第四章 金色の宝物 ④
扉を開くと、フィリップの大声が聞こえて来た。
「どういうことだ、エドワード!」
俺は驚いてトレイを落としかけたが、なんとか耐えて室内へ入る。
どうしたのだろうかと様子を伺いながら、粛々と二人の前にカップを置いた。そして一つを自分の前に置いてから、少し悩んで、座る。
エドワードが不機嫌を隠さない様子で、鬱陶しそうに眼を細めている。
「どういうこともなにも、そのままの意味だよ。パーティーには行かない」
「お前、去年もそれでパーティーに来なかったではないか! グレンアーモンド家の一員という自覚はあるのか!」
「僕は必要ないだろ。グレンアーモンド家は貴方のものだ、兄上。貴方が好きにやれば良い」
「お前の家でもある!」
「とにかく、僕は二度とあの家に行く気はない。お引き取りください」
「エドワード!」
フィリップがエドワードを責めるように呼んでも、彼は何も返さなかった。それどころか、紅茶をもって、応接室を後にしてしまった。
俺とフィリップが残され、気まずい雰囲気になる。
空気が重い。かといって席を立つのも失礼な気がして、どうすべきか戸惑う。
俺から口を開いて良いものか悩んで、とりあえず紅茶を口に含んだ。
アールグレイの芳醇な香りと、ちょうど良いミルクの優しい味わいが、マリアージュしている。頭の中で、茶葉と牛が結婚しようとしていた。
「おい」
フィリップの声で、茶葉と牛が消える。いけない、気まずすぎて現実逃避していた。
俺は、なんとなく答えたくない気持ちを抑えて、彼に応える。
「……なんでしょうか」
「お前、エドワードとはどのくらい親しいんだ」
「どのくらいと言いますと」
「エドワードが取り乱す相手は、お前で二人目だ。相当親しいんだろう?」
「それは初耳ですけど……まあ、俺は結構親しいと思ってますね」
「なら、お前からも言ってやってくれ」
「何をです?」
「我が家主催のパーティーに来るように、だ。来るようにと手紙を出していたが一向に返事が無いので訪ねてみれば、参加しないと言い出した」
「本人が行きたくないなら、無理強いはできないですよ」
「あれはグレンアーモンドの子供だ。そのうえ、あれだけの力を持っている。そんな我儘は許されない」
苛立たしげに言うフィリップに、エドワードが勘当してくれと言っていた理由が分かった。
ラミアから聞いたグレンアーモンドの歴史。あの時はなんとなく大変だなと他人事に思っていたけれど、その伝統としがらみは、今もエドワードに絡みついている。
フィリップがエドワードに強く出られなかったのは、当主としてエドワードを手放すわけにはいかないからだろうか。本気で縁を切られれば、エドワードの血はグレンアーモンドに残らなくなる。
だが、それにしては甘い気もする。そんなに血が大切ならば、無理にでも連れ帰って、軟禁でもしてしまえば良い。自分でも乱暴な発想だとは思うが、そういうことをしてもおかしくないはずだ。
けれどフィリップは、エドワードを無理に連れ戻すことはせず、俺に頼むように言っている。
あくまで高圧的なのに、どこか甘い、そのちぐはぐさが、どうにも奇妙だった。
「言うだけ言いますけど、無理強いはしませんよ」
「ふん、初めから期待なぞしていない」
「ああ、そうですか。なら、この話は無かったことに」
「なっ、貴様、さっきから好き放題に振舞って……。お前のことなぞ、どうとでもできるんだぞ」
「立派な伯爵様が、しがない庶民を脅すんですか?」
「ふん、どう思われても結構。お前の命一つ、どうにでもできることを忘れるな」
「俺に何かあれば、エドは貴方を一生恨むんじゃないですか?」
「……っ」
舌打ちが聞こえた。どうやら貴族でも、舌打ちをすることはあるらしい。学びである。
やはり困ったらエドワードのことを出せば、その場しのぎにはなりそうだ。
フィリップの言葉は本気ではないだろう。だが、彼の言うことはもっともだ。俺はどこにでもいるごく普通の青年なので、ふと消えたところで、ニュースにすらならないと思う。
だが、そこで折れる俺ではない。なにせ、ブラウニーに励ましてもらったのだから。
少しの沈黙。
フィリップが、ブラウニーの淹れた紅茶を一口飲んだ。
「……これは、ブラウニーが淹れたのか」
「分かるんですか?」
「ああ、分かるさ。あいつの淹れた紅茶は格別だからな。他に勝るものは無い」
「……ぷっ」
俺は、フィリップの言葉に思わず噴き出した。
全く同じ言葉を、俺は以前に聞いたことがある。
フィリップが、俺を見て怪訝そうにする。
「何がおかしい」
「いえ、エドも同じことを言ってたなって。やっぱり兄弟なんですね」
俺がクツクツと笑う横で、フィリップはなんとも言えない複雑な表情をしていた。
この二人の関係は分からない。ただ、やはり彼らは兄弟なのだ。
そのことが、なぜか少しだけ俺を安心させる。
それからはほとんど会話もなく、ただ不思議とそれほど居心地の悪くない時間を過ごしたのだった。




