第一章 黄昏の骨董屋 ②
近くに停めているという車のもとへ向かうと、黒塗りの艶のある車があった。車は詳しくないけれど、高そうということは分かる。英語の発音や身なりの良さからしても、ただの気のいいお兄さんというわけでは無さそうだ。
座り心地の良い柔らかな椅子が体を包み込む。ベージュを基調とし、差し色に黒が入っているような、センスの良い内装だ。
車は滑らかに動き出した。
「ウェストミンスターまで直行する? それとも、他に行きたいところがあるかな。今はコヴェントガーデンの近くだよ」
「直行で大丈夫です、ありがとうございます」
「本当に? 遠慮しなくて良いよ。僕もこの後は暇だし、観光に付き合うくらいはできるよ」
「いやいや、さすがにそれは……」
いくらなんでも、初対面の相手を連れ回すほど厚かましくはない。むしろ、なぜ彼がそこまで親切にしてくれるのかが不思議だった。気を遣っているのか、会話もずっと日本語だし。
だがそれを聞くのは失礼な気もして、俺はひとまず素直に彼の優しさを受け取ることにした。
車内にはクラシックが流れている。知っている曲も知らない曲もあるが、いずれも穏やかで優しく、少し物悲しい旋律だった。
エドワードが正面を向いたまま、俺に尋ねてきた。
「悠大くんは、観光でイギリスに?」
「あ、いえ、実はワーキングホリデーで来たんです」
「ワーキングホリデー? ああ、そういえばそんなシステムがあったね。あれだろ、海外から短期で働きに来るやつ」
「それです。まだ来て二週間で、今のうちに観光しようかなって」
働き始めてしまえば、忙しくてゆっくり観光をしている暇も無くなる。それにイギリスはヨーロッパを回る拠点としても良く、できれば他の国にも行ってみたかった。なので、仕事に就く前に観光に勤しんでいるのである。
エドワードは少し考える素振りを見せた後、それなら、と口を開いた。
「働き口がもし見つかってないなら、うちで働くかい?」
「え?」
一瞬何を言われたか分からず、俺は反射的に聞き返した。少し遅れて意味を理解し、エドワードへ顔を向ける。
エドワードは肩を竦め、困った調子で小さく溜息を吐いた。
「ちょうど先週、従業員がやめてしまって。うちは小さな店だから、スタッフはそれほどいらないんだけど、さすがに一人で切り盛りするのは厳しくてね」
「でも、会ったばかりですよ……」
「普通に面接しても、会ったばかりの相手をジャッジするのは変わらないよ。それに、君は信頼できる」
「実はすごく悪い奴かもしれませんよ。お店の物を盗っちゃうかも」
「……悠大くん、君の目の前に置いてある腕時計がいくらか知っているかい?」
彼の言葉に、正面のダッシュボードの上にちょこんと置かれた腕時計を見た。黒を基調としたシックなものではあるが、ダイヤのような宝石が嵌め込まれているのが分かる。
正直に言えば、腕時計があることに今初めて気が付いた。
俺の様子に、エドワードがフッと笑う。
「君はこの車に入ってから、一度も置いてあるものに目を向けてないだろ? 車の内装は見回していたけれどね。それに僕と話しても、車に招いても、一度も態度を変えてない。君が、こういったものに興味がない証だね」
「それは、見回すのも失礼かなと思って……」
「うん、そういうところも気に入っているんだよね。君は、自分の気持ちを制することができるタイプのようだ。僕に聞きたいことがあっても、結局聞かずにいるだろう?」
図星だった。
俺はたしかに何度か言葉を引っ込めたし、車では内装や椅子、音楽にしか意識を向けていなかった。身なりの良い男の車なのだから、高いものの一つや二つ置いているだろうに。
まさか彼と出会ってから三十分あまりで、そこまで見られていたとは。俺も彼が信頼できるのか考えてはいたけれど、彼も彼で俺を見極めていたということだ。
その優しい瞳の奥で、そうとは気付かせないまま。
食えない人だな、と思った。けれど、嫌な感じはない。
「悠大くんが良ければ、どうかな。勤務開始日も時間も、できる限り融通するよ? 給与も弾むし、泊まり込みでも良いよ。もし希望があれば遠慮なく言って」
そこまで言われてしまえば、断る理由も無かった。
仕事を見つけるのは簡単ではない。ロンドンは家賃も高く、最低賃金では生活がやっとである。それもコンスタントに出勤できたらであって、シフト制のアルバイトではどうなるか分からない。
少なくとも彼は怪しい人物ではないだろうし、何かあれば全力で逃げればなんとかなるだろう。腕に多少の覚えもある。
俺はぺこりと頭を下げて、よろしくお願いしますと伝えた。
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