対決II
篠宮は現れると同時に、福寿を睨みつけてきた。明らかに好戦的な姿勢を見せて、脅しているように見せたが、福寿も視線を外さなかった。
「篠宮さん、何か言いたいことでも?」
福寿は最初から低く、冷たさを感じさせる声で聞いた。
「何の真似だよ、こんなことして」
「あなたには、正木さんへの発言について伺います」
篠宮の目が泳いだ。先日、正木への高圧的な言動に覚えがあるのだろう。
「篠宮さん。『先輩は絶対』ですか?」
篠宮の目に動揺が浮かぶ。
「何言わせたいんだよあんた…」
「どうですか?」
福寿はあえて無表情で聞くと、しばらく沈黙の時間が流れた。
「……そうだよ…後輩が先輩に従うのは当たり前だ。ここはそういう職場だよ。挨拶も出勤も、全部後輩が先って決まってるんだよ」
「では、それらが決められている根拠を教えていただけますか。『就業規則』に定められているんですよね?」
「シュ…何?あんた俺をバカにしてるんだろ!」
「篠宮、冷静にしないかっ!」
小宮が立ち上がり一喝すると、篠宮の表情が凍りついた。
「あんた何様だ!勝手なことばかりしてきて。何を聞いても『指導』『教育』だと。誰もあんたになんか頼んでないんだよ!」
小宮は堰を切ったように、一気にまくしたてた。
「小宮さん、一旦それくらいにしましょう」
福寿が小宮を諌め、ソファへ座らせた。
「篠宮さん、まだ私の質問に答えていませんよ」
福寿は再度質問をする。
「あんたの言う事は屁理屈だ。俺ら先輩は偉いんだよ。そうやってやってきたんだ!」
篠宮は開き直った。
「それらが若手職員の離職につながっている可能性について、考えたことは…」
「若いのが勝手に辞めてるだけだろ。根性がねぇんだよ。俺らは自分たちが受けたのと同じようにやっているだけだ」
「確認しますが、これまでに退職、あるいは休職した若手職員と、あなたが関わったことはありますか」
一瞬、間が空く。
「そりゃ、同じフロアだからあるだろうよ、多少はな」
「多少?」
「普通に話したり注意したりだろうがよ」
「『注意』の内容を、詳しく教えてくださいます?」
篠宮は明らかに苛立ち、何度も舌打ちをしている。
「有休取りすぎだとか、仕事遅ぇとか、そういう当たり前のことだろうが注意ってのは!」
「あなたが言うことですか?」
「誰が言ったって良いんだよ。俺たちは先輩なんだから当たり前に…」
篠宮が言うのを福寿が制する。
「あなたはその立場にありますか?」
「うるせぇよ!」
篠宮は持っていたペットボトルを壁に投げつけた。衝撃で、壁に掛かっていた時計が床に落ち、ガラスが割れた。
「小宮さん、これが実態です。若手職員を支配するべく、食事や喫煙室への誘いなどで徐々に支配し、気に入らなければ暴力行為に及ぶ。こうして脅していくことで、支配構造を確立していくんです」
小宮は篠宮を睨みつけている。
「篠宮氏のこの暴力的な行為そのものが、職場の心理的安全性を毀損し、他の若手職員への見せしめとして機能させているんです。有形力の行使など、決して許されることではありませんよ」
「先生、記録しました」
パーテーションの裏から、正木が顔を出した。写真を撮り、時間と日付をタブレットに記録した。
「お…お前…なんで…」
篠宮が正木を見て愕然としている。
「篠宮さん。正木さんは福寿先生の部下なんです。実態を探るために来て頂いたんです…あなたに言う必要はないことですがね」
小宮が毅然と正木に言った。
「福寿先生。これまでの件と今回の件を合わせて、篠宮を懲戒処分にかけたいと思います」
小宮の顔が紅潮している。篠宮は力なくソファから立ち上がり、外へ出ていこうとしている。
「篠宮さん。総務課長として命じます。あなたの処分は追って言い渡す。それまで自宅謹慎していなさい」
先程までの勢いは全て削がれ、篠宮は背を丸めてゆっくり部屋を出ていった。
「篠宮には、退職勧奨をしようと思います」
小宮は呟いた。




