提案
「小宮さん、まだ問題は解決していません。この状態が続けば、同様の離職は繰り返されます」
「確かに…そうですね…」
「生じた損失、人員補充、教育コスト、業務停滞…これらは場合によっては、組織としての責任問題にもなり得ます。SNSで広まれば、マスコミも騒ぎ出すかもしれません。あまり安く見積もらない方が良いですね」
吉川が力なく立ち上がった。
「俺はもう良いかい…」
「吉川さん。ここに至って尚、それでもご自分の考えは正当だとお考えですか」
福寿が聞くが、吉川から言葉は出なかった。
「吉川さん、この場で誓約してください。二度と他人の仕事や立場に立ち入らないと」
「わかったよ…」
小宮の強い問いかけに、吉川は消え入るような声で答え、席を立った。
「福寿先生…これからどうすれば良いでしょうか。私が異動した後、元に戻っては意味がありません」
「そうですね、大切な観点です。小宮さん、お手数ですが明日、私の事務所へお越しいただけますか?」
翌日 福寿事務所
小宮が緊張した面持ちで、ソファに座っている。時計の秒針の音だけが、室内に聞こえている。
福寿がデスクから移動し、小宮の前に腰を下ろした。
「お待たせしました。これをご覧いただけますか」
福寿は、綴られた冊子になった書類を小宮に渡した。
[職場環境改善提案書]と表題にある。
「若手職員の離職率低減に向けた施策です」
小宮は頁を捲り、内容を確認している。
「本件は、個々の職員固有の問題もありますが、それを事実上黙認してしまっている組織統制の不備にあります」
福寿の指摘に、小宮は黙って頷いている。
「古い体質を意図的に都合良く持ち込み、職場の規則とは別のルールを構築する事で、若手職員を支配する構造があります。前時代的であると言わざるを得ません」
「それを放置してきた、歴代の管理職の責任です…私もですが…」
小宮は大きくため息をついた。
「小宮さん。年次の旧い人がいる事自体が必ずしも悪いとは言えません。とある民間企業では、業務に必要なことは、代々きちんと伝承される体制が構築されていました」
「情けないです…『長老会』のやっている事は、業務には全く必要のないこと…」
小宮は俯いて首を左右に振る。
「その民間企業の場合は、受け継ぐ事の必要性と、認識の共有もされていたという事です。やはり構造の問題と、個々の人の認識がアップデートされているか」
「その通りです。認識の乖離が激しいと言わざるを得ません」
福寿が手渡した「職場環境改善提案書」は、以下の様なものだった。
[権限なき介入の放置]
[発言責任の不明確化]
[評価基準の欠落]等々
これらが複合的に作用し、職場環境の悪化を招いていると断じた。さらに改善すべき項目に対する、改善のための具体的提案も行なった。
「かなり具体的ですね…」
小宮が感心した様子で言った。
「これでも十分とは言えませんが、まずはこの辺で様子を見ましょう。きっと反発や軋轢もあると思いますが、『制度を明確化して、人を守る』ことが目的です」




