↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英国骨董屋の奇妙な日常  作者: 秋野 七種


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/54

第七章 願いの代償 ③

 何往復かのやりとりのあと、女王がハハハと声を上げた。

「エドワードとやら、気に入ったぞ。この我にそこまで強気に出るとはな」

「もったいないお言葉でございます」

「そなたは、ミッドガルドに迷い込んだものたちを、こちら側へ還しているのだったな?」

「……ご存じだったのですか」

「もちろんだとも。我の配下も、いくらか世話になった者がいる。そこのフェンリルも、そなたに世話になったようだな」

「そうだぜ。俺は、エドには頭があがらねぇんだ」

「大げさです」

「そなたの願いは、それほど面倒なことでもない。そなたの今までの働きに免じて、今回は手を貸してやるとしよう」

「それは……本当でございますか」

「我に二言は無い。だが、一つ外せぬことがある。そなたも知っての通り、我々の世界では、均衡がもっとも重要である。ヒトは本来、我々に交渉をするなど許されない」

「……はい」

「よって、そなたの代償は、その耳だ」

「耳、ですか?」

 俺は絨毯を見つめながら、目を見開いた。ぎゅっと手を握り締める。

 エドワードは冷静に、女王の意図を探っていた。

「それは、どういう意味でしょうか」

「そなたは我らの声を聞く力を持つ。交渉はその力によるものであり、ゆえにその力を代償とするのだ」

「……ではもう私は、貴方様や他の精霊たちの声を聞くことはできないと?」

「そうなる。なに、全てが無くなるわけではない。ヒト同士では支障なく言葉を交わせる。それに、我々を視る力も触れる力も、残り続ける。ただ、我らの声を聞けなくなるだけだ」

 それはつまり、ブラウニーやピクシーたちの声も聞こえなくなると言うことだった。

 エドワードにはどんな時も、精霊が傍にいた。パブリックスクールでも、精霊とともに過ごしていたという。

 耳を失うことは、それらの繋がりを失うことと同義だった。

「そんなっ!」

 俺は思わず顔を上げ、声を発していた。

 ヘルと目が合う。彼女は不機嫌そうに眉を寄せ、俺を睨みつけた。

 失態を犯したと気が付いた時には、すでに遅かった。

「我はそなたに、発言を許可していない」

「も、申し訳ございません……」

「そなたには罰を与える。おい、そこの者。アレを取ってこい」

「待ってください、女王陛下。どうか寛大な処置を」

 エドワードが跪(ひざまず)き、懇願するように叫んだ。

 俺はただ、申し訳ありませんと言葉を繰り返すことしかできない。

 フェンリルはただ様子を見ているだけで、俺を助ける気はさらさらないようだった。

 亡者は何かの液体が入った銀杯を、女王へと手渡した。彼女はそれを見ると、満足そうに頷く。

「そなたはヒトの子ゆえ、父のように再生はせぬ。ゆえに、顔ではなく腕にしてやろう。おい、準備をしろ」

 亡者はヘルの言葉を受け俺の体を抑えると、右腕の袖をまくり上げ、傍らのテーブルの上へと押し付けた。

 女王はゆっくりと、俺に近づいてくる。

「へ、陛下。それは一体、なんでしょうか」

 エドワードがおそるおそる尋ねる。するとヘルは振り返り、杯を掲げた。

「これは、我が父が今なお牢獄で受け続けている、毒蛇の毒だ」

「父……ロキ殿ですか?」

「そうだ。父はオーディンの息子を殺した罪で、牢に囚われている。あの非道なる王は、我が父を愛する子の腸で縛り付け、その上に毒蛇を置き、永久に毒に責められるようにしたのだ。義母のシギュンがなんとか責め苦に触れぬよう、杯をもって防いではいるが」

「……では、その杯は、シギュン殿が集められた毒ということですか」

「そうなる。罰として垂らすのは一滴だが、あの屈強な父が絶叫するほどだ。さて、人間はどこまで耐えられるかな」

「お待ちください、陛下。彼を連れて来たのは私です。私が代わりに」

「ならん。これはそなたの咎ではない。罰は、この者が受けるべきものだ」

「どうか、どうか……寛大に……」

 エドワードが悲痛な声で願う。だが、ヘルはそれ以上聞き入れる気はないようだった。

 緊張で、呼吸が浅くなる。心臓が口から出そうなほど、震えている。

 泣き出したいけれど、涙が出る余裕すら無い。

 それほどまでに、ヘルが俺に向ける視線は冷たく、恐ろしかった。

「ヘル、そこまでにしてあげたらどうだ?」

 声は、意外なところから聞こえた。それは、恐ろしさに目を瞑(つむ)った俺の、遥か頭上だ。

 ゆっくりと目を開き、声の方向を見る。

 頭上には、真っ黒な大蛇がいた。何メートルもある天井のぎりぎりに、その頭はある。尾は、俺とヘルの間に割り込まれている。

「どういうつもりだ、ヨルムンガンド」

「ヒトは脆い。強い痛みで死ぬこともあるという。父が絶叫をするほどの毒なんだぞ。この者は、死ぬかもしれない。ヒトの子を殺したとなれば、均衡は、お前を断罪するぞ」

「……だが、無礼を働いたのはこの者だ。罰を与えなければ、示しがつかない」

「罰なら十分だろう。見てみろ、この恐怖に震える姿を。もう二度と、お前に逆らうことは無いだろうさ。そうだろう? 小童」

「……は、はい、もう二度と!」

 ヨルムンガンドに問われ、俺は壊れるのではないかと思うくらい、頷いた。

「見てみろ。お前へ無礼を働いたのも、エドワードを心配してのことだ。その毒で罰されるほどのものではないと思うが?」

 ヨルムンガンドがそう言うと、ヘルは大きく溜息を吐いた。

 そして踵を返し、玉座へと戻っていく。

「……今回は、兄の口車に乗せられてやろう。次は無いと思え」

「あ、ありがとうございます」

 亡者に解放された俺は、その場で跪いて礼を述べる。今度こそ、視線は絨毯に縫い付けたまま。

 エドワードも俺の横で、深々と頭を下げる。

「陛下、寛大な処分、ありがとうございます。ヨルムンガンド殿も、本当にありがとうございます」

「ま、良いってことよ。マブダチから、手助けしてくれって頼まれたからな」

「ご友人、ですか?」

「ああ。お転婆な海の王女様だよ」

 その言葉に、俺は人騒がせな王女を思い出す。たしかに彼女は、困った時は助けてくれると言っていた。

 それに、とヨルムンガンドは話を続ける。

「俺は小童を結構気に入ってるんでね。ここで死なれちゃ、つまらん」

「悠大くんを?」

「そうだとも。小童は毒かもしれないお前の血を躊躇なく飲み、この世界に怯えることなく立ち向かった。俺は、そういう気骨のある奴が好きなのさ」

「ありがとうございます。彼もきっと、心から感謝していると思います」

 俺はエドワードの言葉を裏付けるように、伏せた頭をさらに深く下げる。

 正直、エドワードの添え物くらいの価値しか無いと思っていた。実際、俺ではフェンリルの力を借りることはできなかっただろうし、ヘルと交渉をするなども無理な話だった。

 けれど、ヨルムンガンドは俺を気に入ってくれて、助けてくれた。俺はそれが嬉しくて、熱いものが込み上げて来る。

 絨毯に、ぽつりぽつりとシミができる。だが、それを咎める者はいない。

「では、エドワード。そなたの願いを聞く代わりに、そなたの耳をもらう。それで良いな?」

「はい、陛下。しかし、契約のタイミングですが……」

「分かっている。黄泉醜女を無事イザナミのもとへ引き渡し、言伝を終えたところで、契約は履行される。それで構わんだろう?」

「構いません。それでは、契約を」

 俺はただ、その様子を聞くことしかできない。口を挟むことも、様子を見ることさえ、許されなかった。エドワードがどんな表情をしているのかも、分からない。

 自分のせいで、エドワードが大切なものを一つ、失う。それは彼にとって、きっと命の次と言えるほどのものなはずだ。そして、俺と出会わなければ、失うはずのなかったものだった。

 目から零れ落ちる涙は、どんどんとシミを広げていく。

 鼻を啜る音が聞こえていても、エドワードは淡々とヘルとの契約を進めていく。

 彼の中ではもう、決まっているのだ。

「これで契約は成立。我と交わした契約は絶対。互いに反故にはできぬ」

「女王陛下。この度は私の願いを聞き入れてくださり、ありがとうございました。改めて、心より御礼を申し上げます」

「よいよい。それより、エドワードとやら。お前、他の神ではなく我のところへ来たのは正解だったな」

「と、言いますと?」

「我はイザナミとは、茶飲みの友でな。イザナミへは連絡が付きやすいのだ。あやつは引きこもり体質だから、他の神では苦労したろう」

「それはまた……、私は、幸運でした」

「そなたも、そこの無礼者も、運が味方しているようだな。神が微笑むのは、善き行いをする者のみ。これからも、せいぜい清く正しく生きると良い」

「はい、精進いたします」

 こうして交渉を終えた俺達は、ヘルによって開けてもらった“あちら側”からの出口から、元の世界へ帰ることとなった。

 立てなくなっていた俺を引きずるようにして去るエドワードに、フェンリルは寂し気に、今まで楽しかったと告げた。

 すべてが終わった後、フェンリルとエドワードはもう、言葉を交わすことができなくなる。耳を失うということは、フェンリルの言葉はもう、届かないということだから。

 エドワードは静かに、頭を下げる。

 そして、今度は振り返ることなく、“あちら側”を後にした。


・*・*・*・


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。