第35話 まずは基本を覚えましょう
「じゃあ一応教えるが……」
結局俺が折れることになり、溜息を吐きながら先程俺が見せた芸当を解説することにした。
「あれは法力回路に直接術式を展開して魔力を通すんだ。そうするとさっきみたいに魔法陣を展開する手間を省けるんだ」
「……どうやるのそれ」
「簡単だよ。まず回路に魔力で術式を書いて——」
「ま、まってっ!」
説明をしていると、なぜかトキに止められてしまった。
「んだよ」
「そのやり方が分からないの」
「はぁ? 簡単だろ。書くだけだぞ」
「だけ、じゃないよ!」
怒るトキに俺はコクっと首を傾げた。
人間が魔法を扱うには確かに法力回路が弱すぎる。そのために回路の代わりに魔法陣を使うのだから。
でも俺の魔法は人間用に作ったものだ。
魔物が使うような魔法のように負担は大きくないので、トキにとっては厳しいことなどひとつも無いと思うのだが。
「まず回路ってどうやって認識するの……?」
「えっ、分からないのか?」
まさか回路の負担とか以前の話で、俺は驚きから素っ頓狂な声を上げてしまった。
「分からない」
「目のあたりに何かあるだろ。複雑に出来てる何かが」
「いや……分からないけど」
ふむ。まずはそこを認識するところだったか。
しかしそうか。俺は魔法を練習する時には既に回路に気づいていたのでみんな分かっているものかと思っていた。
感覚的に言うなら、腕とか足とか、動かせる部分を認識しているのと同じ感じだ。
「じゃあ無理だな。諦めて魔法陣を使うんだ」
「むー……」
不服そうな顔をされても無理なものは無理だ。
そうだ、魔術でも使えば分かるんじゃないだろうか。
あれも原理でいえば魔法と同じだからな。トワやカルメにでも訊くことにしよう。
「でも、エルフの人達も魔法を使う時は魔法陣を使ってた」
「下手くそなんだろ。俺の知ってる奴はみんな回路で発動してるし」
魔法を使っていて今の俺が知っている奴なんてそれこそ魔人のケツァールくらいなんだけどな。アイツは回路で発動していた。
「……なんかサントールのこと信じれなくなってきた」
「なんでだよ」
悲しいことを言われてしまった。ショックで数日寝込みそうである。多分そんなことないけど。
「まあいいや。とりあえずやってみろ」
「うん」
俺が練習を始めるように促すと素直に首肯して手を何もない空間にかざした。
「……ねえ、そういえば魔法陣ってどうやって作るの?」
そこで俺は魔法の土台となる魔法陣の作り方を教えていなかったことに気がついた。
「ぐぬぬぅ……」
パリンッというガラスが砕けたような音とともに赤色の輝く円盤が砕け散った。
「また失敗だな」
その様子を見てクスっと笑みを浮かべると、不満気なトキに睨まれてしまった。
「どうだ。魔力の感覚は掴めてきたか?」
「まだ」
「そうか。頑張れ」
岩の上で胡座を掻きながら、俺は口を大きく開けて欠伸をした。
「教える気ないでしょ」
「そんな事はねえよ。たださっきまでの説明で教えることは全部だったからな。もう伝えるもんがねえの」
言えることは全部伝えた。
後はトキが魔力に慣れて扱えるようになるまで頑張るだけなのだ。
といっても俺にもやる事はあるので、本当の意味で退屈している訳ではなかった。
「そろそろ帰るぞ」
「もうそんな時間?」
「空を見てみろ。もう日が沈みかけてる」
いつの間にか太陽さんが西の空を紅く染めていた。
「ホントだ。サレインがもうあんなところに」
そういえばこの世界では太陽ではなくサレインというんだったな。
俺はまだ日本に染まっているんだ、とトキの言葉で再認識した。
「むー、今日で修得できなかった」
「そう簡単に俺の魔法が使えてたまるかよ」
あの魔法はこの人間の体になってから何年もかけて編み出した魔法だ。
術式自体は簡単に作れたのだが、まず人間の体で魔力だけを操作することが難しくて苦戦した。
それを今日一日で使いこなされたら俺はきっと相当凹む。
「これからは家で練習すればいい。もう俺の補助無しでもある程度操作できるだろ」
「怖い」
「店壊すなよ」
「気をつける」
壊される前に止めるので心配するようなことではないんだけどな。
「さっ、帰ろうぜ」
今から走って帰るとして、店に着く頃にはもうサレインは沈みきっているだろうな。
帽子を買ったのが正午から一時間ほど経過したところだったはずだ。
五時間くらいは練習に費やしていたのか。結構長い時間やってたんだな。
練習の間の殆どでトキは休むことなく魔法の練習をしていた。それはつまり、ずっと魔力を消費し続けていたということだ。
やっぱ呪い子ってのはバケモノだな。これでまだ魔力量に余裕があるのか。
感覚を掴む練習の時に魔力が追加されたとはいえ、それでも異様な量だ。
羨ましい限りである。俺もそれくらいの魔力があればもっと実力を身につけられたのに。
俺はトキを抱えて走り始めながらそんな嫉妬のような感情を抱くのだった。




