第12話 許可がおりた
廊下を歩く使用人たちまでもが、
「なんか、今日すげーいい匂いしないか?」
「急に腹減ってきたな……」
と、ざわついていた。
隣を歩くダリアンも、なぜか得意げな顔をしていた。
『……いや、作ったの私なんだけど。』
私はそんなダリアンを見上げた。
「ねぇ、ダリアン。今日のご飯、少しはマシになったかな?」
「はい! とてもうまかったです!」
ダリアンは即答した。
「いつも硬い肉は、スープで流し込むように食べてましたから」
「え?」
「俺らは基本、肉は焼いて食べますからね。あとは水に入れて煮込んで終わりです」
「そうなの?」
思わず聞き返すと、今度はダリアンが驚いたように私を見る。
「お嬢様、本当に何も知らずに、あの料理を作ったんですか!?」
「え、う、うん……」
ダリアンは興奮した様子で、ぐっと身を乗り出してきた。
「すごかったですよ! 前にヒューマ族の街へ立ち寄った時に食べた飯くらい、衝撃的でした!」
(えっ!?)
(ヒューマ族の街、行ったことあるの!?)
私はぱっとダリアンを見る。
「ダリアン! ヒューマ族の街、行ったことあるの?」
「えっ、あっ……はい」
少し照れたように頭をかいた。
「少し前に、オヤジの手伝いで行きました」
「そこで食べたご飯、どれもめちゃくちゃ美味しくて……」
思い出したのか、遠い目になる。
「作り方も聞いたんですけど、メモ取るの忘れてしまって」
「オヤジにめちゃくちゃ怒られました」
「……あほだ」
思わず口から出た。
するとダリアンが「うっ」と胸を押さえた。
「で、お嬢様。本当に知らないんですか?」
(へっ)
前世の記憶です――とは流石に言えない。
私は少しだけ視線を逸らした。
「んーと……」
「ただ、“入れたら美味しそうだな”って思ったの」
「想像だよ」
そう言うと、ダリアンは固まった。
「……想像?」
「想像で、あの味になるんですか?」
するとダリアンは目を輝かせた。
「すごいですね!」
「やっぱり子供の発想って柔らかいんですねぇ」
感心したように何度も頷いている。
(……助かった)
夕食の時間になると、食堂はいつもより少しざわついていた。
「なんか今日の料理、やたらといい匂いしないか?」
アスターの声が響く。
すると、ロータスも鼻をひくつかせた。
「確かに。匂いだけで腹が減る感じだな」
その言葉に、母様までもが興味深そうに微笑む。
「今日は、どんなお料理かしら?」
厨房から料理長が姿を現した。
「本日のお料理をお持ちしました」
そう言って、次々と料理が並べられていく。
肉料理にスープ――内容自体はいつもとそこまで変わらない。
けれど、見た目も匂いもまるで違うことは、誰の目にも明らかだった。
アスターは真っ先に肉へかぶりつく。
その瞬間――
「うんめー!! なんだこの肉!? いつもより柔らかいし、肉の味がめちゃくちゃうまい!」
母様は呆れたようにため息をついた。
「アスター、少し下品ですよ」
「わりぃわりぃ」
アスターは頭をかきながら苦笑いする。
その隣で、リリィも目を丸くしていた。
「本当に美味しいわ。いつもは噛むのに苦労していたのに、今日のは食べやすいもの」
みんなが笑顔で料理を食べている。
その様子を見て、私は料理長へ向かって親指を立て、“グッジョブ”をしようとした。
――が。
料理長が一歩前へ出た。
「本日のお料理は、いかがでしょうか」
父様は機嫌よさそうに笑う。
「ここに来て一番美味い料理だ! 一体どうして、こんなにうまくなったんだ?」
料理長はちらりと私へ視線を向け――
「本日のお料理は、フリージアお嬢様がお作りになられました」
その瞬間、家族全員の視線が一斉に私へ向いた。
「えっ!?」
思わず変な声が出る。
料理長はそのまま話を続けた。
「ふらっと厨房へ現れたのですが、どうやらお料理に興味を持たれたようでして」
「今回の味付けや調理方法なども、フリージアお嬢様がお考えになられました」
「それに、殿下がお持ち帰りになられた調味料もお使いになっております」
その言葉を聞いた父様が、驚いたように目を見開いた。
「フリージア、それは本当のことか?」
「これはとっても美味しいぞ」
父様は、とびっきりの笑顔で褒めてくれる。
ロータスも感心したように頷いていた。
「あんなにおとなしいフリージアが、こんなことできたとは……」
そう言いながら、しみじみと味を噛み締めている。
アスターも目を輝かせながら声を上げた。
「これをフリーが作ったのか!?」
「なら次も作ってくれ!」
お母様も嬉しそうに微笑む。
「あら、それはいいわね。フリージアが新しいことに挑戦するのは大賛成よ」
――なんと。
料理長は勢いよく頷いた。
「それは良い考えです!」
「フリージアお嬢様の発想には大変驚かされましたので、ぜひご一緒できれば幸いです」
お父様はそんな料理長を見て、ふっと笑う。
「では、フリージアが料理に興味を持ったのなら、やってみるか?」
ちらりと料理長を見ると、ものすごく期待した目でこちらを見ていた。
今にも「お願いします」と言い出しそうな勢いで、目がうるうるしている。
私は思わず小さく笑ってしまいながら、お父様へ向き直った。
「お父様、私やってみたいです」
私が許可をもらう前に、もう許可が下りてしまったではないか。
みながにこっと笑い、そのまま和やかな空気の中で夕食の時間は過ぎていった。
いつもより賑やかで、みんなが楽しそうに料理を食べている。
その様子を見ながら、私はこっそり満足げに胸を張った。
……ふふん。
やっぱり、美味しいご飯は大事だよね。
料理長も忙しそうにしながら、ちらちらとこちらを見ている。
目が合うと、ものすごく嬉しそうに頷いてきた。
……そんなに喜ばれると、ちょっと照れる。
でも。
こうして自分のしたことで、みんなが笑顔になるのは悪くない。
むしろ――かなり嬉しい。
私はスプーンを持ちながら、小さく笑った。
それとこの硬いパンをどうにかしたいと考えてた。
次の日。
使用人たちからも、
「フリージア様、昨日のご飯、とても美味しくいただきました」
「新しいスープ、最高でした!」
などと、次々に声をかけられた。
『……なんだか、こそばゆい。』
でも、嬉しい。
そして昨日の一件以来、私は厨房への出入りを自由にしてもらえるようになった。
『よーし。今日は昨日から気になってた、あれをどうにかしよう。』
毎日のように食卓に出てくる、あの硬いパン。
ブレッパだ。
『本当は、ふわふわのパンを作りたいんだけど……。』
『酵母菌なんて、ないよねー。』
確か、酵母って自分でも作れたはず。
『作り方……なんだったっけ。』
『前世の記憶、思い出せー。』
うーん、と考えながら厨房へ向かう。
扉を開けると、料理長が待ってましたと言わんばかりにこちらを振り返った。
「フリージア様! お待ちしておりました!」
「わっ……。」
その勢いにちょっと圧倒されながらも、私は小さく手を上げる。
「お、おはよー。」
ダリアンは「料理のことは何も分からないので」と、邪魔にならない場所で待機している。
そして今日は、ランが私のサポート役だ。
「それでフリージア様! 本日は何をなさいますか!?」
「えっとねぇ……。」
私は厨房を見回し、置かれていたブレッパを指差した。
「あれ!」
ランがすぐに察して、一つ持ってきてくれる。
私は受け取ったブレッパを両手で持つと、むっと頬を膨らませた。
「このブレッパ、かたくてきらいぃ。」
「…………。」
料理長が目に見えてしょんぼりした。
「ですが……これが普通なのですよ。日持ちもしますし……。」
「んー。」
それは分かる。
でも、硬いものは硬い。
「このブレッパ、切って。」
「は、はい!」
「ラン、ミルティとエルグ取ってー。」
「かしこまりました。」
ランはすぐにミルティとエルグを持ってきてくれた。
――ミルティは牛乳。
エルグは卵。
『今日は簡単にいこう。』
「ラン、それ、その木のボウルに入れてまぜまぜして。」
「こちらをですか?」
「うん!」
ランがエルグを割り、ミルティと一緒に混ぜていく。
そこへ、料理長に切ってもらったブレッパを入れた。
「…………。」
案の定、料理長が口を開けたまま固まっている。
「ぱ、パンを……液体の中に……?」
「そう!」
私は気にせずランにお願いする。
「そのまま、ブレッパがひたひたになるまで入れといてね。」
「はい。」
『あとは……できればバターで焼きたいんだけど。』
この世界にバターみたいなもの、あるのかな?
厨房の中をぐるっと見回す。
すると、棚の端に置かれた小さな容器が目に入った。
「これはなぁに?」
「ああ、そちらはミルバです。」
「ミルバ?」
「ヤギーの乳から作られたものですよ。」
料理長は容器を手に取りながら説明してくれる。
「昔、近くの農家の者が、ヤギーの乳を入れた瓶をふざけて振り回していたところ、偶然できたそうでして。」
「それから料理にも使われるようになったんです。」
『…………。』
私はミルバをじっと見る。
『ミルバって……。』
『バターじゃん!』
『やったー!』
これならいける。
「ラン、それをフライパンに入れて!」
「はい!」
ミルバが熱でゆっくりと溶けていく。
見た目も、香りも、ほとんどバターだ。
「そしたら、さっきのブレッパ入れてー。」
十分に液を吸ったブレッパを、ランがそっとフライパンへ移す。
――じゅうっ。
『おおっ!』
いい音。
甘く香ばしい匂いが、ふわっと厨房に広がった。
「いい色がついたら、ひっくり返してね。」
「はい。」
ランが慎重にひっくり返す。
こんがりと焼き色のついた表面が現れた。
『おいしそー!』
反対側も焼き上がったところで、お皿へ移してもらう。
でも、これだけじゃない。
『あとは……あれ!』
いつも紅茶と一緒に出てくる甘い蜜。
この国に多く生えている木から採れる樹液を煮詰めた、メルシア。
前世でいうメイプルシロップみたいなものだ。
「ラン、そのメルシアかけてー。」
「はい。」
とろりとしたメルシアが、焼きたてのブレッパの上を流れていく。
『完璧!』
私は満足げに胸を張った。
「よし!」
「フレン――」
危ない。
慌てて口を閉じる。
『フレンチトーストなんて言ったって、分かんないよね。』
私は少し考えてから、びしっと完成した料理を指差した。
「ふわふわミルブレッパの完成!」
「「おおー!」」
料理長とランの声が重なった。
目の前には、昨日まであんなに硬かったブレッパとは思えないほど、ふっくらと焼き上がった一皿。
『ふふん。』
『これなら、硬いブレッパもおいしく食べられる!』
「どうぞ、食べてみて」
私がそう言うと、料理長とランは顔を見合わせた。
「では……いただきます」
まず料理長が、恐る恐る一口。
「…………」
もぐもぐと噛んでいた動きが止まった。
「……え?」
もう一度、口を動かす。
そして、目を見開いた。
「や、柔らかい……!」
「でしょう?」
「外は香ばしいのに、中はこんなにも柔らかく……それに、この甘さ……!」
料理長の顔がみるみる緩んでいく。
『ふふん。大成功!』
満足していると、隣から声が聞こえた。
「…………おいしい」
ランだった。
見ると、両手を頬に当てている。
「なにこれ……」
いつもの落ち着いたランはどこへやら。
目を細め、頬をゆるませ、完全にとろけた顔をしていた。
「甘くて……ふわふわで……」
もう一口。
「ん〜〜っ!」
幸せそうに身体まで小さく揺れている。
『あ、ランが一番気に入ってる。』
「ラン、甘いもの好きだもんね」
「はい……大好きです……」
返事までふにゃふにゃだ。
そしてまた一口。
「おいしい……幸せ……」
『とろけてる、とろけてる。』
思わず笑ってしまう。
するとランは、はっと我に返ったように顔を上げた。
「料理長、これメニューに入れましょ!」
「もちろんです!」
料理長は力強く頷いた。
「硬くなったブレッパも無駄になりませんし、これなら朝食にもおやつにも出せます!」
「うんうん!」
その時だった。
「……なんか、すげぇいい匂いするんですけど」
厨房の端から声がした。
振り返る。
さっきまで邪魔にならない場所で大人しく待っていたダリアンが、いつの間にかこちらまで来ていた。
「ダリアン?」
「いや、その……」
ダリアンの視線は、私ではなく皿に釘づけだ。
「ずっといい匂いしてたんで……」
『匂いに釣られてきたんだ。』
「食べたいの?」
「……一口だけ」
素直だ。
「いいよ」
「よっしゃ!」
ランが少しだけ名残惜しそうな顔をしながら、残っていたふわふわミルブレッパをダリアンへ渡す。
ダリアンは一口頬張った。
「…………うまっ!」
目を見開き、すぐさま残りを見る。
「なんですかこれ! あの硬いブレッパですよね!?」
「そうだよー」
「全然違うじゃないですか!」
その反応に、料理長がますます嬉しそうに頷く。
「これは決まりですね。早速、朝食のメニューに加えましょう!」
『よし!』
これで、あの硬いブレッパを我慢して食べなくて済む。
私は満足げに胸を張った。
「それとね」
私は残っているふわふわミルブレッパを指差した。
「メルシアをかけないで、ベコルとサラダを一緒にしても、おいしいと思うよ」
「ベコルを?」
料理長が首を傾げる。
「うん。甘くしないで、ご飯にするの」
カリカリに焼いたベーコン――こっちでいうベコルに、サラダ。
それに卵料理なんかを添えても絶対に合う。
『朝ご飯なら、そっちもいいよね。』
「なるほど……甘味としてだけではなく、食事としても出せると」
「そうそう!」
料理長は何度も頷きながら、すでに何か考え始めている。
その横で、ランはまだメルシアのかかった方を名残惜しそうに見ていた。
『ランは絶対、甘い方だね。』
私はくすっと笑う。
『もう少し、何か作ろうかな。』
厨房を見回しながら考える。
『ミルバがあるなら……じゃがバターでいいじゃん!』
昨日のスープにも、じゃがいもみたいな野菜が入っていた。
「料理長、じゃがりはどこ?」
「あっ、はい! こちらですよ」
料理長が持ってきたのは、やっぱり昨日のスープに入っていたあの芋だ。
『うん。どう見てもじゃがいも。』
「これ洗って、真ん中にちょっと切れ目入れてー」
「切れ目を?」
「うん!」
料理長は不思議そうにしながらも、言われた通りじゃがりを洗い、真ん中に切れ目を入れていく。
『あとは蒸すだけ!』
…………。
『でも、蒸し器なんて……ないよねぇ。』
何か代わりになるものはないかと、厨房の中をぐるりと見回す。
その時。
『……ん?』
調味料が並ぶ棚の奥。
いくつかの瓶に隠れるようにして置かれている、見覚えのある形が目に入った。
『あれは……!』
『蒸し器では!?』
「あれ! あれ取って!」
背が届かない私は、ぴょんぴょんしながら棚の奥を指差した。
「あちらですか?」
「うん!」
料理長が取り出してくれる。
やっぱり。
『蒸し器だ!』
ただ、よく見ると底の一部が黒く焦げていた。
「なんで焦げてるの?」
「ああ……こちらは以前、フューマ族の方からいただいたものなのですが」
「蒸す?……ための道具だとおっしゃっていました」
「うんうん」
「ですが、使い方が分からず……そのまま火にかけてみたところ、これが燃え出しまして」
「えっ」
「慌てて消しましたので、大事には至りませんでしたが……それ以来、使っておりません」
『そりゃ燃えるよ!』
危ない危ない。
でも、使い方さえ分かれば問題ない。
私は蒸し器を持って、近くにある鍋と見比べる。
「料理長、これよりちょっと大きいお鍋ある?」
「ございますよ」
「じゃあ、そのお鍋にお湯わかして!」
「お湯を?」
「うん!」
料理長は相変わらず不思議そうだったが、すぐに用意してくれた。
やがて鍋の中のお湯が、ぐつぐつと沸き始める。
「沸きました!」
「そしたら、この上にそれ乗せて」
「……上に?」
「そう!」
「お湯は蒸し器につかないくらいにしてね」
料理長が恐る恐る蒸し器を鍋の上へ乗せる。
下から立ち上った湯気が、蒸し器の穴を通ってふわっと上がってきた。
「あ……!」
料理長が目を見開く。
「こう使うものだったのですか!」
「たぶん!」
「た、たぶん!?」
『だって私も蒸し器なんて、たまにしか使ったことないもん。』
「じゃがり入れてー」
切れ目を入れたじゃがりを並べてもらい、蓋をする。
「あとは柔らかくなるまで蒸すだけ!」
しばらくすると、ほくほくとした芋の匂いが漂い始めた。
『いい匂い!』
十分に柔らかくなったじゃがりを取り出してもらう。
開いた切れ目の真ん中へ、さっき見つけたミルバをひとかけ。
熱でミルバがゆっくりと溶けて、じゃがりの中へ染み込んでいく。
『あ、忘れるところだった!』
「料理長、ソルタちょっとだけ!」
「ソルタですか?」
「うん、ひとつまみ!」
ぱらぱらとソルタを振ってもらう。
ほくほくのじゃがりに、とろけるミルバ。
そこに、ほんの少しの塩。
『これこれ!』
「できたー!」
私は完成したじゃがりを指差して、満足げに胸を張った。
「じゃがりのミルバ添え!」
……じゃがバター。
『こんなの、美味しいに決まってる!』
『これこれ!』
『次は……トンカツかな。』
何か使えそうなものはないかと食材を見ていると、大きな肉の塊が目に入った。
『これ、豚肉に似てる。なんのお肉だろ?』
じーっと眺めていると、横から料理長が教えてくれた。
「そちらはボアの肉ですが、どうなさいますか?」
『ボアか。』
『よくファンタジーに出てくる、あのイノシシみたいな魔獣かな?』
見た目はほとんど豚肉だ。
『これならいけそう!』
「料理長、このお肉、これくらいに切ってー」
手で厚さを示す。
「それから、ちょっと叩いて」
「叩くのですか?」
「うん!」
料理長は不思議そうにしながらも、肉を切り分け、軽く叩いていく。
「そこにソルタとペッパーをふりかけてー」
「ペッパー……?」
「あっ、これ!」
私は近くにあった胡椒を指差した。
「これ、ペッパー!」
勝手に名付けた。
だって胡椒だし。
「そのままじゃなくて、潰してからね」
「なるほど……」
料理長が胡椒を細かく潰し、ソルタと一緒に肉へ振りかけていく。
『次は小麦粉が必要なんだけど……。』
「料理長、ブレッパ作る時の粉ちょーだい」
「ブレッパの粉ですか? 少々お待ちください」
すぐに白い粉を持ってきてくれた。
『よし、小麦粉もある!』
「それをお肉に薄くつけてー」
「はい」
「次は、溶いたエルグにつけてね」
エルグを割ってよく混ぜ、粉をまぶしたボアの肉をくぐらせる。
『あっ。』
『パン粉!』
私はブレッパを思い出して、料理長を見る。
「料理長、このブレッパ、もっとカチカチになるまで乾いたのある?」
「ございますが……捨てる予定のものでしたら」
「それちょーだい!」
「え?」
「細かく砕いて!」
「は、はい!」
料理長が乾燥したブレッパを持ってきて、細かく砕いていく。
ぽろぽろになったブレッパを見て、思わずにんまりする。
『パン粉だ!』
「さっきエルグにつけたお肉に、それをいっぱいつけてー」
料理長とランが手分けして、ボアの肉に砕いたブレッパをまとわせていく。
『あとは――揚げる!』
幸い、この厨房には油がたくさんあった。
聞けば、この辺りに生える花の茎から採れる油らしい。
太い茎の中に溜まった樹液のような油を絞り出す仕組みで、種ではなく茎そのものが油の源になっているという。
『茎から出てくる油なんてあるんだ……!』
ちょっと不思議だけど、今はありがたく使わせてもらう。
「料理長、この大きなお鍋に油を入れて、熱くして」
「こんなにたくさんですか?」
「うん!」
料理長は少し戸惑いながらも、大きな鍋に油を注いだ。
しばらく待って――。
『そろそろかな?』
私は砕いたブレッパをほんの少しつまんで、油の中へ落としてもらう。
じゅわっ。
細かな泡を立てながら浮かび上がってきた。
『よし!』
「お肉入れてー!」
「こ、ここへですか!?」
「そう!」
料理長が恐る恐る、衣をつけたボアの肉を油へ入れる。
――ジュワァァァッ!!
「うわっ!?」
料理長が思わず一歩下がった。
ランまでびくっと肩を揺らす。
厨房いっぱいに大きな音が響き、衣から次々と泡が立ち上る。
やがて白かった衣が、少しずつきつね色へ変わっていく。
『おおー! トンカツだ!』
「いい色になったら、ひっくり返してね」
「は、はい!」
反対側もしっかりと揚げて、油から取り出す。
サクッとした衣。
香ばしい匂い。
どう見ても、私の知っているトンカツだ。
「切ってみて!」
料理長が包丁を入れる。
――サクッ。
『いい音!』
中からは、熱々の肉汁がじゅわっと滲み出した。
「できたー!」
思わず両手を上げる。
「サクサクボアカツ!」
「ボア……カツ?」
「うん!」
『本当はトンカツだけどね。』
また一つ、この世界で食べたいものが完成した。
『ソースないんだよねぇ……』
厨房を見回していると、黄色い果実が目に入った。
「料理長、あれなぁに?」
「リモネです。酸味が強いので、そのまま食べる者はほとんどいませんが」
『レモンじゃん!』
「それ、ちょーだい!」
リモネを半分に切ってもらい、小皿を用意する。
「ここにぎゅーって絞って」
果汁が小皿に溜まったところで、ソルタをひとつまみ。
くるくると混ぜてもらう。
『うん。これならいける!』
「できた! リモネソルタ!」
「こちらをボアカツに?」
「うん! 食べる時にちょっとだけつけるの」
揚げたてに直接かけないから、衣もサクサクのまま。
『本当はソースがほしいけど……今日はこれで十分!』
「よーし! みんな食べてみてー!」
完成したボアカツを食べやすい大きさに切り分け、厨房のみんなにも配ってもらう。
もちろん、ランとダリアンにも。
「こっちのリモネソルタを、ちょっとだけつけて食べてね」
「これにつけるんですか?」
「うん!」
まず料理長が、ボアカツの端をリモネソルタへちょんとつける。
そして、一口。
――サクッ。
「…………!」
料理長の目が見開かれた。
「なんだ、この食感は……!」
周りの料理人たちも続いて口に運ぶ。
「うまっ!」
「外がサクサクしてる!」
「ボアの肉って、こんなに柔らかかったか!?」
「この酸っぱいのも合うぞ!」
次々と声が上がり、厨房が一気に騒がしくなった。
『よかったー!』
どうやら大成功らしい。
ランも上品に一口食べて、目を丸くしている。
「おいしいです。先ほどの甘いブレッパとはまったく違いますが……こちらも、とても」
でも――。
さっきのふわふわミルブレッパを食べた時ほど、とろけてはいない。
『やっぱりランは甘いものなんだ。』
そして。
――サクッ。
「…………」
ダリアンが固まった。
「ダリアン?」
「…………うまい」
もう一口。
サクッ。
「……うまい!」
さらに一口。
「これ、めちゃくちゃうまいですよ!」
目を輝かせたダリアンが、ものすごい勢いで食べ始める。
「このサクサクしたところもいいし、中の肉も柔らかいし……!」
リモネソルタをつけて、もう一口。
「こっちつけると、またうまい!」
『あ。』
『ダリアン、これ大好きだ。』
さっきのランとは違う意味で、完全に顔がとろけている。
「お嬢様!」
「な、なに?」
「これ、毎日出ませんか!?」
「毎日!?」
「俺、毎日でも食えます!」
「太るよ?」
「ふと……?」
ダリアンがきょとんとする。
『あ、この世界だとその辺あんまり気にしないのかな。』
「と、とにかく毎日はダメ!」
「そんなぁ……」
目に見えてしょんぼりする。
その様子に、厨房から笑いが起こった。
料理長も楽しそうに笑いながら、残ったボアカツを見る。
「しかし、これは間違いなく皆様にも喜んでいただけますね」
「でしょー?」
「こちらも今後の献立に加えてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
私は大きく頷いた。
「料理長がもっとおいしくしてね!」
「……私が、ですか?」
「うん!」
料理長は一瞬驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「承知いたしました。お任せください」
「お嬢様、俺は味見係やります!」
すかさずダリアンが手を上げる。
「ダリアンは食べたいだけでしょー!」
「バレました?」
「バレバレ!」
また厨房に笑い声が広がった。
『今日はこのへんでおしまいにしよー。』
いっぱい作ったし、お腹もいっぱい。
厨房を出ようとした、その時だった。
「フリージア様」
「なぁに?」
振り返ると、料理長が少し不思議そうな顔で私を見ていた。
「どうして、こんな美味しいものを次々と思いつくのですか?」
「それに……今まで誰もやったことのないことをするのが、怖くはないのですか? 失敗するかもしれないのに」
「んー?」
私は首を傾げた。
「しっぱいしても、いいんじゃない?」
「え?」
「だって、しっぱいしたら、つぎはもっとおいしくしよーって思うでしょ?」
料理長が目を瞬かせる。
「それにね、おいしいもの食べると、しあわしぇになるの!」
私はにこっと笑った。
「だから、いっぱいやってみるの!」
それから少し考えて――。
「お料理も、ぼーけんといっしょだよ!」
「やってみないと、わかんないもん!」
料理長はしばらく何も言わなかった。
「……料理も、冒険ですか」
「うん!」
私にとっては、それだけのことだった。
その日のふわふわミルブレッパも、サクサクボアカツも、ものすごく評判がよかった。
「おいしい!」
「これ、本当にブレッパなのか?」
「ボアの肉がこんなに柔らかくなるなんて……!」
食堂のあちこちから聞こえてくるのは、「おいしい」という声ばかり。
『ふふん。大成功!』
もちろん、
「フリージア、どこでこんな料理を知ったんだ?」
なんて聞かれたけど。
「んー? なんとなく!」
適当に誤魔化しておいた。




