第44話 ここは俺の店だ
「美味すぎるじゃねえか!! どこでこんなの知ったんだよ!!」
「……はぁ?」
トワから発せられたのがあまりに予想外な言葉で、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。トキも同様に拍子抜けといった顔をしている。
「おいサンっ、牛丼って最っ高だな!」
「こんなの初めて食べました」
「これどうやって作ったの!?」
トワの声を皮切りにみんなが賞賛の言葉をかけてくれる。
「おどかすなよ……」
俺は緊張が一気に解けて、その場にしゃがみこんでしまった。
最悪のスタートかと思っちまったじゃねえか。紛らわしい雰囲気出しやがって。
「なにしてんだお前?」
心の中でグチグチと文句を垂れていると、トワが不思議そうな顔でこちらを見てきた。
お前のせいでこうなっているんだ、と言いそうになったのは口に出さない。
「いや、何でもない。口に合ったのなら良かったよ」
高評価を得られていそうでとりあえず一安心だ。日本の料理はこの世界でも大絶賛される。それが分かったことは何よりの朗報だ。
これを使えばこの世界に革命を起こすことができる。
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「美味そうな物を食べているわね」
その刹那、俺の近くのカウンター席からひとつの声が飛んできた。今日招待した誰のものでもない、女性の声だ。
「お前ッ!?」
真っ先に反応したのは風花雲月のメンバー。他の者は急に現れたことへの驚きのみだが、彼らだけは即座に臨戦態勢に移る。
「幻想の、ケツァール……?」
トワもどこかで姿を見たことがあったのだろうか。ポツリとその名を口にした。
「なんでこんなところに居るんだよ。まさかサンを殺しに来たのか?」
「そんなことするわけがないでしょう。見逃したのは私よ?」
確かに俺は一度見逃された。そんな相手を追ってくるというのは考えにくい。
「じゃあなんで……」
「美味そうな匂いがしたものだから、気になったの。牛丼……というのかしら?」
ジッと俺の顔を見つめてくる緑髪女に、俺は素直に首肯する。
「ああそうだな」
「それをひとつ頂戴。ああ勿論、お代は払うわよ」
「要らねえよ。今日はプレオープンだ」
俺は彼らから代金を取るつもりは無い。こちらが招待しているのだ。金銭など気にせず存分に楽しんでもらいたいからな。だからコイツからも金を取るつもりはない。
俺はキッチンへと戻る。なぜかって? そんなの注文を作るために決まっているだろう。
丼に米を入れて、肉を盛る。オーダーは牛丼なのでトッピングは乗せない。純粋な牛丼をそのまま頂いてもらおう。
「ほらよ。牛丼だ」
コトッと、牛丼を乗せたお盆を彼女の前に置いた。
本来はトキの仕事だが、特別待遇である。店主直々に給仕してやろう。トキが怯えてしまっているわけだしな。
「そんな奴に出す必要ないだろ」
アーリーがケツァールに剣を向けながらそんなことを言った。それに同意するように、武器を構えるみんなが首肯する。
トワも、風花雲月も、レイチェルも、クリスさんだって自分の獲物を彼女に向けていた。トーさんだけは余裕の表情でお冷を飲んでいる。流石は大人といったところか。
「……武器を下げろ。ここはそんなものを出す場所じゃないぞ」
俺は全員に対して圧を送る。当然本気ではない。ただ脅かすためのものだ。
これによってビクッと近くに居たトキが震えたのを感じたので、安心させるように手を繋いでおく。
「そうですよ皆さん。一度落ち着きましょう」
トーさんも俺に続いて皆を制止してくれる。
元店主であるからか、この店が俺達にとってどういうところなのかを理解している。だからこそ彼は一度俺に微笑んで、彼らの前に立った。
「飲食店はご飯を楽しむ場で、交流を深める場です。そんな物騒なものを持つ必要なんて無いですよ。持つのは食器だけで十分です」
「しかしトーさん、ソイツはこんなところに居て良い存在じゃない」
彼らを代表してトワが一歩前に出る。
「貴方だって分かっているでしょう。ソイツがどういう奴なのか」
「ええ勿論。天魔の一人ですよね」
「逃がしてはおけないというのは、貴方も分かるはずです」
魔人というのはそれだけ人間にとっての脅威だということなのだろう。トーさんの言葉でも止まろうとしない彼らを見て俺は他人事のように思っていた。
「サンだって、分かってんだろ」
トワが懇願に近い形でこちらを見つめてくる。「頼むから退いてくれ」と言うように。
「ああ、分かってる。ただそれでもこの店で武器を持つことは許さない」
親友の言葉でも、俺の意思は変わらなかった。変わろうとすらしていない。そのせいでトワに苦虫を噛み潰したような顔をさせてしまったが、これに関しては仕方のないことだ。
「人類の敵だろうが、バケモンだろうが、この店に来た以上飯を食って笑顔で帰ってもらう。それが俺の店だ」
どんな奴が来ようとも飯を求められれば提供する。どこまでロクデナシな奴でも最高のもてなしをしてやる。それが料理人だ。これを俺は日本で学んだ。
「ほら、席に着いて牛丼を食え。冷めるぞ」
俺はクスッと笑って彼らに言う。すると渋々といった様子で皆武器を下ろした。
「騒がしい連中ね」
その一連の騒動をまるで他人事のように眺めていたケツァールは鬱陶しそうにそんな言葉を零した。
「お前のせいなんだけどな。……まあいいや。美味いか?」
「ええ、最高よ」
「それはなによりだ」
ケツァールの口にも合ったようだ。彼女からの賞賛は料理に自信がつく。魔人にすら好まれる食事……うん、良いものだ。
「ご馳走様。また来るわね」
レンゲを置いて、ケツァールは立ち上がる。
牛丼の中をちらっと見てみると、牛丼は綺麗さっぱり消えていた。完食とはな。嬉しい限りである。
「出来れば来ないで欲しいと助かるんだがな」
「あら、客を選ぶというの?」
「そういうわけじゃねぇんだけどな」
毎度毎度騒ぎを起こされては困るので、なるべく店には来ないで欲しい。
そう願うのだが、ケツァールの様子を見る感じそれは叶いそうにない。
「それじゃあね」
ケツァールはそう言うと立ち上がって、次の瞬間には姿を消していた。一瞬だが魔力の動きがあった。転移魔法の類でも使ったのだろう。
「……おい、サン」
ケツァールがこの場を去ってすぐにトワが抗議をするためにこちらへ来た。
「言いたいことは分かるが、ここは俺の店だ。たとえお前だろうと逆らえないぜ」
俺はトワの言葉を遮るようにして告げる。
言ってしまえば俺のこだわりのせいで人間にとっての脅威を逃がしてしまったのだ。文句が出ないわけがない。ただそれでも俺はこの店で争うことを許さない。
「はぁ……どうせ今の戦力じゃ逃げられていた。下手に刺激するよりは良かったのかもな」
言いたい言葉を飲み込んで、トワは特大の溜息を吐いた。苦労をかけることになるのは申し訳ないな。




