第一章 黄昏の骨董屋 ③
ピカデリーサーカスの駅から五分ほど歩いたところにある路地裏に、『ルーメン・クレペルム』はあった。看板らしい看板は無く、最初素通りしてしまった。入口の半分を占めるショーウィンドウには、いくつかの古い雑貨が置いてあるだけである。
扉を開けると、ドアベルがチリンと響いた。室内は少し薄暗く、人の気配はない。
「お、お邪魔しまーす」
おそるおそる声を掛けると、店の奥でカタリと音が鳴る。次いで、入口の近くでも。店の奥側にあるカウンターの裏でも。しかし、いずれも人の気配はない。
気のせいか、風か、あるいは別の理由なのか。ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
店内は、壁やテーブルに所狭しに物が並べられていて、人が通れるスペースは広くない。うっかりすると壊しそうなので、俺は持っていたカバンを低い位置に持ち直し、ゆっくりと奥へと進んだ。
「え、エドワードさん……?」
俺は弱々しい声で、店の主を呼ぶ。だが、返事をするように、どこかでカタリと音が鳴るだけだった。
もう帰ろうかなと思った時、カウンター横にある奥へ続くドアが開く。
「お待たせいたしました。お店、分かりづらかったでしょう? 奥へどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
すらりとした、チョコレート色の髪を後ろに括った華奢な青年が、そこにいた。真顔に近い表情だが、俺を拒んでいる気配はない。
彼が招くように扉を支えたので、そのまま奥へと足を踏み入れる。
スタッフさんだろうか。けれど、たしかスタッフがやめたと言っていなかったか。前の人が来てくれたのか。
俺が尋ねる前に、彼が口を開いた。
「申し遅れました、私はブラウニー。店主より、貴方をお部屋に案内するよう仰せつかりました」
「あ、斎藤悠大です。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。私はお店の方にはあまり顔を出しませんが、二階の生活スペースにおりますので、何か分からないことがあれば遠慮なく聞いてください」
垂れた目尻が少しだけ柔らかく下がる。灰色の瞳は、どこか人間離れした怪しさがあった。
生活スペースとは、これから俺が住む予定の場所だろう。いくつか部屋があると言っていたから、そのうちの一つが彼の場所なのかもしれない。
しかし、たしか生活スペースは店の上だったはずだ。
俺は不思議に思って、彼に尋ねた。
「一階の生活スペース?」
最初、ブラウニーは俺が何を尋ねたか分からなかったようで、怪訝な顔をした。しかしすぐに思い至ったようで、口の端がふわりと上がる。
「ああ、二階です。ファーストフロア。アメリカの言葉に合わせるなら、セカンドフロアですね」
「ああ、なるほど。そっか、すみません」
「いえ、気にしないでください。正当な英語を学べる、良い機会になりそうですね」
わお、ブリティッシュジョーク。イギリス人は英語に誇りがあると聞いたことがあるけれど、どうやら本当らしい。きっと本当の皮肉は、こんなものではないのだろう。この調子では、発音も直されそうである。
ある程度コミュニケーションを取れるとはいえ、俺は英語が堪能なわけではない。だがせっかくワーキングホリデーでやって来たのだから、もっと流暢に話せるようになりたい。単語も発音も、直してもらえるなら、それに越したことはないのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら廊下を進むと、ブラウニーは突き当りのドアを開いた。




