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第13話 大切な人に渡す

そして――それ以来。


 料理長の料理は、すさまじく美味しくなった。


 私が渡した調味料や、今まであまり使われていなかった食材を組み合わせて、毎日のように新しい料理を作ってくれる。


 焼くだけだったお肉には味がつき、スープにもいろんな具材が入るようになった。


 たまに失敗することもあるみたいだけど、




「料理も冒険ですから!」


 なんて笑っている。




『……気に入ったんだ、その言葉。』


 まあ、美味しくなったからいいけど。


 ただ――。


 まだ一つ。


 どうしても見つからないものがある。


『お米……。』


 そう。


 米だ。


『お米、食べたい……。』


 白いご飯。


 炊きたての、つやつやしたご飯。


 おにぎり。チャーハン。丼もの。


 カレーだって、米がなきゃ始まらない。


『どっかにないかなぁ……お米……。』


 この世界のどこかにはある。


 そんな気がしてならなかった。


 


  夏が終わる頃、お兄様たちはまた学校へ戻るらしく、私はお見送りをすることにした。


庭園の広場へ行くと、すでにみんな揃っていた。


制服姿のお兄様たちは、いつもより少し大人っぽく見える。


(かっこいい……)


荷物はみんなアイテムボックスへ入れているようだった。




特にロータスお兄様のアイテムボックスが一番容量が大きいらしく、リリィお姉様とシルヴァンお兄様が次々荷物を押しつけている。


「これも入れて!」




「僕のもお願い〜」




「待って、ちゃんと整理して入れて」


ロータスお兄様が困ったように笑った。


「ごちゃごちゃに詰め込むのだけはやめて」




そんなやり取りをしているうちに準備も終わり、お兄様たちはお父様とお母様へ向き直る。


「お父様、お母様。行ってきます」




「しっかり学んでくるんだぞ」




「はい」




そのあと。


みんながちらっと私を見た。


ロータスお兄様が優しく近寄ってきて


「フリージア、またしばらく会えなくなるね」


ぎゅっと抱きしめられる。




するとすぐ横から声が飛んだ。


「いや、俺にもやらせろ!」




「次は私よ!」




「僕は最後でいいよー。いっぱいできるから」


その言葉に、2人がぴくっと反応する。


「……いや、俺は兄貴だから後でいい。リリィ先に行け」




「私も後でいいわ。シルヴァンが先に挨拶しなさい」


なぜか譲り合いが始まった。




私はぱちぱち瞬きをする。


すると、お母様が呆れたようにため息をついた。


「早くフリーに挨拶しなさい」


「遅れてしまうでしょう?」


「じゃないと、このまま行かせるわよ」


その瞬間。


お兄様たちが一斉に動いた。


「フリー、俺がいなくても泣くなよ」


アスターお兄様がそう言いながら、キレイなイヤーカフを差し出してくる。


赤い宝石がきらりと光った。


「これ、やるよ。次の休みまで持っててくれ」


アスターお兄様の髪と同じ色の宝石がついたイヤーカフだった。


(きれい……)




そういえば、さっきアスターお兄様たちが騒いでいる間に、ロータスお兄様が反対側の耳へそっとイヤーカフをつけてくれていた。




淡い青色の宝石。


ロータスお兄様の髪と同じ色だ。


 


それを見たリリィお姉様とシルヴァンお兄様も、自分の髪色と同じ宝石のイヤーカフを渡してくる。


気づけば両耳がきらきらだ。




「もう、本当に早く行きなさい」


お母様が再び呆れた声を出す。


その言葉に、お兄様たちはぴしっと姿勢を正した。




するとお父様が、近くにいた執事のフジへ声をかける。


「じゃあ、頼む」


 


「かしこまりました」


フジは深く一礼すると、静かに前へ出た。


白い手袋をはめた手をかざす。


すると足元へ大きな魔法陣が広がった。




次の瞬間。


お兄様たちの身体が光に包まれ――


ふっと姿を消した。


 お兄様たちが消えたあと、お父様とお母様はそろって「やれやれ」といった顔で私を見た。




「フリージアを愛してるのはいいんだが……あの溺愛っぷりも困るな」


(お父様が言うセリフじゃない)




すると、お母様も呆れたように笑う。


「ふふっ。本当に、あなたが言うセリフじゃないわ」




(ナイスつっこみ)


 


お父様は「むっ」とした顔をしたが、お母様はそのまま続けた。


「それにしても、四人そろって溺愛しすぎよねぇ」


「あの子たち、“それ”を渡すなんて」




「ん? これ?」


私は耳についたイヤーカフへ触れる。


するとお母様が優しく微笑んだ。


「そうよ」


「それってね、“大事な人”ができた時に渡すものなの」


「片方を自分が持って、もう片方を愛する相手へ贈るのよ」




「へぇー……」


そんな意味があったとは。




そこで私はふと気づく。


よく見れば、お父様とお母様の耳にも色違いのイヤーカフがついていた。


(おそろいだ)


二人で交換したんだろう。


なんだか少し照れる。




「私のはないの?」


そう聞くと、お母様はぱっと嬉しそうに笑った。


「フリーちゃんのは、お披露目会の時に渡してあげる♡」




「ほんと!?」




「でもねぇ……」


 お母様は少し困ったように首を傾げた。




「フリーちゃんに似合う宝石が、なかなか見つからないのよ」


「この国では見つからなくて、今ブロムに頼んでるの」




「ブロム?」




「あら、旅の仲間よ♡」




お母様はなんだか楽しそうだ。


(また旅仲間だ)


どれだけすごいメンバーだったんだろう。


そんなことを考えながら、私たちは城へ戻ろうと歩き出す。


 


 その時だった。


遠くの方から、よく通る低い声が響いた。


「殿下、陛下がお呼びです。セレニア様もご同行を」


リンドールだ。




お父様とお母様が同時にぴたりと止まった。


お父様はものすごく嫌そうな顔をした。


「えぇ〜……せっかくこれからフリーと過ごそうと思ってたのに……」


そのまま頭を抱える。


「おやじめぇぇ! なんで今呼び出すんだー!」


私はちょっとだけ呆れながら見上げる。


するとお母様がくすっと笑った。


「フリーちゃん、ごめんね」


「すぐ戻ってくるから、何かして待っててね」


それから後ろにいた二人へ視線を向ける。


「ラン、ダリアン。よろしくね」




「はい」


「お任せください」


二人は同時に頭を下げた。


  お父様とお母様を見送ったあと、私は庭園をのんびり歩きながら時間を潰していた。


 花の香りが、どこかほっとさせる。


 


 ダリアンとランを少し後ろに従えながら、石畳の小道をゆっくりと進む。急ぐ必要もなく、ただ風に揺れる花を眺めているだけで、不思議と気持ちが凪いでいった。


 その時だった。


 耳元で、ふっと声がした。


 小さく、でもはっきりと聞こえた。


 ダリアンでも、ランでもない。


 反射的に振り返る。けれど、そこには誰もいない。


 気のせいか、と思いかけた瞬間――また、声がした。


「その花はもうすぐ咲くよ」


「たくさん話しかけてあげて」


 今度は確かに聞こえた。


 肩が跳ね、勢いよく振り向く。


 やはり、誰もいない。


 ――いや。


 一瞬だけ、何かが見えた。


 緑色に光る、小さな羽根。


 まばたきをした次の瞬間には、もう消えていた。


 瞬時に理解した。


 精霊だ。


 お母様の精霊を見た以来だ。


 また、一瞬だけ見えた。緑色に光る羽根が、花の茎のあたりをすっと通り抜けていく。


 私はゆっくりとしゃがみ込み、まだ蕾のままの花に顔を近づけた。


「……もうすぐ咲くんだね」


 小声で、でもちゃんと届くように。


「楽しみにしてるよ」


 言い終えた瞬間、花がかすかに揺れた。


 風はない。


 それでも蕾は、まるでこちらの声に応えるように、ゆっくりと揺れていた。


ダリアンとランが静かについてくる。


 また会えたならいいなと思いながら部屋に戻った。

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