第四章 金色の宝物 ②
クリスマスまで残すところあと三日に迫った頃、ドアベルがやや乱暴に鳴った。
俺は大掃除の手を止めて、そちらを見やる。
「おい、そこの。エドワードはいないのか」
そこの、と言ったか。そこの、と。
そのなんとも横柄で失礼なスーツ姿の男は、気温差で曇った眼鏡を神経質そうに拭いていた。
身長はエドワードより少し高い。ダークブラウンの髪は上げられ、乱れ一つ無い。外は相変わらず雪だというのに、黒のコートにほとんど付いていないところを見ると、近くまで車でやってきたのだろう。
ちらりと外を見れば、高級車の傍に、運転手だか執事だかが傘を片手に立っている。
「おい、聞いているのか。ふん、ここの従業員は躾もなっていないようだな」
高圧的な英語。命令するのが当たり前の人間だと、嫌でも分かる。正直、俺の好きに慣れそうにない部類の人間だ。
俺は溜息を吐きたいのをこらえ、愛想笑いは浮かべないまま、彼に応える。
「エドに何の御用でしょうか」
「お前には関係ない」
「関係ないってことはないです。貴方がどこの誰かも分からないのに、案内できるわけないでしょ」
「ふん、兄が弟に会いに来るのに、お前の許可なぞいるものか」
「……あ、兄?」
馬鹿にしたように鼻を鳴らす男を、俺はじっくりと見る。
たしかエドワードは、父がすでに他界して兄が家督を継いでいると言っていた。ということは、彼の話が本当ならば、目の前にいるのはまごうことなきグレンアーモンド伯爵である。
だが、あまり似ていない。よく見れば目元がなんとなく似ている気もするけれど、顔のタイプが違うのだ。
エドワードは、美麗でやわらかく、男らしいことはないが中性というわけでもない容姿をしている。どこか人間離れした美しさがある。そして、金髪に、透き通った緑の瞳だ。
兄(仮)は、美男ではあることは同じだが、男らしい骨ばった顔立ちをしている。彫りも深めで、切れ長の吊り目が威圧感を加速させている。そして、ダークブラウンの髪と瞳。
だが、たしかに鼻筋も似ている部分もあるかもしれない。なんとなくだけれど。
しかし確信がない。丁寧に名刺を見せてくるようなタイプでもないだろうから、どうやって素性を知るべきか。
考えあぐねていると、男はふんと鼻を鳴らした。
「お前はもういい。おい、そこのピクシー。エドワードを連れてこい」
「え? ぼ、僕?」
ピクシーが動揺して自分を指さしている。どうしようかときょろきょろしてこちらを見るので、俺ははっきりと溜息を吐いた。
ピクシーが視えるのならば、おそらく彼が兄という話は嘘でもないのだろう。もちろん視えるだけの他人の可能性はあるが、高級車で乗り付けるような人が悪さをするとも思えない。
「エドを呼んでくるので、応接室へどうぞ」
ぶっきらぼうになったことは許して欲しい。俺は失礼な態度を取られて心穏やかに笑えるほど、聖人君子ではないのだ。エドワードなら、やれるだろうけれど。
「お前は下がって良い。ブラウニーにやらせる」
応接室に座るなり、兄は足を組んでそう言った。
俺はその高圧的な態度にカチンと来て、言い返す。
「ブラウニーはここの担当ではないので。貴方が誰であれ、ここの客なら、俺がもてなします」
「強情な奴だな。私がいらないと言っているんだ」
「残念ですが、俺は貴方の部下でも使用人でもないし、ここは貴方のお屋敷ではないので。その言葉は聞き入れません」
「ふん、汚い英語を話すような奴に世話されるくらいなら、自分でやった方がマシだ」
「なっ――!」
俺が何かを言い返そうとする前に、部屋の壁がダンッと大きな音を立てた。
おそらく他の部屋にも響いているであろうその大きな音に、俺も兄も思わず黙る。
二人で音の方を見れば、笑顔で取り繕うことすらせず、その綺麗な顔を苛立たしげに歪ませた般若がいた。
「兄上、いきなり押しかけて何かと思えば、僕の友人を侮辱しにきたのか」
「なっ、何を言うか。こいつがきつい訛りの英語を話すのは事実だろう。だいたい、こいつが礼を欠いているから」
「はぁ? あんたが先に偉そうにふんぞりかえって来たんだろうが!」
「貴様、私に向かってそんな態度をして良いと――」
「黙って!」
エドワードの張った声に、俺達は再び黙る。
おや、と思った。目の前の男は、どうやら弟に強く出られないらしい。焦ったように視線をさまよわせている。
エドワードは普段の紳士然とした態度はどこへやら、兄の前にどかりと座る。そして俺の方を向いてにこりと笑うと、自分の隣をぽんぽんと叩いた。
逆らったらヤバイ。いや、逆らう気はないけれど。
俺は大人しく、エドワードの隣に座る。
すると、兄がむっとした表情で口を開いた。
「おい、どういうつもりだ」
「兄上、彼は僕の友人だ。罵ったことをしっかりと謝って」
「ふん、なぜ私がそんな野蛮な奴と」
「なら、二度と僕と関わらないでくれ。僕のことは死んだとでも思ってどうぞ。幸い実家を頼らずともやっていける資金はあるから、勘当しても良いよ」
「……」
「兄上」
怒っているエドワードのおかげでいくら落ち着きを取り戻した俺は、珍しいものを見る気持ちでエドワードへ視線をやった。
あのエドワードが、怒っている。穏やかを絵にかいたような、この彼が。
俺の前では表情が豊かになってきたと思ってはいたが、怒っているのは初めて見た。家族仲が良くないと言っていたから、もともとあまり良い感情は無いのだろう。そこに俺に対する発言で、堪忍袋の緒が切れたようだった。
そしてもう一つ意外だったのは、横柄が服を着て歩いているような目の前の男が、エドワードの言葉に動揺していることだった。エドワードと仲違いをするくらいだから、てっきり傲慢で押しつけがましいのだと思っていたけれど。
五分ほど続いた沈黙を破ったのは、兄の方だった。
「……悪かった」
「それは、誰への謝罪かな」
「……っ、おい、そこの」
「そこのではない。悠大くんだ、斎藤悠大くん」
「……ユウタ、悪かった」
「あ、いや、はい……まあ、俺も態度悪かったし、両成敗、みたいな」
頬を掻きながらハハハと笑えば、エドワードは溜息を吐いて、俺に頭を下げた。
「ごめんね、悠大くん。僕からも謝罪させてほしい」
「え? いやいや、エドは関係ないだろ」
「そうもいかないよ。こんなでも、僕の兄だから。僕の問題でもある」
「エドは関係ないって! 怒ってくれたし、むしろありがとう」
俺が慌てて顔を上げるように言えば、エドワードは困ったように眉をハの字にしながらも、口の端をふわりと上げた。
「君は、本当に優しいんだから。……悠大くんに免じて今回は許すけど、次はないから」
エドワードが睨みつけると、兄はたじろいで、口早に分かったと告げた。
俺は蛇に睨まれたカエル状態の兄を少し可哀想に思って、なんとか空気を変えようと立ち上がった。
「お兄さん」
「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いは無い」
ぴしゃりと言われ、助け船を出そうと思ったことを後悔する。
それでも気を取り直して、話を続けた。
「俺は貴方の名前を知らないので。お兄さんと呼ばれるのが嫌なら、名乗ったらどうですか」
「……フィリップだ。フィリップ・モントフォート・グレンアーモンド。不愉快だが、フィリップと呼ぶことを許してやる」
「それはどうも。ではフィリップ卿、コーヒーか紅茶を淹れて差し上げますが、どちらが良いですか」
「仕方ないから貴様の紅茶で許してやろう」
「はいはい、じゃあ用意しますから。失礼します」
舌打ちを堪えた自分を褒め湛えたい。俺は別に柄が悪い方ではないけれど、この兄を目の前にしては、心が荒んでしまうのも無理からぬことだと思う。
エドワードと二人で残すのも心配ではあったが、お茶を出さないわけにもいかないので、部屋を後にした。




