第五章 人喰い絵画 ①
夏。
イギリスの北に位置するエディンバラは、ロンドンに比べると過ごしやすい気候だった。
中世をそのまま残したような美しい旧市街は、右も左も人でごった返している。行き交う人々を歓迎するのは、あちらこちらから聞こえるバグパイプの音だ。
「すごい、これ生演奏だよな?」
「そうだよ。たぶん、そのあたりに……ああ、ほら、あそこ」
エドワードの言葉に、俺は彼が指さす方を見る。
道の片隅で、キルトスカートを履いた男性が、大きな楽器を抱えていた。複雑な形をしていて、吹くには相当の技術が必要そうである。
バグパイプは、スコットランド兵の象徴でもあるそうだ。戦場ではこの音が響き渡り、味方を鼓舞する。そして逆に、敵は慄いたという。この音が止まるまでは、戦いが終わっていないと言うことだから。
なんとも凄まじい話である。
隣に立つ美丈夫は、きっとキルトスカートも着こなしてしまうのだろうな。そんなことを想いながらエドワードを見ると、彼は俺の視線に気が付いて不思議そうに首を傾げた。
「それで、迎えはいつ来るって?」
「もう少しで着くって。新市街の方だから、移動しようか」
エドワードが促すように坂を下り始めたので、俺は彼の後に続いた。
俺達がスコットランドまで来ているのは、何も観光のためではない。
閑古鳥すら鳴くのをやめそうな暇に押し潰されかけていた頃、およそ半年ぶりにやって来た依頼は、フィリップからだった。
夏に遊びに行くと約束をしていたからその呼び出しかと思っていたが、どうやらそうではなかったようで。
出張先から慌てて帰宅したエドワードは、俺にすぐに旅行支度をするように言った。
「人が消えるんだっけ?」
俺は、隣で車窓を眺めるエドワードに声を掛ける。頷いた彼の顔色は、少し悪い。
「そうらしい。使用人が何人か、失踪している。それも、特定のエリアを担当していた人がね」
「仕事中に?」
「うん。それで兄上が調査したところ、母の部屋にある絵画が原因だってわかったんだ」
「母上って……えっと」
どっちの、という聞き方をして良いか迷っていると、エドワードがこちらを見て苦笑した。
「そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ。僕の実母のことだ」
「エドのお母さんか……」
エドワードの母といえば、たしか彼が幼い頃に家を出て行った人だ。置いて行かれたと、そう言っていた。
「その、どんな人だったか、聞いても?」
「悠大くんが気になるなら、何でも聞いて」
エドワードは斜め上を見上げながら、そうだなと口元に手をやる。何と言ったら良いか悩んでいるようで、しばらく視線をさまよわせていた。
俺はその様子を見ながら、じっと彼の言葉を待つ。
エドワードの瞳は穏やかなままだった。自分を置いていった母親の話など辛いだけかと思ったけれど、彼の中ではすでに昇華しているのかもしれない。
何かを思いついたように、エドワードはぽつりと声を漏らした。
「月夜の海みたいな人だったな」
「月夜の海?」
「優しくて穏やかで、まるで月夜に凪いだ海のような人だった。暗闇をそっと照らしてくれるんだ」
「……きっと、素敵な人だったんだな」
「うん。肖像画があるから、家に着いたら見せてあげるよ」
「エドはお母さん似?」
「そうだね、母に瓜二つだとよく言われていたよ。それで父が拗ねて、二人で慰めたこともあったな」
懐かしそうに微笑むエドワードに、俺は胸の奥が少し痛くなる。
その幸せは、束の間の夢だったのだ。エドワードの母は家を出て、父親はほとんどエドワードと触れ合うことなく亡くなった。兄の母親からは虐げられ、それに耐える日々は、彼にとって苦しい時間だったに違いない。
ただそれでも、エドワードにとって辛いだけではなかったことに、俺は少しほっとした。
「いなくなった人たち、無事に帰ってくるといいな」
「……そうだね。皆、大切な家族だから」
いなくなった人の中には、見知った名前もあったのだろう。
エドワードは祈るように呟いて、それきり何も言わなかった。




