第四章 金色の宝物 ⑤
フィリップは明日また来ると言って、去って行った。
一応約束していたのでエドワードに声を掛けようと、見送った足で廊下へ向かおうとすると、先に扉が開く。
「あれ、エド」
「帰った?」
「うん、ちょうど今。……頼まれたから一応言うけど、パーティーに出て欲しいってさ」
「出ないよ」
「言うと思った」
エドワードはカウンターの椅子に座って、項垂れた。
今日はいつもの穏やかさも、内心を取り繕う鎧も無いらしい。相当疲弊したのだろう。
「みっともないところ見せてごめんね」
「いや、それは良いけど。そんなに嫌いなんだ?」
「何が? 家? 兄上?」
「……どっちも」
俺はいつもより荒んでいるエドの隣に椅子を持ってきて、座る。エドは相変わらずうなだれたままだ。
エドが、力なく話を続けた。
「良い思い出が無いんだ、あの家族には」
あの家族。その言い方は、まるで自分とフィリップが、違う家族とでも言うかのようだった。
俺は何も言わず、ただエドワードの言葉に耳を傾ける。彼が自分の話をするのは、たぶんこれが初めてだった。
「僕と兄上は、母違いなんだよ。僕の母は、僕が五歳のころに、どこかへ行ってしまって」
「エドを置いて?」
「そう。理由は分からない。父上に聞いても教えてはくれなかった。もしかしたら、僕の力のせいかもしれないね」
「……“あちら側”に干渉できる、力?」
「うん。僕の家族は、精霊と会話することはできるんだ。でも、精霊たちに触れたり、“あちら側”に干渉したりすることはできなくて」
俺は、ラミアの話を思い出していた。
イギリスに統合された後のグレンアーモンド家は、能力の無い姫を嫁に迎えることも多かったという。その結果、少しずつ能力が薄れていったと。
そんな中で産まれた、“あちら側”と繋がることのできる子供。一族にとっては喜ばしいことだったかもしれないが、母親にとってそうとは限らない。もし母親が視える人でなかったのなら、あらぬところを見て話し、笑う子供なのだから。
違うと言いたかった。エドワードのせいではないと。
けれど、簡単にそう言えるほど、無責任でもなかった。
何度違うと否定したって、真相が分からないならば、そう考えてしまうのは仕方ない。エドワードだって、何度もこの問いを考えて来たのだろう。
エドの声には、諦めが滲んでいた。
「兄上の母は、権力が大好きな女だった。まあ、貴族らしいと言えば貴族らしいか。俺が強い力を持っているから、兄上が譲られるはずの当主の座を奪われるんじゃないかって、いつも心配していたよ。酷い扱いも散々受けた」
フィリップの母親の執念に、ぞっとする。いくら自分の息子を当主の座に座らせたいとはいえ、何の罪もない、ただ力を持っていただけのエドワードを虐げるなんて。
ブラウニーの話では、フィリップも、当主になるために厳しく躾けられてきたらしい。
実母から厳しく躾けられた長男と、継母から酷い扱いを受ける弟。仲良くなるには、環境が難しすぎたのだ。
「父は、僕を大切にしてくれていたと思う。母とは恋愛結婚だったらしいし。でも、ほとんど家に帰ってこなかったな」
ヘンリーの家で見た写真を思い出す。幼いエドワードの隣に立っていた男性だ。
はっきりとは映っていなかったけれど、今思えばどこかフィリップに似た雰囲気の容姿の人だった。
家に父親がほとんど帰らなかったのならば、事実上の家の主は継母となっていたのか。さぞ、家は息苦しかったに違いない。
クリスが、エドワードは一人でいることが多かったと言っていた。クリスの他にも友人はいただろうけれど、自分のことを全て話せるわけでもなかったはず。それはきっと、とても孤独だ。
俺には両親がいた。妹がいた。学校で馴染めない時も、妖に襲われそうになって怖かった時も、家族が支えてくれた。
エドは、ずっと一人で耐えて来たのか。いろいろな理不尽を、その体一つで。
俺は思わず、そっとエドワードの手を取る。エドワードは驚いて、俺を見た。
少しの間目をまんまるとさせた後、ふっと微笑む。
「まあ、辛いだけだったわけじゃないよ。精霊たちは、いつだって優しかったから。ブラウニーもその一人だよ」
「そういえば、ブラウニーもグレンアーモンドの家にいたんだもんな」
「そう。時々ちょっかいかけては、邪魔だと怒られていたかな」
エドワードは懐かしそうに笑った。きっと他にも、いろいろな想い出があるのだろう。ブラウニーだけではない、いろんな精霊との想い出が。
本当はね、とエドワードが微笑んで続ける。
「分かっているんだ。僕はグレンアーモンドの人間だし、僕の力は一族にとって大切なものだって。血を紡がないといけないことも。だけど、僕はあの家が嫌いだし……そうしたいと思う理由が無い」
「それは……そうだろうな」
伝統も血も、大事なものだと思う。簡単に無くしてしまえるようなものではない。
それでも、俺はエドワードに無理をしてほしくないと思う。
だって、この優しい人が、嫌いだと言うのだ。恨んでいるではなく、憎んでいるでもなく、ただ嫌いなのだと。
諦めの中で、それでも無関心ではいられない感情なのだろう。
俺はそれ以上言葉を続けられなくて、黙ってしまう。何を言っても、違う気がして。
エドワードがすくっと立ち上がった。
「ごめん、湿っぽくなっちゃったね。まあ、兄上のことはなんとかするから。悠大くんは気にしなくていいよ」
「いや、気にさせてよ。俺だって、エドの……家族みたいなもんだろ?」
ちょっとだけ照れ臭かったけれど、本心だ。まだ半年、されど半年。ただぼけっと、エドワードの横にいたわけではない。
俺の言葉にエドワードは口をぽかんと開けてから、花をほころばせるように笑った。
「うん、そうだね。悠大くんは、僕の大事な弟だ」
あんまりにも嬉しそうに笑うから、俺も嬉しくなって、唇をぎゅっと結んだ。
フィリップ、エドワードの兄。神経質で高圧的な男だったが、エドワードは彼の話をしなかった。
嫌いは嫌いなのだろうけれど、きっとそれはグレンアーモンド当主の兄としてのことなのだろう。それ以外の兄を知れるほど、フィリップとの交流が無かったのかもしれない。
そして、フィリップの方はといえば。エドワードが強く怒りを露わにすると、押し負けてしまうこと。当主の権限で無理にでもエドワードを連れて帰ることもできるだろうに、それをしないこと。焦った時の、あの様子。
もしかしたら。
「あのさ、エドワード。もしかしたらフィリップさんは――」
「た、大変です!」
店のドアベルが激しく揺れて、男が駆け込んで来た。
それは、フィリップがここへ来た時連れていた、使用人の一人だった。怪我をしているようで腕を抑えている。白い手袋は、赤が滲んでいる。
男は荒い息を整えることもせず叫んだ。
「フィリップ様が、交通事故に遭われました!」
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