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英国骨董屋の奇妙な日常  作者: 秋野 七種


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第三章 不思議な家 ⑥

 結局、ラミアはうちで引き取ることになった。彼女が、エドワードが自分の傍にいてくれるなら移動しても良いと言ったのだ。かれこれ一ヶ月、彼女はここで大きな顔をしている。

 エドワードは帰宅してからも我儘放題な彼女の世話をしていたが、仕事を疎かにするわけにもいかない。

 ということで、エドワードがいない間は、彼女のお世話係を担っている。

「ユウタ、エドワードはまだ帰ってこないの?」

「そうですね、あと一時間後くらいかな」

「もう、私を最優先にするべきだと思わない? 仕事にかまけてる殿方は、レディから嫌われるのよ」

「そうですねぇ」

「ちょっと、聞いてるの?」

 スコーンを食べながら管を巻く姫君は、立ち居振る舞いこそ優美だが、ギャルのような精霊だった。幼いというほど幼くはないが、落ち着いた女性ということもない。

 きっと俺よりうんと年上だろうに、なんだか妹を相手にしているような気分である。

 俺は紅茶のおかわりを入れながら、内心で溜息を吐いた。

 この王女に四六時中付き纏われているエドワードは、さぞかし大変だろう。外に出ている間だけでも、楽をできていたら良いのだが。

 俺はラミアの目を盗んで、『ちょっとのんびり目に帰ってきていいからね』とメッセージを送っておいた。

「聞いてますよ。そんなこと言っても、仕事をほったらかしにするわけにはいかないでしょう?」

「私と仕事、どっちが大事なのかしら!」

 そりゃ仕事だろう、とは言わないでおいた。逆鱗に触れて物を壊されてはたまらない。

 ここへ来たばかりの頃、エドワードが仕事に行くのを嫌がったラミアが駄々を捏ねる感情を爆発させて、部屋が一室水浸しになったのだ。しかも、海水である。テレビやパソコンは当然駄目になったし、掃除もそれはもう大変だった。

 室内で海水まみれになるなんて何をしたんだと、業者から不審がられた時の目を、今でも昨日のように思い出せる。

 ラミアは、どうやらポセイドン王の孫娘らしい。ポセイドンとは、ギリシア神話で有名なあの海の王のことだ。エドワードが恭しく接するのも納得である。

 俺はといえば社交界のあれこれなんて分からないから、とりあえず失礼にならないようにはしているけれど、結構普通に接させてもらっている。

 ラミアも特に気にしていないようだから、今のところ問題は起こっていない。

「そんなんだから、婚約者にも愛想をつかされるのよ」

 いつものように聞き流しながら、ついでにと始めた給湯室の棚整理を進めていた時、不意にラミアから発された言葉に、俺はピタリと手を止めた。

「婚約者? エドワードの?」

「そうよ、他にいる?」

「婚約者がいたんですか?」

「もちろん、いたに決まっていたでしょう。グレンアーモンド家の子息なのよ? そこらへんの貴族とは格が違うわ」

「そ、そうなんですか?」

「あら、何も知らないのね。なら、教えてあげる。さ、座りなさい」

 ラミアがふんっと偉そうに鼻を鳴らして、扇で向かいのテーブルをトントンと叩いた。

 俺は素直に、彼女の前に座る。

 エドワードは伯爵家だと言っていた。たしかに貴族ともなれば、婚約者の一人や二人いてもおかしくないのかもしれない。だが、そんなこと欠片も想像しなかった。

 たぶん今、俺は目に見えて動揺していると思う。

 エドワードについてはまだ知らないことの方が多いくせに、どうしてか、彼のことを分かってきていると思っていたのだ。だが、そんなことはないという現実が、俺の心にグサッと刺さったのである。

「いいこと? グレンアーモンドというのは、古来より、私たちの世界とつながる一族なの」

「神主みたいな一族だって聞きました」

「カンヌシ……は分からないけれど、たぶんそれよ。昔、まだ私たちの世界と貴方たちの世界の境界が曖昧だったころから、グレンアーモンド家は一族の長として、私たちの力を借りて、村を治めていたわ」

「神と人が曖昧な時代……そういえば、日本にも同じようなことがありますね。昔は巫女が神様に祈って、占いでいろいろ決めていたとか」

「そういう感じよ。当時は私たちの世界と交流できる人間は、今よりもずっと多かったの。だから、力ある者同士で婚姻を結び、その力を継承してきた。人間の世界で、数百年前まではね」

「数百年前?」

「南の異民族が攻めて来て、グレンアーモンドの領地は取られてしまったと、聞いたことがあるわ。それまでも、何度も異民族の侵攻を受けて、血が混じっていった。それでもなんとか力を継いでいたけれど……ついに、そうもいかなくなったんですって」

 南の異民族。イングランドのことだ。スコットランドはイギリスを構成する一つの国ではあるが、もともとイギリスだったわけではない。いろんな民族が入り乱れた場所で、幾度もイングランドと戦ってきたと聞いたことがある。

 だが、結局はイギリスとして統合されてしまった。たぶん、それが大きな転機だったということだ。

「グレンアーモンドの血は、特別なものよ。だから、異民族はグレンアーモンドを重用したんですって。でもそれは、異民族との婚姻をしなければならないということなの。そして、婚姻でやってくる姫たちには、私たちの世界と交流する力は無かった」

「それで、力が弱っていったんですね」

「そう。グレンアーモンドは私たちの世界でも、それなりに名の知れた家柄なのよ。でも、彼らが私たちの世界に干渉することは、ここ百年ほど無かったの。だから、エドワードが産まれた時は、私の周りでも話題になっていたのよ。まさか、噂の彼が、あんなに麗しい殿方だとは思わなかったけれど」

 うっとりするように見上げる彼女の目には、きっとエドワードが映っているのだろう。この王女は、どうやら相当な面食いのようだ。

 俺は、ふと疑問を口にした

「そういえば、俺も殿下と話ができますよね」

「きっと貴方も、特別な力を継いでいたのね。私たちの世界と距離が近い民の中には、そういう一族がいくつかいるから」

「でも俺、普通の家ですけど……」

「それなら、先祖がそうだったのじゃない? 先祖返りで力が顕れることもあるらしいわ」

「なるほど」

 先祖返りだとすれば、俺の家も遡って行けば、グレンアーモンドのような一族だったのかもしれない。今や見る影もないけれど。

 そして、グレンアーモンド家。俺が考えているよりもずっと由緒正しい家柄だったらしい。貴族なのだから、伝統ある家柄だとは思っていたけれど。

 神への祈りをする一族で、けれどここ百年は“あちら側”と交流できる人が現れなかった。そこに、話せるだけでなく、入口を開けることもできる子供が産まれたとなれば、一族は歓喜したことだろう。なんとしてでも子を成して、次世代につなげて欲しい。そう思ったはずだ。

 家を継がない次男でありながら、エドワードには、きっととんでもない重責が伸し掛かっていたのだ。

 ヘンリーの家で見た写真を思い出す。あの写真の少女が、エドワードの婚約者だろうか。

「あれ、でも婚約者は愛想をつかしたって……?」

「ええ、そうよ。まあ、噂だけどね。グレンアーモンド家と懇意にしている子たちが、そんな話をしていたらしいわ」

「家同士の結婚って、取りやめることできるんですか?」

「知らないわよ、そんなこと。ただ、その婚約者が別の男と子を成したと、噂で聞いただけだわ」

「そんな……」

 家同士の婚約がありながら、他の男と子供をこさえたとなれば、大問題だ。日本の一般人である俺にだって、それくらいわかる。

 ならば、それが原因で別れたのだろうか。

 詮索をすべきことか、そうでないことか、分からない。ただ、俺の好奇心は、真相を知りたがっている。

 いずれにせよ、これ以上はラミアの口から聞くべきではないだろう。

 俺は、すくっと立ち上がった。

「ありがとうございます、殿下。でもエドワードはどこに出しても恥ずかしくない紳士ですから、きっと愛想をつかされたわけではないと思いますよ」

「どうかしら。どれほど紳士でも、自分を全然見てくれない相手とは続かないものよ」

「……経験談ですか?」

 俺が尋ねると、ラミアはムッとした顔で、秘密よと答えた。


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