第三章 不思議な家 ⑤
エドワードは何か心当たりがあるのか、しきりにきょろきょろしていた。
「何を探してるんだ?」
「コアをね」
「コア?」
「うん。この精霊は家に憑いているだろう? でも大元のコアがどこかにあるはずなんだ」
「どんなやつ?」
「何に憑いているかは分からないけど、きっとこの澱みが一層濃く深いものになっているはずだよ」
「それなら、手分けして探そう。俺、二階を見てくるよ」
エドワードと分かれ、俺は二階へと上った。内装はシンプルで、飾りのある階段以外に華美な装飾は無い。
慌てて家を出たようだったけれど、中はよく整理整頓されている。きっと日頃からきっちりしているのだろう。埃すら、数日前から付いた程度だとわかる。
「あれ? これは……」
マスタールームに飾られている壁の写真に、ふと目を止めた。
何かのパーティーの写真のようで、ヘンリーが今より幾分か若い頃のものだった。ヘンリーと、おそらく親しい間柄なのだろう人たちが談笑している。
その奥に、居心地悪そうに佇む少年がいた。彼は、おそらく父親だろうと思われる男性の隣に立ち、誰かに挨拶をしているようだ。相手の方には可憐な少女が立っていて、にこにこと少年を見ている。
見覚えがある。というよりも、面影は全然変わっていない。間違いなく、エドワードだ。
小さい頃のエドワードは絵画に出てくる天使のように愛らしく、ともすれば女の子にも見える顔立ちをしている。なんとか笑顔を作ろうとはしているけれど、固い。なるほど、彼の完璧な笑顔は、練習の積み重ねだったようだ。
なんだか見てはいけないものを見たような申し訳なさと、秘密を知った時のわくわく感が入り混じったような気持ちになる。
なんとなく目を反らせないまま写真を眺めていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺は軽く頭を振って、階下へと移動する。
「エド、見つかった?」
「うん、見つかったよ。ここだ、書斎の時計」
部屋の一室から声がしたのでそこへ入ると、たしかに黒く濃い澱みが、古時計に纏わりついていた。
「壁からは外せなさそうだし……ここでやろうか」
そう言って、エドワードがいつものように柏手を打とうとした時。
澱みはみるみる人の形にまとまり、やがて美しく妖艶な女性が、姿を現した。
ロココ調のドレスに身を包んだ姿は、一国のお姫様のようで。幾重にも重なったフリルがふわりと揺れている。
だが、人間ではない。身長は二メートルほどあるだろう。髪と瞳の青は深い海のようで、スカートの裾は足があるにしては不自然な揺れ方をしている。
「あら、素敵な殿方だわ。名前は?」
「……初めまして、ラミア王女。私はエドワード・ムール・グレンアーモンドと申します。以後お見知りおきを」
エドワードは精霊を見るなり、手を胸に当て、深々とお辞儀をした。精霊は扇を左手に持ち、口元を隠しながら、慣れた様子で右手を差し出す。エドワードはそれを取って、手の甲にキスをした。
まるで物語の世界でもみているかのようなそれを、俺は息を呑んで眺めるしかない。
ラミアと呼ばれた女性は閉じた扇で、こちらを指してきた。
「そこの者は?」
「彼は私の友人です。申し訳ありません、彼はこういったことには不慣れなもので……悠大くん、僕の真似をして?」
「あっ、えっと、斎藤悠大です、よろしくお願いいたします」
俺が彼女の前へ出て頭を下げると、ラミアはすっと右手を差し出した。俺はエドワードの動きを思い出し、触れるか触れないかの位置で、チュッと音だけを鳴らす。
ラミアは気分を害した様子もなく、よろしくとだけ呟いた。
「それで、殿下。一体どうしてここへ?」
「ふん、理由なんてないわ。むしゃくしゃしたからこちらへ来ただけよ」
「きっと皆さん心配されていますよ。早くお帰りになられた方が……」
「嫌だわ、せっかく居心地の良い場所が見つかったんですもの」
ラミアがツンッとそっぽを向く。どうやら説得では駄目そうだ。
エドワードが“あちら側”への入り口を開こうとする様子は無い。
王女ということは“あちら側”では結構な立場の人なのだろうから、グレムリンの時のように空間を開いて無理矢理ぽいっと投げてしまうのは、難しいのかもしれない。
「殿下、ここに住まれているご婦人が、最近不幸な目に会っているとか。お心当たり、ありますね?」
「だ、だって! 素敵な殿方の隣に立つのは、私でなくてはダメじゃない。あんな女、さっさと別れてしまえば良いのだわ!」
「殿下、夫婦の仲は裂くものではありません。ましてや、人は脆い。貴方だって、殺したいわけではないでしょう?」
「そ、それは……」
ラミアは、駄々を捏ねる子供のようにムッとした顔をしながら、言葉を詰まらせた。
どうやら夫妻の不幸は、ラミアが老紳士に惚れてしまい、奥方が邪魔になったから怒っていたことらしい。
人間の常識など、“あちら側”には通じない。だから彼女はヘンリーが自分のものになるべきという傲慢さを持っているし、きっとマーガレットの不幸の数々は、ラミアにとってはちょっとした嫌がらせのつもりだったのだろ。
なるほど、傍迷惑な話である。
「あなた、ファウヌスみたいなこと言うのね」
「ファウヌス?」
「……とにかく! 私は帰らないわよ!」
ラミアは閉じた扇をぱしぱしと振りながら、そっぽを向いてしまった。
俺とエドワードは顔を見合わせて、やれやれと溜息を吐くのだった。




