第二章 いたずらな蓄音機 ③
「思い出話に花を咲かせているのかな?」
俺が混乱していると、入口から穏やかで落ち着いた声がした。エドワードだ。
彼は苦笑しながら、俺の横に座る。
「クリス、久しぶりだね」
「やあ、エド。君の話をしていたんだよ」
「そうみたいだね。やだなぁ、僕のいないところで噂話なんて」
「いやいや、君が格好良く活躍した話をしようとしてたんだよ」
「どうだか」
エドワードが肩を竦めると、クリスは楽しそうに笑った。
俺と二人の時よりも、幾分かリラックスしているのが分かる。エドワードも旧知の相手だからか、表情が一層穏やかになっている。
「エドは、ウェストミンスターのパブリックスクールに通ってたと聞きましたよ。言ってくれたらよかったのに」
「まあ、そうなんだけど。人混みの中で言うことじゃないからね」
「え、そうなんですか? 卒業生だとバレたらヤバイくらい荒れてたとか……?」
「荒れていた? ……悠大くん、もしかして勘違いしてる?」
エドワードが何か思い至ったように尋ねてきたので、俺は「勘違いとは?」と尋ね返した。
公立の学校で、外で卒業していることを話せないとなれば、荒れていてあまり評判が良くないなどの理由からだと思ったのだが。
エドワードは、確かめるように問うてきた。
「えっと、“パブリックスクール”ってどういう意味か分かるかい?」
「公立の学校じゃないんですか?」
「ああ、やっぱり……」
「ははは、なるほど。これは我らが英国の学校システムのせいだな、エド」
苦笑するエドワードと、からからと笑うクリス。俺はますます混乱するばかりだ。
エドワードは、俺に向き直って言った。
「パブリックスクールは、公立の学校とは意味が違うんだ。プライベートスクールは分かる?」
「私立ですよね?」
「うん、そう。そしてイギリスでは、公立学校はステイトスクールって言うんだよ」
「え、じゃあパブリックスクールは?」
「ざっくり言うと、超金持ちの通う学校だな!」
「クリス、それは雑すぎじゃないかな……」
エドワードが呆れたように呟く。しかしクリスは、気にした風はない。
パブリックが公を指す言葉だから、てっきり公立だと思っていた。だがそうではなかったらしい。そして、エドワードもクリスも、その“超金持ち”の一人ということになる。育ちは良さそうだと思っていたけれど、まさかそれほどだとは。
それならば、たしかに外でおいそれと卒業生だと言えないだろう。危なすぎる。
もしかしなくても、俺はとんでもない人たちと話しているのでは。
心の奥が一瞬、畏れにひゅっと冷たくなる。
ザ・庶民を地で行く俺には、場違いな気がした。
「エド、お前もしかして、相変わらず自分の話をしないのか?」
クリスが、俺の反応を見てエドワードに問う。少し眉を顰め、不服そうだ。
エドワードは、フンと鼻を鳴らし足を組んだ。
「ぺらぺらと自分の事情を話したりしないだろ。君が変なんだよ」
「失敬だなぁ! 私みたいな成り上がりと仲良くしてくれるお前も、十分変だろ」
「クリス、僕はその言い方が嫌いだ」
「分かってるよ、冗談さ」
肩を竦めるクリスに、エドワードはやれやれと呆れ顔をする。仲の良い二人の距離感が、どれほど親密かを教えてくれた。
二人のおかげで、俺は少しリラックスできた。
秘密主義のエドワードはきっと、他にもとんでもない爆弾を持っていることだろう。だが、俺にとってのエドワードは良き雇い主だし、親しい友人……のはずだ。今は、それで良い。
「それで、クリス。君は何しに来たんだい? まさか、雑談をしに来たわけでもないだろ」
「ああ、そうだったそうだった。実は、うちにある蓄音機が変なんだよ」
クリスが思い出したように座り直して、携帯に入った画像を見せてきた。そこには、古そうではあるが普通に見える蓄音機が写っている。
「変とは?」
「それが、俺が音楽を聴こうとすると、音が飛んだり、聞こえなくなったり、金切り音みたいになったりするんだ。でも、他の奴に聞かせようとすると、普通に音楽を聞けるんだよな」
「それは、たしかに変ですね……」
「だろ? だから、嘘つき呼ばわりされかねなくて」
故障しただけなら、人に合わせて音が変わるようなことは無いはずだ。それなら、精霊の仕業かもしれない。
それで、エドワードを頼って来たということか。
「肝心の蓄音機はどこに?」
「実家。持ってこようと思ったんだが、運ぼうとしたらまるで地面とくっついてるみたいに動かなくてさ。悪いけど、来てもらっていいかな?」
「構わないよ」
「ユウタもおいで。うちは小さいけど、良いところだよ」
「え、あ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
てっきり留守番だと思っていたが、クリスが快く誘ってくれたので頷く。イギリスに来てからロンドンから出たことがなかったので、初めての遠出だ。
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