若手の声
正木を呼んだのは、篠宮という男だった。目つきが悪く、威圧感のある風体だった。
「お前今日来たばかりの新人のクセに、何先輩の誘いを断ってんだよ」
いきなり絡んできた。すかさず正木は返答した。
「私は煙草の煙が駄目なんです。受動喫煙禁止という…」
正木が話している途中で、篠宮は遮った。
「それだけじゃねぇぞ。せっかく先輩が昼飯に誘っているのに。断って良いと思っているのか?」
「持ってきていたので…お誘いには感謝します」
「お前、新人なら先輩の言うことは聞くもんなんだよ。お前の事情なんてどうでも良いんだ。ここはそういう職場なんだよ」
「篠宮さん、やめてください。正木君は今日来たばかりですよ」
通りがかった小宮が、慌てて止めに入った。
「篠宮さん、これ以上はパワハラとして問題にします」
小宮が警告すると、篠宮は舌打ちして居なくなった。
「正木さん、申し訳ない…」
平謝りする小宮に、正木は笑顔を返した。
「早速問題点が明るみに出てきましたね。しかし呆れた言動です…あんな人がまだ居るとは…」
その日、正木は隣の席の前原と一緒に帰ることにした。帰り道の途中にあるコーヒーショップに立ち寄り、前原は吉川や篠宮の事について色々教えてくれた。
再雇用者の中で、特に問題があるのは10名おり、その連中は「長老会」と称して、若手職員を疲弊させる言動や行動を起こしているとのこと。
吉川、篠宮の他、松田、坂上、土田、木島といった面々が一派としてつるんでいる。
「あいつら、窓際だから暇なんだよね。そしてその暇を弄んで、他人を攻撃することに使っているんだ」
前原が言う。
「攻撃?そんなことして何に…同じ職場にいて他人の粗探しするなんて。しかも定年過ぎているんだよね?情けない」
正木が苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「正木君の感覚は正しいよ。僕も同じ事を言った事があるんだ。そうしたら、『俺たちも同じ事をされてきた』『ここはそういう職場だ』と言われたよ」
前原が言う。
「僕、そこそこブラック企業にいたけど。ここはブラック企業というより、一部の人間がものすごいブラックだね…」
正木が昔を思い出すように言った。そしてその晩のうちに、正木は音声データを福寿のパソコンに送信し、電話で報告をした。
「聞かせてもらったわ。想像以上に酷いわね。こんな物言いが許されると思っているとは、呆れた連中よ」
福寿は明らかに憤っていた。それは、安全衛生以前の、他者の尊厳を一切無視した言動を平気で行う知性の低さ。そして、認知の歪みに対して。
もう一つは、アシスタントの正木を傷つけられたという思いからだった。
「正木君ごめんね、もう降りて。こんな職場に居させるわけにいかないわ」
「先生、相手は早速ボロを出してきたんです。まだまだ証拠を集めていきますよ」
そう言うと、正木は電話を切った。
その後、正木は若手職員たちの飲み会に顔を出し、本音を聞き出していた。その翌日には、分かったことを福寿にメールで連絡していた。
正木からの報告は、以下のようなものだった。
「定年再雇用者が、楽な仕事を選び、あるいは若手の仕事に割り入って奪っている。また、一番高い給料(嘱託報酬)をもらって、一番仕事をしていない」
「新しいシステムを導入しようとすると『俺は分からないからダメだ』と拒絶する」
「ハラスメントを相談しても、人事責任者も彼らの元部下なので握り潰される」
「課長は出向者であるため、一次的に改善されても、課長が変わると元に戻ってしまう」
福寿はデスクの電話を取ると、正木へ連絡した。
「正木君、反撃開始よ」




