最終章 迷い家の約束 ②
少し歩いたところで、古びた古民家が現れた。明かりがぼんやりと点いているから誰かがいるのだろうか。
エドワードはそのまま無遠慮に戸を開ける。
俺はその荒々しい行動に驚いて、エドワードを見た。だがエドワードは気にした風もなく、中へ入り、有無を言わせず俺を玄関口に座らせる。
「少し待っていて」
彼はそう言うなり、家の奥へと去って行った。
俺は改めて、この家をぐるりと見回してみる。
茅葺屋根で、木造の日本家屋だ。日本昔話に出てくるようなそれは、内装も古民家らしい造りをしている。いつの時代のものなのか、廊下の棚の上には、黒電話が置いてあった。
普通の家に見えるけれど、うっすらと違和感が残る。その奇妙な感覚に首を傾げているうちに、エドワードが戻って来た。
「お待たせ。まずは、これに着替えて」
彼はタオルと浴衣を持って戻ってきた。
言うことを聞きたくなくて渋っていると、僕が着替えさせてあげようかと言ったので、しぶしぶ従う。
下着以外の全てを着替えると、冷えた体は、少しだけ体温を取り戻した。
「それじゃあ、次はこっち」
濡れた服を回収したエドワードが家の中へと案内した。八畳ほどの畳部屋には、こたつが置かれている。
中に入るように促されたので、やはりしぶしぶ従う。布団をかければ、温もりが半身を包み込んだ。
慣れた足取りであれこれしているエドワードに、俺は声を掛けた。
「ここは、エドの別荘か何かか?」
伯爵家ともなれば、別荘の一つや二つ持っていてもおかしくない。
この町には初めて来たという様子だったけれど、もし車で送迎されていたならば、俺の町のことを知らなくても不思議ではない。
そう思って尋ねたのだが、エドワードはきょとんとした顔をしたあと、何か思い至ったようにハッとした。
「ああ、気付いていなかったんだね。ここは、マヨイガだよ」
「マヨイガ?」
「そう。迷う家と書いて、マヨイガ。人里離れたところにぽつんと現れる、家の妖だよ。招き入れられた人の望むものは何でも手に入るし、やってもらえる」
「どうしてここに、マヨイガがあるってわかったんだ?」
「気配を感じたからね。こうして入れたってことは、中は自由に使って良いってことだと思う。遠慮なく、使わせてもらおう」
それじゃあ待っていて、とエドワードは再び姿を消した。
エドワードは、妖という言葉を使っていた。ということはおそらく、このマヨイガは日本の存在なのだ。
そして、気配を感じたとも言っていた。それはつまり、エドワードは今でも精霊たちを感知できるということになる。
人にせよ精霊にせよ、ただ声だけがその存在を示すわけではない。そこに何かがいれば気配を感じるし、視線を受ければ違和感を覚える。言葉が聞こえなくても、存在ごと消えてしまうわけではない。
ヘルが言っていた。耳を奪われても、それ以外の力まで無くなるわけではないと。
それは俺にとって救いでもあり、重い現実でもあった。
孤独とは、周囲に人がいるほどに、強く感じるものである。




