第三章 不思議な家 ④
カーディフは、ウェールズの首都である。ウェールズとは、イギリスを構成する四つの国のうちの一つで、イングランドの左側にある。英語も話されているが、町にはウェールズ語が溢れていた。
「あ、これが噂のウェリッシュケーキ? ロンドンでもスーパーで見かけることはあったけど、ここが本場かぁ」
「はしゃぎすぎて転ばないようにね」
ウィットモア宅に向かう道中で、俺は店頭に並ぶ小さなホットケーキのようなものを眺めた。レーズンが入っていて、砂糖がかかっている。甘そうだが、とても美味しそうだ。
今から人の家にお邪魔するのに買い食いするのも失礼だと思い、ショーケースから離れようと踵を返すと、背後に立つエドワードが何かを持っていた。
「いつの間に!」
「悠大くんが夢中になっている隙にね。ウィットモア宅までまだあるし、少しくらいは良いんじゃないかな?」
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
俺はエドワードからウェリッシュケーキを受け取り、ぱくりと頬張る。ホットケーキよりは少し固めの生地だが、レーズンの酸味と砂糖の甘さがちょうど良い。ロンドンに帰っても、たまに食べたい。
イギリスに来てから、食べ歩きを見ることは少ない。必ずどこかで立ち止まって、食べ終わってから動く。日本ではこのくらいの量なら食べ歩くことも多かったから、ちょっとしたカルチャーショックだ。
郷に入っては郷に従えということで、俺も食べ終わってから、先へ進みだした。
ウィットモア宅はカーディフの中心から、徒歩で三十分ほどのところにある。さすがにロンドンからカーディフの距離を運転させるのは忍びなく、ちょうど電車旅もしてみたかったので、俺達はパディントンから電車でここへやってきた。ロンドンとは違いのんびりとした空気で、肌に馴染む。同じ首都でも、かなり違うらしい。
海沿いを歩くこと二十分と少し。噂の一軒家が、そこにあった。住宅街より少し外れてはいるが、サイズとしてはそれほど大きくはない。俺の実家よりは大きいけれど。
「うわぁ、これは……」
「思ったより厄介そうだ」
黒い澱みが家全体を覆っている。色も濃く、粘着質に見える。まるで、そこにいる精霊を表しているかのようだ。
ヘンリーの話では、もともとは幸運を呼ぶ家と呼ばれていたらしい。前に住んでいた一人暮らしの男性は、料理や掃除が済まされていたり、金が降って湧いたり、なぜか商談が上手く行ったりと幸運続きだったのだとか。
しかしヘンリーが入居してからは、マーガレットに不幸が降り注ぐことに。
なんとも奇妙な話である。
「ウィリアム様、わざわざ御足労いただきまして。中は好きに見ていただいて構いませんので、どうぞこちらを」
「ありがとうございます」
恭しく頭を下げたヘンリーから鍵を受け取ると、エドワードは玄関を開けた。
俺は貴族というものは知らないが、エドワードはあまり貴族らしくないと思う。けれど、自分よりはるかに年老いた紳士が頭を下げても当たり前のように受け入れているところは、たしかに貴族っぽいなと感じる。俺なら恐縮してしまって、慌てる自信がある。
「悠大くん、入っておいで」
「あ、うん」
俺はエドワードに呼ばれて、慌てて中へ入った。




