はそこに石を添えて、完成させてくれた。
「フリージアのよ。大切にしてね」
透明なのに、七色の光が揺れる。
『……すごくきれい』
顔を上げてドワーフたちにお礼を言うと、ふと視界の端に何かが光った。
羽根のようなものが、一瞬だけ見えた気がした。
「……精霊?」
声に出してしまっていた。
エルドがぴたりと動きを止めて、こちらを見た。
「おめぇ、精霊がわかるのか?」
お母様が穏やかに微笑んだ。
「あら、また見えたの?」
私は小さく頷いた。
「黒羽根だった」
私がそう言うと、エルドが目を丸くした。
「黒羽根……」
お母様がふふっと笑った。
「あら、それは私のじゃないわ。エルドのよ。鉱石精霊ね」
「鉱石精霊……」
エルドはしばらく私を見つめていた。それから、ゆっくりと口を開いた。
「ほぉ。珍しい。一瞬でも見えるとはのう」
目が細くなって、どこか楽しそうだった。
「今後が楽しみじゃの」
(今後が楽しみ、か)
エルドの肩のあたりを見ると、もうそこには何もなかった。
でも、確かに見えた。黒い羽根が、一瞬だけ光の中に揺れていた。
次に、ドラゴニュートのサルヴァニアが前に進み出た。
背が高く、肌に鱗の名残がある。
私はその顔をじっと見つめてしまった。
「私が怖いか」
サルヴァニアが静かに聞いた。
「怖くないよ。目がとても優しい目をしてるから」
少し驚いた顔をしたが、私の頭にぽんぽんと手を置いた。
「昔、誰かに同じ事を言われた気がする。それよりも自己紹介だな」
「初めまして。サルヴァニアと申す。君のお父様とは昔からの仲でな。よろしく頼む」
だが、その手が止まった。
「……お前、漏れているな」
「???」
意味がわからなかった。
少し後ろから、アイリオン先生の静かな声が聞こえた。
「……やはり、そうか」
お父様とお母様は、二人の言葉の意味がわかっていない様子だった。
アイリオン先生が私に目を向けた。
「後でみなと別室で話がしたい」
私たちは小さく頷いた。
挨拶がひと段落して、やっと少し息ができた。
「お母様、少し御手洗いに行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
広間を出て、廊下を歩いた。御手洗いの扉を閉めると、急に静かになった。
(……疲れた)
鏡の前に立って、深呼吸をした。
自分の顔を見る。ドレスを見る。イヤーカフのダイヤモンドが、灯りを受けて小さく光っていた。耳はお兄様たちのも合わせてキラキラだった。
(大丈夫。もう少しだ)
気合いを入れ直して、扉を開けた。
廊下に出ると、窓から風が流れてきた。
カーテンがふわりと揺れる。
ふと窓の外に目をやると、人影が見えた。
月明かりの下に、男の子が立っている。
月の光を受けて、その髪がきらきらと輝いていた。
(……きれい)




