対決
三日後、福寿は小宮と連絡を取った上で、改善案の件と称して、公共団体のオフィスへ赴いた。
「小宮さん、色々精査しました。その結果、はっきり見えてきたものがあります。小宮さん、本当に職場を改善する覚悟はありますか?」
福寿は小宮の目を見据えて言った。
「…はい、どこかで手を打ちませんと…」
「分かりました。ではまず、吉川さんを呼んでください」
吉川は面倒くさそうに福寿と小宮の前に現れた。しかし、目は明らかに福寿を警戒している。
「特定社会保険労務士の福寿と申します」
「特定…?なんだい」
「吉川さんに幾つかお伺いしたいことがあります」
吉川の目に一瞬だが、怯えが走ったのを福寿は見逃さなかった。これまでの振る舞いが追求されることを恐れたのだろう。
「先般の前原さんとのやり取りについて伺います」
「何か言ったかな…」
惚けているが、手の動きに落ち着きがない。
「前原さんが有給休暇を取得したことについて「迷惑がかかる」と発言しましたね」
「本当の事だからな。それが問題か?」
「はい。大問題です」
福寿は即答した。吉川が肩で息をした。
「有給休暇は労働者に認められた権利なんです。前原さんは引継ぎもきちんと行なっています。また、業務に支障が来さない様調整されていれば、第三者が否定する事は認められません」
「建前なんかどうでも良いんだよ。俺たちの頃は…」
吉川は手で煙を追い払うような仕草をして、福寿に反論した。
「『あなたがたの頃』というのは、価値観の押し付けです」
福寿は吉川の言葉を遮った
「あなたの発言は、『権利行使への心理的圧力』とみなされる可能性があります」
「なに?」
「繰り返されれば、ハラスメントと判定される可能性があると申し上げています」
「大げさだ。ちょっと注意しただけだろ」
「注意?」
福寿は強い目で吉川を見据えた。
「注意すなわち指導と言い換えましょう。業務上の指導は、『業務に必要な範囲』で、『職務上の権限』に基づいて行われるものですよ。あなたは彼の上司ではないですよね?」
「……」
「しかし、前原さんの『働き方』に干渉しました。注意ではなく、明らかな『介入』であり、越権行為です」
福寿は淡々と、確実に言葉を積み重ねる。吉川は言い返せず、苛立ちを隠さなかった。
「権利権利って、いちいち甘いんだよ。そういうのが気に入らないんだ俺たちは。最近の若いのはすぐ休むしな」
「『気に入らなかった』のですね」
福寿が即座に拾う。
「それはあなたの個人的感情に基づく意見ではありませんか。そんなものが許容されたら、組織は機能不全を起こしますよ」
福寿が厳しく言い放った。隣で小宮が、息を呑む。
「小宮さん、よろしいですか」
福寿は小宮の方を向く。
「これは、吉川さん個人だけを責めて解決する問題ではありませんよ」
その言葉に、二人が同時に顔を上げた。
「構造です。構造に問題があるんです。この様な越権行為を抑止できない、罰も下らない構造に、一番問題があるんです」
「構造…ですか」
福寿はフロアを見渡した。
「限定的な業務しか持たないベテラン層が、発言力だけを維持しています。しかも己の発言に責任を持たず、ルールもない。まさに『言った者勝ち』になっているのが現状です。自覚はありますか?」
一つ一つ、正すように言葉を置く。
「結果として、若手が沈黙し、あるいは離脱している」
「全くその通りです…」
小宮がつぶやいた。
「職場における安全配慮義務は、身体的安全に留まりません。『心理的安全』も含めてのことなんですよ」
沈黙が包む。
「いかがですか?それが保たれていますか?」
「はっきり申し上げましょう。改善すべきは、組織の構造です。これまで、全ての責任を『若手職員の甘さ』で片付けてきましたが、本質がそこではないことは、お分かりいただけましたね」
小宮も吉川も、完全に下を向いた。
「今のままでは、離職が止まることはありません」
空気が一気に冷たさを帯びた。
「小宮さん。次は篠宮さんを呼んでください」




