第四章 金色の宝物 ①
ロンドンに雪が降った。
十二月も終わりかけなのでそういうこともあるだろうが、とにかく厳しい冷え込みである。
世間はすでにクリスマスに向けてお祭り騒ぎで、店にも少しばかり人が来るようになった。プレゼントにするのだという。
商売っ気の無い店主に代わりに、個人も出品できる通販サイト・イーバイでせっせと販売を行っているから、店を訪れる客足はこの半年ですでに両手を超えている。
主の誕生を祝う讃美歌を鼻で歌いながら閉店処理をしたあと、俺は遅めのクリームティーに我儘少年を誘おうと、店内を見回した。
「あれ、ピクシー?」
いつもならカウンターか、棚の上にちょこんと座っているのだが、見当たらない。
「おーい、どこー?」
「ここ、ここだよぅ~」
カウンターの下から声がしたので、ちらりと覗く。たしかに、ピクシーがいた。俺のマフラーにくるまっている状態で。
俺は驚いて、マフラーごとピクシーを持ち上げる。
「どうした? 体調でも悪いの?」
「さ、寒くて……」
「ああ、なるほど。ピクシーでも寒がりなんだなぁ」
「僕でもってなんだよ! 人間の世界は、暑かったり寒かったりして不便だ」
「なら帰ればいいじゃない」
「それは嫌だ! エドがこの店を閉めるまで、ここに残るんだい!」
「はいはい。それじゃ、温かい物でも食べようか」
俺はピクシーを連れて、給湯室へと向かった。
ピクシーは、この店を開いてから初めての精霊なのだという。それで、還そうとしていたエドワードに、自分がこの店の門番になってやるよと言ったらしい。実際、彼がいることで、高価なものが並ぶこの店に不審者は入らないのだから、しっかりお役目を果たしているわけだ。
どうやら他にもそうやってこちら側に残っている精霊はいくらかいるようだが、俺はまだブラウニーとピクシーにしかお目にかかれていない。警戒心が強かったり、昼間はずっと寝ていたりする精霊が多いようだ。
俺は棚からいつもの皿を取り出し、いつも通りにスコーンを乗せようとして、ぴたりと手を止める。
なぜ、今の今まで気にしなかったのだろうか。その皿の中央に描かれたオックスフォード大学の文字を。
オックスフォード大学といえば、あの世界最高峰の大学で間違いないだろう。そして校章が入った皿を、そこらへんの一般人が簡単に手に入れられるわけがない。
その皿がここにある。理由は、考えるまでもない。
ちょうどその時、ライムの通知がぴろんと鳴った。俺は携帯を取り出して、メッセージを確認する。
『来年には受験だって言うのに、明依が勉強しようとしないの! 悠大からも何か言って!』
『お母さんが勉強勉強ってうざい。ちゃんとやってるし! お兄ちゃんからも文句言ってよ!』
この二人は相変わらず、勉強のこととなると喧嘩になるようだ。普段は姉妹みたいに仲が良いのに、どうしてもそこは歩み寄れないらしい。
勉強、勉強。そうか、ちょうど良い人がいるではないか。
俺がエドワードに連絡を取ろうと振り返ると、そこにはコップを洗いに来たエドワードが立っていた。
俺は希望の光が差したような気持ちで、エドワードに駆け寄る。
「エドって、オックスフォード出身だったの?」
「え? あ、うん、そうだけど……どうしてそれを?」
「俺が普段使ってる皿に、校章が入ってたから」
「あー、なるほどね。卒業記念に拝借したやつだ」
「拝借って……、返す気は?」
「……ちゃんとその後、皿が千枚は買える資金を寄付したから」
「……窃盗は犯罪だぞ」
「わ、若気の至りだよ。それに卒業生はこっそりもらって帰っている人も多いし」
「赤信号をみんなで渡っても、犯罪は犯罪だよ」
「うっ、反省します……」
じとりと睨めば、エドワードはしょぼんと俯いた。
いやいや、本題はそこではない。明依の勉強の話である。
俺はエドワードからコップを奪い取って椅子に座らせると、たぶん人生で一番輝いている眼差しを、彼に向けた。
「エド、俺の妹は、エドの妹でもあると思うんだ」
「え? なに、どうしたのいきなり」
「妹の面倒は、兄が見るものだと思うんだよね」
「そ、そうだね……?」
「そして俺には、名門オックスフォードを卒業する天才の兄がいる!」
「……ああ、なるほど。明依ちゃんは、受験生だっけ」
「ザッツライト!」
さすがはエドワード、話が早い。つまりは、家庭教師をお願いしたいのだ。
もちろん物理的には離れているけれど、今はビデオ通話という方法がある。画面共有をすれば、黒板に書くように教えることもできる。便利な時代だ。
「エドに時間がある時で良いんだ。どう、かな……?」
俺がおそるおそる尋ねれば、エドワードは困ったように苦笑をしてから、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
俺はこの顔が好きだった。本当の家族になれたような気がして。
「いいよ。教えるのはあまり自信がないけど、できるだけのことはする」
「やった! ありがとう、エド!」
俺は椅子に座ったエドワードに抱き着いた。
エドは俺を受け止めると、その背中に手を回して優しく撫でる。
「明依ちゃんのことになると、本当に感情豊かになるよね」
エドワードはくすくすと笑いながら何か呟いていたが、歓びに満ちた今の俺にはどうでも良かった。
妹にさっそくメッセージを送ったところ『GJ』とだけ返って来た。




