第二章 いたずらな蓄音機 ⑦
「すごい、本物だ……」
音楽部屋と称されるその場所に入って、俺は思わずそう呟いた。
中央にはグランドピアノが置かれ、壁にはヴァイオリンなどの弦楽器が掛けられている。
「これ、全部弾けるんですか?」
「一応ね。でも、基本はディスプレイ用だよ。弾くための楽器は……ほら、あそこに入ってる」
クリスが指した先を見れば、透明なショーケースの中に、楽器ケースがいくつも並べられていた。湿度計などが置いてあり、管理されているのが分かる。
エドワードは、ショーケースの中をひとしきり見てから、一つを手に取った。蓋を開くと、綺麗なヴァイオリンが入っている。
弦に何かを擦りつけてから、構える。すごく様になっている。かっこいい。
試すように弦を弾けば、柔らかい音が流れる。俺はそれだけで感動してしまって、拍手したい衝動を堪えたほどだった。
高校の時、地域の楽団が演奏をしにやって来たことがある。弦楽器が五本とピアノの、小さな楽団だ。俺が初めて生の演奏に触れた経験だけれど、あの時よりも、気持ちが昂っている。
きっと見ず知らずの誰かではなく、ここ一ヶ月を共に過ごしたエドワードが弾いているからだ。
俺があまりにもじっと見ていたからか、エドワードは恥ずかしそうに、俺に背を向けてしまった。
エドが調律と軽い練習をしている間に、クリスは楽器をいくつか見せてくれた。とはいえ、楽器の説明をされても、俺にはヴァイオリンは全部ヴァイオリンだし、ヴィオラもチェロもコントラバスも大きさが違うことくらいしか分かっていない。
素直にそう伝えれば、クリスは爽やかに笑いながら、それで良いと言った。
エドワードの準備が完了したので、いよいよ合奏の時間と相なった。
が、その前に。俺は携帯を取り出す。
「あの、録画して良いですか? 録音でも良いんだけど……」
「おや、何のために?」
「家族に見せたいなと思って。たぶん心配してるから、元気でやってるよって教えたくて」
「私は構わないけど……、エド?」
クリスが、エドワードを見た。エドワードは少し悩んでから、了承の意味で頷く。
かくして、俺は携帯の録画ボタンを押したのだった。
俺でも聞いたことのある、ゆったりとした優しい曲だ。タイスの瞑想曲という曲らしい。オペラの間奏に使われていたのだとか。
クリスが、エドワードの演奏を聞かないのはもったいないと熱弁していた意味が分かった。
まるで甘く優しく囁かれているような、それでいて温かく包まれているような音だ。美しく、凛とした響きもある。とにかく、どんな言葉で形容しても足りない、そんな音だった。
俺は音楽のことも音のこともからっきしだけれど、その音が数々の人達を落としてきたであろうことは容易に想像が付く。俺だって、たぶん一生忘れられない。
柔らかな高音がふわりと響き終わると、俺は携帯の録画を止めるのもそこそこに、立ち上がって大きく拍手していた。
「エド、すごく素敵でした。本当に、なんというか……ああ、もう、言葉にできない!」
「悠大くん、落ち着いて」
「無理です。本当に感動したんです。音楽なんてどれも同じだと思ってた自分を殴ってやりたい」
「はは、気に入ってもらえてよかったじゃないか、エド」
「クリスさんも凄かったです。ピアノってあんなにまろやかに弾けるんですね」
「お、私まで褒めてくれるんだ? ありがとう」
「本当に、本当にすごかったです。俺、この録画、たぶんこれから何度も聞きます」
「エド、これからも聞かせてやりなよ。こんなに喜んでるんだよ?」
「……前向きに検討するよ」
エドワードがそう言って、両肩を上げる。
クリスのナイスな提案に、俺は子供のようにはしゃいでしまったのだった。
小さな演奏会はそれから数曲続き、夕飯の時間になったためお開きとなった。
俺のアルバムには、全ての録画が入っている。どれも、家族に見せるのが惜しいくらいの想い出だ。
明日はコッツウォルズを案内してくれるという。きっと、それも思い出になるだろう。
日本から持ってきた旅行ガイドでも下調べはしているし、地元民のクリスがお気に入りの場所を案内してくれるというから、楽しみである。
こうして、蓄音機騒動は華々しく幕を下ろしたのだった。




