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英国骨董屋の奇妙な日常  作者: 秋野 七種


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第四章 金色の宝物 ⑧

 歌は、セイレーンによるものだった。

「だって、エドが嫌がってたから! ちょっと痛い目見たら、きっともう来ないでしょ?」

「……君が僕を想ってくれたのは嬉しい。ありがとう。でも、二度とこんな真似はしないでくれるかな」

 人魚の姿をした女性が、カウンターに座るエドワードを不服そうに見た。

「どうして? あの男のこと、嫌いなんでしょ?」

「それでも、駄目だ。もし兄上が死んでいたら、僕は一生、君を許せなかったよ。君は、僕に嫌われたかったの?」

「……違うわ、貴方が喜んでくれたらと思って」

「ありがとう。でもね、僕が、誰かが傷ついて平気なタイプに見える?」

「……見えないわ」

 セイレーンは首を振って、俯く。

「……、……ごめんなさい。もう、しないわ」

「うん、いいよ。今回は幸い誰も死なずに済んだし。怪我した二人には、僕から謝っておくよ」

 困った子供を諭す様に、エドワードはセイレーンの青色の髪を撫でた。

 彼女はピクシーと同じ、こちらの世界に残っている精霊だった。なんでも、こちら側の海にすっかりはまってしまったらしい。

 大人しい性格らしく、普通ならばこんなことはしないのだと、エドワードは言っていた。

 そして、俺はいるはずの精霊がいないことにも気が付いていた。

 俺は俯く女性に尋ねる。

「セイレーン、指輪を持って行ったのは、ピクシーか?」

「ええ、そうよ。大切にしているみたいだったから、きっと失くしたら大慌てするはずって。ちょっといたずらをするだけのつもりだったの。本当よ?」

「うん、疑ってないよ。セイレーン、ピクシーの行きそうな場所に心当たりは無いかい?」

「分からないわ。私もピクシーも、外に出るのは初めてだもの」

「……それもそうか」

 納得したように頷くエドワードの傍らで、俺はむしろ精霊たちが外に出られることに驚いていた。

 しかし考えれば、当然ではある。彼らはこの店に縛り付けられているわけではないのだ。悪さを働くようならば、グレムリンのように強制送還されることもあるかもしれないけれど、そうでないなら、どこへ行こうが自由である。

 ということは、精霊たちがこの店にいるのは、精霊たち自身の意思ということになる。

「それにしても、困ったな……。どうやってピクシーを追おうか」

「そうだな。何か、監視カメラみたいな、誰がどこにいるか分かるようなものがあれば良いんだけど……」

 ピクシーは外の世界に不慣れだし、小さいから移動も遅いはずだ。事故が起きてからまだ三時間ほど。ロンドンの中にいると考えるのが妥当だろう。

 しかし、ロンドンは広い。人通りも多く、小さな生物を見つけるのは、砂漠でダイヤの欠片を見つけるようなものだった。

 普通の人間には見えないから、目撃情報をアテにするのは難しいだろう。

 そこまで考えて、俺ははたと気が付いた。

「指輪……」

「ん?」

「指輪は、人に見えるんですよね」

「うん、そうだね」

「なら、指輪が宙に浮いて移動してるように見えるかも!」

「なるほど、たしかにそうだ! ……だとしても、どうやってそれを追おうか」

「SNSですよ!」

 空飛ぶ指輪。それはきっと、SNSで盛り上がるネタに違いなかった。しかも、リアルタイム性が高い。

 俺はすぐに、ツブヤイターを開く。英語で情報検索をかければ、案の定何件かヒットした。高めを飛んでいるようで、はっきりとは見えないが、小さな金色がふよふよと浮かんでいる。

「ほら、これ! 五分前に、エンジェルってところで呟かれています。三十分前にも! たぶん、移動してない!」

「よし、行ってみよう。エンジェルなら、チューブの方が早いな」

 俺達は、さっそくピカデリーの地下鉄駅へと向かった。


 

 某魔法学校で有名なキングスクロス駅で乗り換えて、一駅。天使の名が付いたその町は、ロンドン中心部から北寄りに位置している。

 おしゃれなカフェが立ち並び、大通りには日本料理店もちらほらと見える。

「あ、こんなところに有印がある!」

「有印とかウニクロは、イギリスでも結構人気なんだよ」

 空飛ぶ指輪が目撃された公園に向かう道中は、ピカデリーとはまた違った雰囲気があった。ピカデリーは人も多いし、いかにも高そうな建物が軒を並べている。しかし、エンジェルは、もう少し庶民的だ。

「あれ、エドの旦那。ここへ来るなんて珍しいね」

「やあダン。ちょっと用事があってね」

「エドの旦那~、うち寄ってきなよ。もう夕飯時だろ? サービスしとくよ」

「ありがとうアンナおばさん。今度また食べにくるよ」

 エドワードがニコニコしながら応じている。

 驚いたことに、エンジェルの駅を降りてから、これはずっと続いていた。

 カフェでくつろいでいる地元民のおじさん、レストランの準備をしているおばさん、果ては店頭で道端で赤子をあやす母親まで。

「エド、ここには来たことがあるの?」

「何度かね。アンティークの買い取りに指定されることがあるんだ。治安が、比較的安全だから」

「なるほど」

 治安の悪い地域でアンティークを広げようものなら、瞬く間に無くなってしまうだろう。しかしどうやら、この街はロンドンにしては安全なようだ。

 大通りを進んで公園に辿り着くくと、ピクシーの姿は見当たらなかった。

 少し前から投稿がピタリとやんでいたから、嫌な予感はしていたけれど。

 俺は再び、SNSを開く。だが、あれ以降の投稿は無い。もしかしたら、ピクシーが人目に付かないように動いているのかもしれなかった。

「どうしよう、これじゃ追えないや」

「そうだね。うーん、どうしたものか」

 公園のベンチに座りながら、俺とエドワードは頭を抱えた。

 SNSは良い案だったが、人の少ない通りを通るなどされては、辿りようもない。

 その時、目の前に一匹の猫が目に入った。可愛らしい顔で、こちらを見ている。随分人慣れをしているようだ。

「これだ!」

 俺はがばりと立ち上がった。猫はそんな俺に驚いて、そそくさと逃げてしまう。

 しかし俺は気にすることなく、エドワードをみる。

「にゃんにゃんネットワークだよ!」

「にゃんにゃ……なんだって?」

「にゃんにゃんネットワーク。通称・NNN。飼い猫が家出してしまった飼い主さんが、頼るやつ」

「それは、どういうものなの?」

「猫にお願いするんだ。うちの子はこういう特徴で、こういうのが好きだから、もし見つけたら戻ってくるように伝えてくれって。本当に戻ってくるんだよ、これが」

「それは、すごいな……。えっと、それでピクシーのことを頼むの?」

 俺は首を振る。

「つまり、猫はどこにでもいるってこと。人が行かないようなところにも。言わば、動く監視カメラなんだよ!」

 エドワードが、なるほどと強く頷いた。

 そう、NNNは侮れない。なにせ飼い猫は、早ければ数時間後、遅くとも数日後くらいには帰ってくると言うのだから。もちろん飼い猫の場合は動く範囲が決まっているから、それだけ範囲も絞られるのだろう。だが、これを利用しない手はなかった。

「問題は、どうやって猫とコンタクトを取るかだけど……」

「それなら僕に心当たりがあるよ」

 すくりと立ち上がったエドワードが、やや興奮気味に言った。

 こんなエドワードは初めて見た。なんだかフィリップが来てから、エドワードの冷静穏やかモードがオフになっている気がする。

「こっちに来て」

 エドワードは俺の手を引いて、裏路地に入った。大通りから外れたそこは薄暗く、人通りもない。

 俺に少し離れるように言ってから、エドワードはぱしんと柏手を打つ。そして、いつもの言葉にならない音を呟いた。

 鈍い痛みがじわりと頭を締めると、空間がぱかりと開いた。

 エドワードはそのまま、その穴に向かって声を掛ける。

「誰か、ケットシーを呼んでくれないかな」

 ケットシーは知っている。猫の精霊だ。なるほど、たしかに猫のことは猫に頼むのが一番である。

 それより、あの穴はあんな使い方ができたのか。精霊を送れると言うことは、精霊を呼び出すこともできるらしい。

 ほどなくして、ケットシーがひょっこりと顔を出した。

「おや、エドの旦那じゃないですかい。どうしやしたか?」

「いきなり呼び出してごめん。ちょっと頼みたいことがあって。手伝ってくれるかな」

「旦那の頼みとあっちゃぁ、断れませんよ。あたしゃ、旦那には返しきれない恩があるんですから」

 招き猫みたいな猫は、にんまりと笑った。

 可愛いことは可愛いが、なんだろうか、このそこはかとなく漂う大阪の商人感は。そろばんと小判がとてもよく似合う。

 ケットシーがよっこいしょと境界を超えると、エドは空間を閉じた。

 二本足で立つ猫は、エドワードの腰くらいの高さである。

 彼はこちらを見ると、興味深そうに顎に手をやった。

「おや、見ない顔ですね。あたしゃ、ケットシーと言います。よろしく頼んます」

「あ、悠大です。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げれば、ケットシーもぺこりと下げてきた。

 前言撤回。なんて礼儀正しく可愛らしい猫なんだろう。

「それで、何をしやしょう?」

 ケットシーが尋ねたので、エドワードは事の経緯を説明した。



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