第11話 美味しいの食べたい
それから数日後。
花を眺めたり、噴水を見たり、庭園を散歩したり。
『ゆっくり過ごすのもありかな〜』
そんなことを思いながら歩いていると――
ふわり。
どこからか、何かを焼く匂いが流れてきた。
「……!」
私はぴたりと足を止める。
これは……料理の匂い?
その瞬間、先日のお母様の話が頭をよぎった。
(そうだ! 調味料があるって言ってた!)
眠っている調味料。
気にならないわけがない。
私はそっと鼻をひくひくさせる。
(……こっち!)
どうやら城の奥の方から漂ってきている。
でも。
(普通にキッチンへ行ったら不自然かな)
さすがに「調味料見せて!」とは言えない。
私は少し考え込む。
その時だった。
どこからか声が聞こえてきた。
「失敗したー! あーもう、これ苦手!」
「……ラン助けてぇ〜。来るわけないけど」
どうやら、近くの窓が開いた部屋かららしい。
「……」
ちょっと面白い。
私は隣に立つランをちらりと見上げた。
「ラン、あれって……」
するとランは少し気まずそうに目を逸らす。
「フリージアお嬢様、申し訳ありません。多分、リンです」
(双子のリンちゃんね)
ランとは正反対の、明るくて騒がしい子。
もちろん優秀なんだけど、おっちょこちょいで失敗が多い。
私は思わずくすっと笑った。
「行ってきていいよ」
その言葉に、ランの耳がほんのり赤くなる。
「……申し訳ありません。行かせていただきます」
深くお辞儀した次の瞬間。
――バシュッ!!
ものすごい勢いで姿が消えた。
(うわっ!?)
風圧で髪がぶわっと揺れる。
私とダリアンは思わず顔を見合わせ、ぱちぱち瞬きをした。
(風魔法使ったな)
しかも速い。
完全に本気だ。
ランが走っていった方向は、音だけで分かる。
本当に一分も経たないうちに、さっきの窓の部屋へ辿り着いたらしい。
「えっ!? なんでここにランがいるの!?」
そんな声が聞こえたかと思うと――
バンッ!!
勢いよく窓が閉められた。
私は思わず吹き出しそうになる。
「ランって、たまに恐ろしいよね。ダリアン」
するとダリアンは無言のまま、ぶんぶんと何度も首を縦に振った。
どうやら全力で同意らしい。
でも、今はそれより――
この匂いの元が気になる。
料理。
調味料。
そして今、ランはいない。
つまり――
(ダリアンだけなら誘導できるかも)
私は気持ちを切り替える。
(……とりあえず、お散歩っぽく行こう)
名案だった。
私は何食わぬ顔で、ゆっくりキッチンがある方向へ歩き出す。
すると、近づくにつれて匂いがどんどん濃くなっていった。
焼ける匂い。
これは完全に料理の匂いだ。
ダリアンへ向かって、私は何気ない顔で声をかけた。
「ねぇ、なんか匂いするね」
ダリアンは少し鼻を動かしたあと、頷く。
「料理をしている匂いかと」
「そっかぁお料理かぁ。」
私はぱっと笑顔になる。
「お料理してるところ見てみたい!」
「だから、あっち行こ?」
拒否されても困るから、そのままダリアンの返事を聞く前に小走りで向かう。
別に前世で料理上手だったわけじない。ただ、自炊をしてただけ。でも、ご飯は少しでも美味しく食べたい。
キッチンの前に着くとそーっと中を覗く。
休む間もなく動くスタッフがたくさんいた。
見ている限り、包丁さばきやフライパンの扱いはしっかりしている。
……では、やはり味付けか。
「フリージアお嬢様!」
突然、中の方から声が飛んできた。
その声のほうを向くと、いつも料理を運んできてくれる料理長だった。
目が合ったので、私はにこりと微笑む。
「ごきげんよう、料理長」
貴族らしい笑顔で挨拶を返した。
「どうしてこちらへいらっしゃったのですか? 何か不備がありましたか?」
「それとも、小腹でも空きましたか?」
料理長が少し慌てた様子で尋ねてくる。
「そうじゃないの。お散歩してたら何かいい匂いがしたから、気になって来てみたの」
「少し見学させて?」
にこっと笑いながらお願いすると、料理長も周りのスタッフたちも、癒やされる〜というような微笑ましい表情でこちらを見ていた。
料理長は少し困ったような顔をしたものの、
「分かりました。ただ、危ないものもありますので、あまり触らないでくださいね」
と、許可してくれた。
料理長は厨房へ向かって声を張った。
「みんなはそのまま料理を進めてくれ!」
その声が通ると同時に、止まっていたスタッフたちが再び動き出した。
中をよく見れば、調理器具はかなりしっかり揃っている。
大きな鍋。
見たことのない包丁。
焼き窯まであった。
そして――
調味料棚には、見慣れない瓶や袋がずらりと並んでいる。
(……あれ?)
(もしかして、あれ全部調味料!?)
私は思わず目を輝かせた。
そんな風にきょろきょろしていると、料理長が気を遣うように隣を歩き始める。
私はすぐに棚を指差した。
「あれは何?」
料理長は少し困ったように笑う。
「あれは異国の調味料です」
「陛下が他国から持ち帰ってくださったものなのですが……」
「実は、誰も使い方が分からなくてですね」
「陛下ご本人も、“貰ってきたはいいが分からん”とおっしゃっておりまして……」
周囲の料理人たちも苦笑している。
「下手に使って、不味い料理をお出しするわけにもいきませんので、結局そのまま保管しているんです」
(なるほど。)
私はダリアンへ視線を向け、“あれ取って”と棚を指さしてアピールする。
手に取ってよく見てみる。
見覚えのある形に、思わず目を見開いた。
……これは、胡椒の粒じゃない?
こっちはピンクペッパーっぽい。
それに、これはハーブみたいな香りがする。
乾燥させて、日持ちするようにしてくれていたんだ。
私は胡椒の粒をひとつ、そのまま口へ入れた。
――これは、間違いなく胡椒だ!
ピンクペッパーも同じ。
つまり――棚の上にあるのは、きっと私の知っている調味料たちだ!
隣では、料理長が慌てふためいていた。
突然、私が調味料を口にしたものだから、あたふたしている。
「だいじょうぶよ」
私はそう言いながら、近くにあった小さな木皿へ胡椒の粒を乗せる。
それをスプーンの背で、こつこつと潰していった。
ぷつっ、と殻が割れた瞬間、ふわりと香りが広がった。
(やっぱり胡椒だ!)
私はぱっと顔を明るくする。
そのテンションのまま私は勝手にそのままフライパンで焼かれている肉へぱらぱらと振りかける。
さらに、乾燥ハーブも指先で軽く揉みながら散らしていった。
その瞬間――
料理長は頭を抱えた。
「お、お嬢様〜! なんてことを〜!」
まるで大惨事でも起きたかのような反応だ。
ダリアンも慌てて、
「危ないですから、おやめください!」
と、止めに入ろうとしていた。
ダリアンが私を抱き上げようとした、その瞬間、フライパンから、ハーブの香りと肉の焼ける香ばしい匂いがふわりと漂った。
料理長はショックを受けた顔のまま、鼻をヒクヒクさせた。
そして次の瞬間、信じられないものを見るような顔でフライパンを覗き込む。
私はそっとダリアンの手をするりと抜けると、肉から出た油をスプーンでまんべんなくすくって、上から肉へかけた。
じゅわっ、と音が鳴る。
すると、さらに食欲をそそる香りが厨房いっぱいに広がった。
その匂いに、周囲で作業していた者たちまで思わず動きを止める。
いい感じに焼けてきたので、お肉を取り出したい。
でもさすがに重い。
私は料理長の服をちょんちょんと引っ張った。
「料理長、ねぇ、料理長。お肉を出してほしいんだけど、それを食べやすい大きさに切って」
料理長は、はっと我に返ったように目を瞬かせると、慌てて私の指示に従った。
それを見ていたダリアンが、目を輝かせながら身を乗り出した。
料理長が切ってくれたお肉は、中がほんのり赤みが残る、ちょうどいい焼き加減だった。
切った瞬間、じゅわっと肉汁が溢れ、香ばしい匂いがふわりと広がった。
私は真っ先に一切れ口へ運ぶ。
――美味しい!
いつも食べている肉より臭みがなく、胡椒の刺激がほどよいアクセントになっていた。
「お嬢様、私もいただいてよろしいですか!?」
私は手で「どうぞ」と合図をする。
ダリアンは肉を一切れ持つと、大きな口で「あーーーん」と頬張る。
そして次の瞬間、目を見開く。
「うまい! これ、本当にいつもの肉ですか!? 臭みがなくて食べやすいです!」
その言葉につられるように、料理長も恐る恐る肉を口へ運ぶ。
「……うまい」
ぽつりと呟いたあと、料理長は信じられないというように肉を見つめた。
「いや、うまい……!」
「なぜです!? 少しこの調味料を入れただけなのに、こんなにも美味くなるなんて……!」
その様子を見ていた周囲の料理人たちも、気になって仕方がなかったのだろう。
「わ、私も……!」
「俺にも少しだけ!」
皿へ移された肉は、食べやすい大きさに切り分けられていく。
次々と肉へ手が伸びていく。
そして――
「美味い!」
「なんだこれ!?」
「いつもの肉じゃないみたいだ!」
厨房のあちこちから驚きの声が上がった。
その場には、「美味しい!」という歓声が次々と響き渡っていた。
料理長は興奮した様子のまま、私を見つめた。
「フリージアお嬢様……なぜ、このような味付けをご存じなのですか?」
私はきょとんとした顔をしてから、今思いついたように答える。
「知らないよ?」
「ただ、入れたら美味しそう〜って思ったの」
そう言って首をこてんと傾げる。
その瞬間、周囲の空気が固まった。
料理長は興奮を隠せない様子で、私へ尋ねた。
「フリージアお嬢様。本日のお料理に、こちらを出してもよろしいでしょうか?」
私はにこっと笑う。
「もちろん」
けれど、私はふと気になった。
……ただ、お肉がまだ硬い。
大人なら問題ないかもしれないけど、子どもには少し食べづらい。
私は料理長を見上げた。
「あのね、お肉硬いから食べづらいの。どうにかならない?」
料理長は真剣な顔で腕を組む。
「どうにか、と言われましても……」
一緒になって悩んでいると、私はぱっと顔を上げた。
「お肉を焼く前に、叩いてみよう!」
まるで今思いついたかのように言うと、料理長はすぐさま実践した。
焼き上がった肉を一口食べてみる。
……うん。
さっきより柔らかくて、食べやすい。
周囲から「おおーっ!」と歓声が上がる。
……たいしたことはしてないけど、悪い気分じゃない。
『確かすりおろした玉ねぎとかに漬けても柔らかくなったはず』
みんなが食べてる中私はそのまま厨房を見渡した。
すると、大きな鍋が目に入る。
「あれは何が入ってるの?」
私が尋ねると、料理長はすぐに答えた。
「あれはスープでございます」
……もしかして、毎日出てくるあのほぼ無味のやつか。
私は許可をもらって鍋の中を覗き込む。
中には、人参に似た野菜や芋っぽいものが入っていた。
……これじゃ、旨みが足りない。
ベーコンとかウインナーがあったら、もっと旨みが出るのになぁ……。
そんなことを考えていると、端のほうに鳥っぽい骨が置かれているのが見えた。
私はそれを軽く洗い、そのまま鍋へ入れた。
料理長は呆気に取られ、止めるのも忘れている。
厨房では、そのスープへ次々と視線が集まっていた。
「あーあれはまずい」
「あんな捨てるところまで入れるなんて……」
「終わったな」
「あんなの誰が食べるんだ?」
「また作り直しだよ……」
みんなの心の声が、なんとなく聞こえてくる気がする。
……まあ、気にしないけど。
私は横にあった大きなスプーンを持ち、鍋をひとかきした。
ダリアンは私を支えながら、一緒に鍋の中を覗き込んでいる。
ゆっくりとかき混ぜていくうちに、ふわっといい香りが漂い始めた。
「ダリアン、そこの小さいお皿取って」
ダリアンはすぐに皿を取り、私へ渡してくれた。
私はそこへ少しだけスープを注ぎ、味見をする。
「うん、美味しー。でも、もう少し塩かな」
ダリアンが「塩とは?」
「ん?塩なんて言ってないよ?……ソルタ少し足したいなー」
そこし誤魔化しながら塩を少し足し、もう一度味見。
……うん。
私は満足そうに頷き、ダリアンへぐーっと親指を立ててみせた。
すると、ダリアンもつられるようにぐーのサインを返してくる。
「ダリアン、飲んでみて」
その瞬間、周囲からは、
“終わった……”
“もう駄目だ……”
とでも言いたげな視線が集まった。
ダリアンは皿を受け取り、恐る恐るスープを口へ運ぶ。
そして――
「うまい! うまいです、フリージア様!」
ダリアンは目を輝かせながら声を上げた。
「何なんですか、この味は!? あんな部分、誰も食べないっすよ! ……でも、うまい!」
私は勝ち誇った顔で、「どうだー」と言わんばかりの態度を取った。
その「うまい」の一言を聞いた瞬間、料理長が慌ててスープを一口飲む。
そして、目を見開いたかと思えば、もう一口。
「フリージア様、こ、こ、これは美味しいです!」
「な、なぜこんな味になるのですか!? 今までの料理とは、まるで別物です!」
その言葉を聞き、周囲の料理人たちも次々と味見を始めた。
「この味付けで今日は仕上げろ!」
料理長が声を張り上げる。
その一言で、料理人たちはすぐさま動き出した。
厨房には慌ただしくも楽しげな空気が広がっていく。
「あっ、そのあく……えーその白く浮いてるの取ってね。」
「何故ですか?」
説明が難しい。
「取ったほうがきれいやスープになるでしょ。見た目も大事だよ」
「おー!確かにそうです!料理は見栄えも大事ですから!お嬢様よくご存知で!」
何とか乗り切った。
今日は、とりあえずこれでいいかな。
(また来たいけど……さすがにお父様に聞かないとダメだよね)
帰り際、私は料理長へ振り返る。
「また来てもいい?」
料理長はフライパンを振りながら、嬉しそうに笑った。
「もちろんです。ぜひ、またお越しください!」
その言葉を聞き、私は満足して厨房をあとにした。
厨房からは、たちまち食欲をそそるいい匂いが広がっていく。




