第32話 魔法の練習
「サントール、どう?」
店を出てから結構な時間が経ったのだが、何度もこの質問をされた。
「ああ。似合っているぞ」
その度に頭を撫でると、トキは毎回満足そうに笑う。
帽子を被ることで今までよりは赤い髪が目立たなくはなったが、特徴的な猫耳がまた目立つのであまり変わらないかもしれない。
「それで、今どこに向かってるの?」
トキの手を引いて歩いていると、そんな疑問をぶつけられた。
そういえば何処に向かっているのか伝えていなかったな。
「なんもないところ。というか、何かしても迷惑がかからないところ」
「何するの……?」
求めていたはずの答えを与えたというのに、何故か困惑するトキ。
「魔法の練習」
その疑問にも端的に答えておく。
今からやろうとしているのは魔力操作の練習。
本来であれば家とかでも出来るのだがトキは特別魔力量が多い。少しでもミスれば大惨事になりかねないのだ。
俺がついているのでもしもの事なんて起こり得ないが、世界に完全という言葉は無い。だからこうして誰も居ない平野に来たのだ。
王都からは少し距離があったが、そこはトキを抱えて走れば問題なかった。
「サントールの?」
「なわけないだろ」
俺はもう魔法に関しては練習することが無い。自分の実力を過信しているわけではない。これが事実なのだ。
「じゃあ、私?」
「ああ」
「なんで?」
不思議そうな顔をするトキから少し距離を取って、軽く準備運動をしながら説明をする。
隠す事でもないしな。トキだって理由を聞いた方がやる気になるだろう。
「お前の魔力抑制は一時的なものだからな。切れる前に自分で制御できるようにするためだ。これから毎日とはいかんが、定期的にやるからな」
先程魔力制御を覚えさせないといけないと考えていた。そして図らずも時間ができてしまった。今後どれくらい暇な時間ができるか分からないし、今やるしかないだろう。
「どれくらい頑張ったらサントールくらいできるようになる?」
両手をジッと見つめながらそんな質問をしてくる。
想定外の問いに俺は顎に手を当てて少しだけ黙り込んでしまう。
「すぐに追いつかれるんじゃないか。お前はエルフなんだし」
エルフといえば魔法のプロフェッショナルだ。人間なんかとは比にならない程の魔力制御の技術を持っている。
呪い子という事は、言い換えてしまえば可能性の塊ということである。
エルフ特有のセンスに莫大な魔力量が合わさればこの世界でも指折りの実力者に慣れると思う。
それこそ、数十年前まで世界を支配していた魔王にも匹敵するのではないだろうか。
「エルフでも厳しいと思う。じゃないと私は呪い子なんて言われていない」
トキの指摘に俺は、確かにな、と思う。
赤髪のエルフが恐れられている理由はその魔力量にある。詳しく言うと、魔力制御を身に着ける前に体が限界を迎えてしまうのだ。
エルフといえどこの量は扱うのが難しいのだろう。莫大なエネルギーを操作するのは至難の業で、一歩間違えるとドカーンだ。下手したら国ごと消える。
それでもエルフの技術であれば制御することも不可能では無いだろう。だから俺はトキなら大丈夫だと判断した。
「まっ、安心しろ。魔力量は抑えているから素の状態よりは簡単だし、教えるのは俺だ」
教えるのは俺だ。絶対にトキが元の莫大な魔力を扱えるようにすると言い切れる自信がある。
なぜなら俺は人間にもかかわらず魔法を扱える稀有な存在だからだ。
人間の体に馴染んだ霊力を含んだ魂力とは違い、本来の人間には不純物でしかない純粋な魔力を扱うことは大変難しい。
俺はそれを可能にしたのだ。それは言ってしまえば、この世界の人間の中で最も魔力に造詣が深いということである。
「確かに」
トキもそのことを理解しているらしく、すんなりと納得してくれた。
「それじゃあ始めようか。まずは魔力の感覚を掴んでもらう」
まず俺は手を出すように指示する。
「こう?」
戸惑いながらも両手を差し出してくれたトキに微笑んで、その手に触れる。
「なんか、流れてきた?」
両手に意識を集中させて、俺の体内にある魔力をトキへと流す。彼女の体に溜まらないように、俺の体へと戻すことも忘れない。
トキは初めて魔力を感じたようで不思議そうに手を眺めていた。
「これが魔力だ。今は俺が流したが、まずはこれを自力で感じられるようにする」
これは初歩も初歩の段階で、できるなら最短でクリアしたい。
今後の育成プランを決めた俺は手を離して、次に周囲を見渡した。
「おっ、良いのが居た」
トコトコと歩いてくる魔物を一匹見つけ、俺はニヤッと笑みを浮かべる。
アイツの名前はなんて言うんだろうか。鹿のような見た目をしているが、真っ黒な見た目からは凶暴さを十分に感じる。
「あれは危険だよ。気を付けて」
どうやらエルフの国にもあの魔物は居るらしく、トキが服の裾を引っ張ってきながら忠告をしてくれた。
「ちょっと待ってろ」
俺はその忠告を聞いても尚魔物に近づく。当然危険なのでトキには待機の命令を下す。
「ゴァッ!」
鹿型魔物は俺に気づくと即座に警戒態勢に移った。
「興奮すんなって。すぐ終わらせるから」
俺は吠える魔物に微笑みかける。それが伝わったのか、一瞬だけ魔物の警戒が緩む。
その隙を俺は見逃さず、奴の腹部に拳をめり込ませた。
「ギャォッ!?」
魔物は悲鳴に似た咆哮を上げながら吹っ飛んでいった。
「ほう。意外と丈夫だな」
弱々しくも立ち上がる鹿に俺は少しだけ感心してしまう。
ブラッド・ブルであれば一撃で沈んだんだけどな。アイツより数段強い魔物であるということか。
「トキ。いい機会だ。魔法ってもんを見せてやるよ」
コイツであれば使っても問題は無いだろう。
だからこそ俺は少し離れた位置に居るトキに声をかけた。
命を奪うことに躊躇いなんてない。飯になるかもしれないしな。もし美味しかったら新しいメニューを作ることにしよう。
俺は視線をトキから鹿へと戻し、今にも突撃してきそうな魔物へ向けてにやりと笑みを浮かべた。
「『太陽の腕』」
右腕に意識を集中させて、法力回路で構築した魔法術式を展開し魔力を通す。
そうすることで魔法によって生成された真っ赤な炎が指先から肩にかけて広がっていった。




