第四章 金色の宝物 ⑨
ロンドンを北へ西へ。
俺は今、イーリングの町に来ている。駅名は、イーリング・コモン。駅が地上にあって、少し新鮮だった。
穏やかでなごやかな空気が流れている。そしてロンドン中心地と最も違うところは。
「日本人が結構いますね」
そう、日本人の量が多いのだ。
そういえば渡英前に見た住居情報で、このエリアには日本人が多く住んでいるのだと書いてあった。治安が良く、シティへのアクセスもしやすいため、企業の駐在先に選ばれやすいのだという。
「本当にこの辺にいるの?」
「そのはずですよ。あたしの耳を舐めちゃいけません」
「別に疑ってはないけど……」
駅近くにある広めの公園にピクシーがいるとの情報を受け、俺とエドワード、そしてケットシーがやってきている。
やはり彼のNNNはすさまじく、ものの十分程度で突き止めてしまった。
しかもリアルタイム更新ができるらしく、地下鉄で移動している途中でも、動向を追ってくれていた。
ちなみに、猫による足止めもしてくれているらしい。なんでも、動物は精霊が視えるのだとか。だから動物があらぬ方向を見ていた場合は、そこに精霊がいる可能性もあるようだ。
イーリング・コモンの広場は見通しがそれなりに良いが、ピクシーの姿は見当たらない。
俺がケットシーを見ると、ケットシーは耳をぴくぴくと動かしたあと、こっちですと案内してくれた。
木の陰には、見知った姿。複数の猫に囲まれている。
「ピクシー!」
猫に怯えていたピクシーは、俺の声を聞くなり俺のマフラーにもぐりこんだ。
体が震えているのは、猫の恐怖だけではないだろう。店の中であれほど寒がっていたのだ。きっと、体の芯から冷えているに違いない。
俺はマフラー外してピクシーをくるむ。
「見つかって良かった。心配したんだぞ」
「うっ」
「セイレーンから聞いたぞ? イタズラしたんだって?」
「ううっ」
「指輪、返してくれるよな?」
「うぅ~~っ!」
ううとしか言葉を発さない彼を不思議に思って覗き込むと、その眼には大粒の涙が流れていた。
俺はぎょっとして、慌てて手で拭ってやる。
「ど、どうしたんだよ、ピクシー」
「僕、返さないよ、だって、あいつ、エドに嫌なことした」
鼻を啜りながら、ピクシーはそう言ってプイとそっぽを向いてしまった。
それは困る。あれはエドワードにとってもフィリップにとっても、本当に大切なものなのだ。
俺は何というべきか考えあぐねてエドワードを見ると、彼は真剣な顔でピクシーを見ていた。
「ピクシー、君は指輪を持っていなかったね。どこへやったの?」
「い、言わないもん! 秘密の場所に隠したんだから!」
「頼むよ。あれは、僕にとってもとても大切なものなんだ」
「でも、あいつ、嫌い。エドだって嫌いだろ、なんであんなやつのために!」
「あんなんでも、兄なんだよ。それに、あれが無いと、僕もすごく困る」
「知らない、僕は返さない!」
「――っ!」
言葉にならない音が、短く発された。その声は、不思議と頭が痛くならない。
ただピクシーには効いたようで、びくりと大きく肩を揺らした。
厳しい表情だったエドワードが、困ったように笑う。
「頼むよ、ピクシー。僕たちは友達だろう? だから君は、僕にこの名を託してくれたんだ。僕だって、できれば大切な名前を使いたくない。僕に、命令させないで」
さっきの音は、ピクシーの名前だったのだ。そしてそれは、命令できてしまうほど、強い鎖らしい。
エドワードが願うように言うと、ピクシーはわなわなと震え、大声で泣きだした。
「うわ~ん! エドに嫌われた~!」
「嫌ってないよ、ピクシー。僕は君が大切だから、お願いしているんだ」
「でも僕、エドをすごく困らせた」
「困ったけど、そんなことで僕たちの友情は消えないだろう? 違うかな?」
ピクシーはひっひっと声をひくつかせる。
そしてマフラーから飛び出して、エドワードに抱き着いた。いや、へばりついた。
ピクシーはそのままエドワードの高級なコートに顔を押し付けながら、高らかに叫んだ。
「ごめんなさーい! 僕を嫌わないで~!」
「嫌いになんてならないよ。さあ、どこに隠したか教えて?」
「お店の近くの、赤い提灯と門があるところに、隠したの」
「赤い提灯と門? ……ソーホーか!」
つまりピクシーはケンジントン付近の事故現場からエンジェルへ向かい、ソーホーに立ち寄って、イーリングまでやってきたということだ。随分と長旅である。しかも、ほとんどすれ違っていたようなものだ。
しかし、こんな小さい体でそんな長距離を簡単に移動できるとは思えない。
「どうやって移動したんだ? まさか、飛んできたわけじゃないだろ?」
「赤い車に乗って来たの。二階建てで、ヒトがたくさん乗るやつ。指輪を隠したあとも乗ってたんだけど、途中で地面の下を走ってるやつに乗った」
「バスに電車か。なるほど、長距離移動できるわけだな」
俺はがっくしと肩を落とした。
ロンドンのバスは、至る所にクモの巣のように張り巡らされている。それも、今の時間なら、かなり頻繁に来るはずだ。そのうえ電車も使ったとなれば、移動距離が延びるのも頷ける。
「とにかく、指輪を取りに行こう。誰かに見つかる前に回収しないとね」
俺はエドワードの言葉に頷いた。




