ベテラン
福寿の「職場環境改善提案書」が提出され、一ヶ月が経過した。小宮は提案書に基づいて粛々と対策を進め、少しずつではあったが、職場に変化が出始めていた。特に若手職員同士の間で、和気あいあいとした空気が流れつつあった。「長老会」の介入が無くなった事によるものであることは、明らかだった。
小宮は福寿に電話を入れ、篠宮へ退職勧奨を行なったことを報告した。
「やはり、篠宮はまた抵抗していました。自分の『罪』に対する理解には、最後まで至らなかったようです」
小宮の口調からは、諦めが感じられた。
「ですが、総務課長として判断しました。職場環境改善のための一歩です」
「小宮さん、大英断でした。歴代の管理職の方々が、その様な判断を回避していた結果が現状です。大きな一歩になりますよ」
「長老会」は、小宮や福寿の案に対する批判を、仲間内では相変わらず批判をしていた。だが、同調者は広がらず、徐々にではあるが居場所を失いつつあった。
吉川が小宮を喫煙室へ呼び込もうとした。
「ちょっと話があるんだけどよ、二人だけで」
「私は喫煙をしないので、話であればパーテーションの奥で伺います。また、念のため課長補佐も同席します」
「言った言わない」を無くすため。また、「暴行を受けた」などという、有りもしないでっち上げを起こさせない為の防御柵として、必ず管理職に当たる第三者を入れて対応する…これも、福寿からのアドバイスだった。
吉川は不満そうに、小宮と課長補佐に促されて、パーテーション奥のソファに座った。
「あんた方は、揃って俺達を辞めさせたいのか?今まで許されていた事が、急に駄目になるってのは、迫害じゃないのか?」
吉川の口調は明らかに怒気がこもっていた。課長補佐は、既にボイスレコーダーを作動させている。
「いいえ、許されていたわけではありません。これまで職場として、正しい対応をしてこなかっただけです。その責任は、私を含め、歴代の管理職にあると思っています」
「じゃあなにか?俺たちは、間違った事をしていたということか?許されないことをしていたということかよ。俺も先輩たちから同じ事を…」
吉川がまくし立てたのを、小宮は手で制した。
「それはこの前もお話した筈です。あなた方は、他者に介入すべき立場ではありません。そして、職場環境改善の為の新たな規則が制定されました」
小宮はじっと吉川を見据えている。
「あとは、皆さんがそれに従えるかどうか。それだけですよ。『職務専念義務』を逸脱しないで下さい」
小宮がそう言うと、吉川は俯いた。
「何がハラスメントだよ…そんなの受け手側の問題じゃねぇか」
低く、圧力をかけるような言い方をしてきたら、
「えぇ、その通りです。だから不愉快に思った受け手である、若手職員達が離脱していったんじゃありませんか」
小宮は一切動じず、毅然と言い切った。これまでの様な圧力が通じないと悟ったのか、吉川は黙って席を立った。
だが、小宮は再雇用者を一律に排除する考えを持っていたわけではなかった。神田、寺本、窪井といった、若手職員と関係性の良い再雇用者には、相談役的役割を任命した。これも、福寿の助言によるものだった。
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「小宮さん、『メンター制度』を導入してはどうでしょうか」
「何ですかそれは?」
「簡単に申し上げますと、口出しする人」を減らして、支える人を明確にする仕組み、といったところでしょうか」
小宮はメモ帳を開き、身を乗り出した。
「助言機能を制度化することで、無秩序な介入を抑止することができます。そしてこれはあくまでも『権限の与えられた人』が『助言』に徹するというところがポイントです。直接介入や、価値観の押し付け等は厳禁です」
「福寿先生、これですね。責任も権限もない者が若手に介入して、責任を取らない。もっと早くこれをやるべきでした…」
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「メンター」として選ばれたのは、神田、寺本、窪井だった。この三人が、3ヶ月毎にローテーションで若手職員の伴走役を務めることになった。
「御三方の力を、私たちに貸して下さい」
「大げさだよ、長くいるだけだから俺たちは」
寺本はそう答えたが、役割を与えられて力が入っている様子だった。
「おう、何でも言ってくれ!」
神田がそう答えると、窪井も頷いた。
ある時、他部署にまたがる事案が発生し、前原が対処に戸惑っていた。小宮はそれを寺本に話すと、すぐに動いた。
「前原君。この件、広報と調査部に繋いでおいたよ。後でメールを送って欲しいということだ」
「ありがとうございます!寺本さん、さすがですね」
前原は満面の笑みで寺本の前へ行き、頭を下げた。
「広報と調査部の課長は、前に同じ部署だったからな。なに、俺長くいるだけだよ」
寺本もまた、満足気な表情を見せた。小宮も部下も、少しずつだが、確実に職場の空気が変わりつつあるのを感じていた。




