第45話 いらっしゃい。
「みんな、食事に戻ろう」
トワの一言でみんな張り詰めていた緊張を解いた。
「まさかこうなるとはな」
俺はつい溜息を吐いてしまった。
このプレオープンは楽しいだけのものになるはずだったんだけどな。ケツァールが現れたせいで変な空気になってしまった。アイツには是非責任を取ってもらいたいものだ。
「もしかしたらサンはケツァールに好かれているのかもな」
ケラケラと笑いながら冗談を言うアーリーをジッと睨んでやる。
「それを言ったら皆さんだってそうでしょう。俺と同じでケツァールと会うの二回目ですよ」
「ハハッ、確かにな」
「でも二回も遭遇して命があるのは奇跡ですよ」
そう言う魔術師カルメは疲れが顔に滲み出ていた。多分この中で唯一ケツァールの実力を正しく見える人間だ。そりゃあ人一倍警戒するし緊張するだろう。
しかしそうか。人間が魔人と二度遭遇して生きているのは奇跡なのか。
俺も以前ケツァールに腹を殴られたことがある。あの程度で済んでいたのは俺が幸運だったのだろうな。痛かったから許さないのだが。
「サントール、よく平然と対応できたね」
カルメと同じように疲弊しているトキが不思議そうに口を開いた。
「まあ……敵意は無かったし」
「それは嘘だろ。アイツ今すぐにでも蹂躙しそうな雰囲気だったじゃないか」
「そう見せてただけさ。本当に牛丼の匂いにつられただけだろうな」
あれは魔人であるというプライドがそうさせていたのか、確かに少しでも攻撃してきたら加減はしないと言っているかのような圧があった。だが、それはあくまでもフェイクだ。俺が先程したように、ただの脅しだな。
「ほんと、お前が不思議でしょうがないよ俺は」
アーリーが苦笑いを浮かべながらそんなことを言ってきた。彼に何度言われた言葉だろうか。
「同感するわ。おじいちゃんもだけど、どうして今ので平然としていられるのかしら」
「ふふ、ただの経験だよ。私はね」
トーさんはお孫さんに向けてニコッと笑う。きっと本当なのだろう。老人というのは侮れないものだ。
「牛丼のことも含めて、お前は本当に何者なんだよ」
近くに来たトワが軽く拳を当ててきた。その顔はどこか呆れている。
そういえばコイツのことを結構振り回しているかもしれない、と今更自覚する。
「ただの店長だよ」
「そうかよ」
今の俺はこの店の店長で、Fランクの冒険者、それだけだ。他の何者でもない。
「でもこんな美味しいもの食べれるのはありがたいなー」
「これを食うためなら幾らでも金を払えるぜ」
レイチェルとアーリーが牛丼を褒めてくれる。それに続いて、他のみんなも牛丼の話へと移行していく。
気づけば、皆の顔はケツァールが現れる前と同じようなものになっていた。
俺はその様子を見てホッとする。緊張していたままの食事では面白くないからな。
「そういえば話は変わるんだけどよ。店の名前はどうするんだ?」
そこで話題を変えるようにアーリーがそんな質問を繰り出してきた。
「確かに。そういえばまだ聞いていなかったのぉ」
マスキュルが興味津々といったように続く。カルメも、他のみんなも似た様子だ。
「あーそうだなぁ……」
店の名前は重要だ。だから未だに決めかねていた。トキとも何度か話をしたが決まっていない。
「サントールが決めて。この店の主は貴方」
チラッとトキに視線を送ると、少女はまっすぐこちらを見つめて言った。
短い関わりながらも俺の事をよく理解している子である。彼女に決めてもらおうと思ったのだが先手を打たれてしまった。
俺はうーんと唸りながら思考を巡らせる。
「うん。決めた」
そうして少しの間沈黙が流れたあと、俺の中で答えを決めた。顔を上げると皆が興味の視線を送ってきているのが分かる。
「じゃあ発表するぞ。この店の名は──」
一息置いて、俺は告げた。
「準備できたよ」
仕込みを終えたので厨房でゆっくりしていると、店内の清掃をしていたトキが帰ってきた。
「おう。じゃあ開けるか」
俺はよいしょというオジサンくさい言葉とともに立ち上がる。エプロンの紐をキュッと結んで、外に出る。
先に外に出ていたトキが持っていた暖簾を受け取って、それを店の入り口にかけた。
プレオープンから数日が経過し、俺たちは遂に店を開く。
店名も決まったので、暖簾にその名を描いてもらった。描いたのはレイチェル。流石武器職人というべきか、器用な奴である。
「楽しみだね」
暖簾をジッと見つめていると、隣に居たトキがクスッと笑った。俺もつられて笑いながら頷く。
「これからは忙しくなるぞ。大丈夫だな?」
「うん、任せて」
グッと親指を立ててみせるトキ。
この少女を拾って良かった。呪い子を拾うことになって少し憂う部分もあったが、きっとどうにかなる。そんな気がする。
「あのー、今ってお店開いてますか?」
トキと話していると、一人の女性が声をかけてきた。どうやら初めてのお客さんらしい。
一度トキと顔を見合せて、ニヤッと笑う。
「いらっしゃい。『魔牛家』へようこそ」
悪魔的に美味い料理で、このクソ不味い飯しかない世界を驚かせることにしよう。




