第三章 不思議な家 ⑦
エドワードは、帰宅するなりラミアを応接室へと呼び出した。ちなみに、普段は二階の一室を勝手に占領している。
扉を開けると、そこには上半身が人間、下半身がヤギの男が立っていた。
ラミアを見るなり、その男が駆け寄る。
「王女殿下! 心配したんですよ!」
「ファウヌス? どうしてここへ……」
「エドワード殿から王女殿下がこちらにお邪魔していると伺い、連れて来てもらったんですよ。まったく、どうしてこう貴方は、お転婆なんですか」
「ファウヌスが悪いんじゃない! いつも仕事仕事って……私のことなんてどうでも良いんだわ!」
「そんなはずないでしょう!」
ファウヌスは声を張り上げた。ラミアがびくりと体を震わせる。ついでに、俺も。
ファウヌスはラミアの前に跪いて、右手にキスをした。騎士が主に忠誠を誓うように。
「本当に、心配したのです。私が悪いならば、直します。不満ももっと言ってください。だからどうか……私の前から消えるのだけは、おやめください」
「ファウヌス……」
祈るように、ファウヌスは両手でラミアの手を包む。そして、そこに額を押し付けた。
ちらりとラミアを見れば、彼女の顔は驚きと喜びがあふれていた。たぶん、あんまり反省はしていない。
だが、申し訳ないという思いがないわけでもないらしく、おずおずと口を開く。
「心配かけてごめんなさい、ファウヌス」
「貴方が無事ならば、それで良いのです」
ファウヌスは立ち上がって、王女の手を取る。
「さあ帰りましょう、ラミア王女」
「ええ、そうね。……迷惑かけて悪かったわね、エドワード。それに、ユウタも。何か困ったことがあれば、いつでも言うと良いわ。できる限り力になるわよ」
「そのお言葉、痛み入ります」
「あんまり好きな人困らせちゃだめですよ、殿下」
俺が揶揄うように言うと、ラミアは驚いた顔をしたあと、頬を膨らませた。
「前言を撤回するわ! ユウタは困っても助けてあげないんだから!」
それが本心でないことくらい分かる。俺はその言葉に、からからと笑った。
王女は手のひらを前に翳すと、そこは一瞬にしてぽっかりとした空間が開いた。その空間の奥は、エドワードが出すものと同じ深淵である。
俺が驚いているうちに、ラミアとファウヌスはごきげんようと告げて、あっさり“あちら側”に帰って行った。
「なっ、なっ……?」
俺は目を見開いたまま、エドワードを見る。
エドワードは、そういえば説明していなかったと、新しい真実を告げた。
「神に類する精霊は、自分で“あちら側”とこちらを行き来できるんだよ」
「えっ、えっ」
「だからラミア王女は、こちらへ迷い込んだのではなく、自分でこっちに来たってことだね」
「ファウヌスさんと、喧嘩をして……?」
「……そうみたいだね」
エドワードが肩を竦めた。俺はだらりとソファに腰かけ、脱力する。
やはり、傍迷惑な王女だったようだ。
自分で境界を越えられるならば、エドワードが強制送還しなかった理由も分かる。しても意味が無い。
「よく、ファウヌスさんが原因だって分かったな」
「実は少し前の依頼が、ちょうど僕の“あちら側”の友人の知り合いでね。その流れで久しぶりに友人と話したんだけど、そこでファウヌスさんのことを知ったんだ。で、呼び出してくれるってことだったから、今日迎えに行ったんだよ」
「え、友達いるの?」
「……それは僕が友達少なそうってことかな?」
「ち、違うって! ただ、“あちら側”に友達がいたんだなって」
「うん、少しね。ブラウニーだって、もともとは僕の実家にいた精霊なんだよ」
神と交流する家柄なのだから、“あちら側”と距離が近いのは分かる。友達の一体や二体いてもおかしくはない……のか。
俺はなぜ、エドワードのことを分かっていた気になっていたのだろうか。知らないことだらけだ。
自分のおこがましさを、少しだけ反省した。




