第38話 牛丼を作りましょう
あれから何も買うことはなく、一旦家に帰ることにした俺達はアシヤミの袋を持って店の前まで戻ってきていた。
「楽しそうだね」
店の扉を開けて中に入ると、トキが俺の顔を見つめながらそんなことを言った。
どうやら俺は感情がそれなりに顔に出てしまうらしい。特にポジティブな感情に関しては。
「そりゃあな。ようやく完成するんだから」
牛丼を作るのはこの世界での俺の目標だった。
この世界に転生してきて十六年。ずっと飯の不味さに苦しんできた。
遂にこの世界で俺の望む食事ができるかもしれないのだ。
楽しくないわけがない。
「でも、アシヤミなんてどう料理するの?」
「前にトーさんが言ってたろ。アシヤミの種子を水で煮るんだ。そうすることで水分を含んでふっくらする……はずだ」
これは米の作り方ではあるためアシヤミでも同じ炊き方ができるのかは分からないが。
「アシヤミなんて美味しくない粒々にしか思ってなかった」
「そうなのか?」
「うん。私の知ってる食べ方だと特に煮るとかはしないよ」
トキが軽く作り方を説明してくれる。
どこで料理なんて教わったんだよ、とは思ったが気にしないことにする。多分幼い頃に両親が教えてくれたか何かだろう。
「アシヤミをそのまま食べるの。ただ味のしない粒々って感じ」
オートミールみたいなのかな、と少しだけ想像してみる。
……それより猫じゃらしを擦って出た種子を食べる方が感覚的には近いのかもしれない。
そう考えるとトキが不味いと言うのも理解出来る。
あの食事大好きなトキが嫌な顔をするなんて相当なものなのだろう。
「その認識をひっくり返せるといいな」
キッチンに足を踏み入れながら、俺はフッと笑う。
「期待してる」
袋を邪魔にならないところに置く間に笑うトキの顔がチラッと見えた。
「じゃあ始めるか」
俺はパンッと手を叩いてからトキに告げた。
「見とけよ。そのうちお前にもやってもらうからな」
牛丼のタレを作る時はトキに作り方を教えることは無かったが、今回は違う。
米は牛丼にかかせないパーツのくせに出来るのに時間がかかる。
基本キッチンは俺一人で回すつもりではあるが、時にはトキに手伝ってもらわなければならなくなるだろう。
だからトキには米炊きくらいは覚えてもらおうと思ったのだ。
「分かった」
トキはコクっと頷いて、俺の隣に立った。
「ていってもやる事は簡単なんだけどな」
俺はクスッと笑みを浮かべながら鍋を取り出す。
本当にやる事は単純だ。
「まずアシヤミと水を鍋に入れて火にかける」
俺はトキに説明しながらアシヤミを一合ほど鍋に入れて、水魔法を使って水を入れる。
この世界に水道なんてものは無い。そんなもの必要ないからだ。
各建物には水を出す用の霊器というものがある。
霊器とは人間に宿る魂力を消費することで設定された魔術を発動するという道具だ。
昔は魔力のみを使用する魔道具というものが主流だった。
人間では魔力を扱うことは難しいので魔石を用いるものが多かったと聞く。
だが定期的に魔石を交換しないといけないし、魔力を扱う分作るのだって一苦労だったため扱いやすい霊器が台頭してくるとすぐに姿を消してしまった。
自分で魂力を操作する魔術とは違って霊器は魂力を流すだけで簡単に発動してくれる。だからこそ生活する上でとても便利なものなのだ。
火の魔術を使うコンロのようなものもあれば、蛇口みたいに水を出す霊器もある。冷蔵庫のようなものまで今では普及している。
魔術が生まれてから、人間の生活というのは随分進化したな。
「準備はこれくらいだ。後は火にかけるだけ」
俺は鍋に蓋をして、コンロのような霊器に乗せる。
このコンロもそうだ。便利なものが存在しても、俺達には使えない。
トキはエルフだから当然として、俺は人間なのにも関わらず魂力が無い。使用者の魂力を消費することで扱える霊器では俺達は使えないのだ。
ウチの冷蔵庫は唯一魔石を用いる魔道具なので機能してくれているが、他のものはどれも使えない。
ではどうするのか、その答えはとても簡単だった。
「火はそうだな……最初は中火くらいだ」
指先から火属性の魔法を放ってコンロに火をつける。俺には魔術が無くても魔法がある。それを使えばいいだけだ。
「とりあえず沸騰するまで待ちだな」
今後のことを考えて期待が膨らむ俺はそう言ってニヤッと笑った。




