第三章 不思議な家 ③
「新しい紅茶をどうぞ、グレンアーモンド卿?」
俺がカップを置きながら言えば、エドワードは書類から目を話して俺を見た。そして、溜息を一つ吐く。
「隠していたわけじゃないんだよ」
「言いたくなかったから言わなかっただけ?」
「その言い方はずるいな。君だって、聞かなかっただろう?」
「へぇ、俺のせいって言いたいんですか?」
「……いや、違う。ごめん」
エドワードは書類を机に置いてカップを持つと、執務机からソファへと移動した。俺も正面に座る。
エドワードは自分を落ち着かせるように紅茶を飲んでから、口を開いた。
「お察しの通り、僕の家は普通じゃない。スコットランドに領地を持っている、伯爵家だよ」
「スコットランド? ウイスキーの有名な?」
「そう。うちの領にも蒸留所はいくつかあるから、今度連れて行ってあげるよ」
「伯爵家って、すごい偉いイメージなんですけど」
「まあ、当たらずとも遠からずかな。先祖を辿れば、王族に嫁入りした人もいるよ」
「な、なるほど……」
王族に嫁入り。やんごとなきご家庭なのは間違いない。
まさしく、住む世界が違う相手だ。まるで、“あちら側”とこちら側のように。
そんな彼が、なんだってアンティークショップなど開いているのだろうか。たしか神主のような一族だと言っていたから、家業の延長か。
俺の疑問に答えるように、エドワードは話を続けた。
「父は数年前に亡くなって、家督は兄が継いでいる。僕は次男だから、家にいる意味も無いし。早々に家出して、ロンドンに来たんだ。この店は、もともとここにあったアンティークショップの店主から譲り受けたもので、家は一切関係ないよ」
「で、俺にそれを言わなかった理由は?」
「自分の出自は簡単に話すことじゃないよ。特に僕みたいな立場は、悪党から狙われやすいからね」
エドワードが、そう言いながら紅茶を飲んだ。
嘘を言っているわけではないが、すべてが本当というわけでもないのだろう。エドワードの視線がわずかに揺れたのを、俺は見逃さなかった。
「本当の理由は?」
俺が問い詰めれば、彼は観念したように降参のポーズを取った。
「やれやれ、君は名探偵だね」
「本当の理由は?」
俺が再度問えば、彼は腕を降ろして、目を伏せた。
そして、観念したように呟く。
「……君がね、離れていくかもしれないと思ったんだ」
「なんでまた、そんなことを」
「パブリックスクールに通っていたと知った時、君は僕に引け目を感じただろう? 伯爵家の人間だと知られたら、僕に遠慮して去って行くんじゃないかと思って」
なるほど。たしかにパブリックスクールの件を知った俺は、本当にここにいて良いのかと迷った。お偉方と普通に話すには、俺の心臓はつるつるだったのだ。
だが、まさにあの時、俺は地位など気にせず友人として過ごそうと思ったのである。クリスの屋敷に行った時も驚きの連続だったけれど、離れたいなどとは思わなかった。
しかしそれを面と向かって言ったわけでもないので、エドワードが不安がるのも仕方のないことだ。
「すみません、俺も悪かったですね」
「いや、違う。僕が意気地なしだっただけだよ。君を信頼しきれていなかった」
「まだ会って二ヶ月ですし、仕方ないですよ。でも、安心してください。俺、今更エドのことで何があっても、離れたりしませんから」
「……うん、ありがとう。さすがは僕の弟だよ」
エドワードが、またあの慈愛に満ちた表情で俺を見た。
俺は動揺して、さっと視線を反らす。
「そ、そう言われるのは……正直、嬉しいです」
照れ臭いけれど、嫌な気持ちにはならない。むしろ、胸の奥がほっこりと温かくなる。兄弟とは、すばらしいものだ。
俺がニマニマしていると、エドワードが少し意地悪そうな声で言った。
「ところで、僕が言えなかったことがもう一つあるんだ。言っても良いかな?」
「え? な、なんですか?」
「敬語。そろそろ、やめないかい?」
「敬語ですか? いやでも、そんなわけにも……」
「君は兄弟に敬語で話すのかな? うちでさえ、兄に敬語なんて使わないよ」
「そう言われちゃうと……」
「ほら、うんって言いなよ、うんって」
「う、うん。わかりま……わかったよ」
「よしよし、僕たちの仲もより一層深まったところで、店じまいをしようか」
エドワードに言われて時計を見ると、時刻は十六時を回っていた。
俺は慌てて立ち上がり足早に店先に向かうと、ピクシーから今日も遊んでくれなかったと拗ねられたのだった。
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