第四章 金色の宝物 ⑦
フィリップが、握るように右の掌を左手に乗せた時、その動きがピタリと止まった。
そしてガバリと顔を上げ、エドワードを見る。
「おい、指輪を知らないか」
「指輪? どんな」
「印章の入ったものだ。いつも、私の左指にはめていた」
「いや、僕たちが来た時には、何も嵌めていなかったけど……」
フィリップとエドワードが、一斉に青ざめる。フィリップに至っては、今にも命を断ちかねないほどに。
エドワードが急いで部屋を出ると、大声でジョンと呼んだ。店に駆け込んで来た使用人の名前である。
俺は訳が分からず、フィリップに尋ねる。
「その指輪、もしかして、ものすごく大切なものですか」
「……当主の証だ。むろん、それだけで決まるわけではない。だが、それが無ければ当主としては認められないと言っても良い。公式文書に押す印は、すべてその指輪で行っている」
俺は目を見開く。とんでもなく重要なものだ。
「あ、新しく作ったりは……」
「できることはできる。だが、焼失や破損ならともかく、紛失など……」
一族の恥だ。おそらく、そう続くのだろう。
それにきっと、新しく作れるから良い、という問題ではないのだ。
指輪は代々受け継がれてきたもので、これからも受け継いでいくはずのもの。今のフィリップが、当主であると誇りを持てる支えでもあるかもしれなかった。
エドワードが慌てた足取りで戻って来た。
「兄上、大丈夫だ、分かった」
「なに?」
「ジョンが僕の店へ来るために車を抜け出す直前、指輪が宙を舞うのを見たと言っている。見間違いだと思って気に留めていなかったらしい。それからジョンは貴方に会っていないから、気が付かなかったみたいだ」
「つまり、精霊の誰かの仕業、ということか」
「おそらくは。……歌については、僕に心当たりがある。とにかく僕が探すから、兄上はここで休んでいて」
エドワードが急いで支度をする。俺も、自分の荷物を雑に纏めた。
それでは、と退出しようとした時、フィリップが制止を掛けた。
「指輪が見つかったら……お前が持つと良い」
「は?」
「ずっと考えていた。お前の方が、力が強い。私より、お前が当主になるべきだと」
フィリップがそう言うと、エドワードは乱暴に、持っていたカバンを椅子に投げた。そして、エドワードから視線を反らす兄のもとへ、つかつかと近付く。
――ぱしん。
乾いた音が、ベッドルームに響き渡った。
フィリップが驚きに目を見開いて、エドワードを見上げる。俺も、たぶん同じ顔をしていた。
「兄上が、それを言うのか。僕が何のために、貴方の母君からの嫌がらせに耐えてきたと」
「嫌がらせ……? まて、どういうことだ」
「貴方の母君は、兄上を当主にしたくて仕方なかった。だから、力の強い僕が疎ましかったんだよ」
それだけで、通じたのだろう。フィリップが、唇を震わせる。
彼は知らなかったのだ。自分のせいでエドワードが酷い目に遭っていることなど。
「は、ははっ……そうか、それは、嫌われるわけだな」
納得したように、がくりと項垂れる。それから、何も言わなくなってしまった。
俺は、胸が締め付けられる思いで、フィリップを見る。
「とにかく、指輪は取り戻す。二度と、僕に譲るなどと言わないで。これ以上、貴方を嫌いになりたくはない」
エドワードは乱雑にカバンを掴むと、部屋を後にした。
俺はフィリップを見て、だが何も言わず、エドワードを追いかけた。




